3 ふたつめの課題
「あなたを私の側仕えにするわ」
課題を王宮へ届けた子爵が帰って来ると、サラはまたリリーの元へ呼ばれました。
リリーの机の上には二つ目の課題がありました。一つ目の課題は正答だったのです。
それでリリーはサラを”使える”と判断したようです。
「一所懸命お勤めさせていただきます」とサラは頭を下げました。
そのとき、サラの襟首からはみ出たネックレスにリリーは気付きました。
ネックレスの先には指輪がぶら下がっています。
サラは主人の視線に気付いて慌ててネックレスを服の下に仕舞いましたが、リリーは右手を彼女に向けました。
隠したものを出すようにと無言で命令します。
サラは仕方なくネックレスを外して差し出された手に乗せました。
ネックレスに通していたのは青い石が付いたシルバー製のシンプルな指輪です。
「これは?」
「母の形見の指輪です」
「あなた家族はいるの?」
「いいえ、みんな死にました」
「あらそう」
何の感情も込めずに答えてリリーは指輪からサラに視線を戻しました。
そして彼女を見つめたまま指輪をベストのポケットに仕舞いました。
その流れるような動作を見て慌てたのはサラです。
「お願いです! 返してください! その指輪は私に残された唯一のものなんです……」
「まあ、何です、いきなり大きな声を出して。――マギー、用は済んだからこの子を連れて行って」
まったく悪びれた様子のないリリーはサラに背を向け、しっしっと手を振りました。
お嬢様の悪癖がまた始まった、とうんざりしながら女中頭のマギーはサラを連れ出しました。
使用人部屋でマギーはサラを慰めました。
「ああやってお嬢様に宝飾品の類を取られた子は多いんだ。使用人に限らず他の貴族のご令嬢のものでも、なんだかんだ言ってうまく取り上げてしまうのさ。サラ、残念だけれど不用心な自分を悔いるしかないよ」
まったく慰めになってません。
簡素なベッドに腰かけたサラは両手で顔を覆いました。
リリーにとってその指輪が高価だとか珍しいものだとかそんなことは関係ありませんでした。
誰かが大事にしているものだからこそ欲しい。
ましてその人にとって唯一のものならなおのこと。
それを権力で、あるいは口八丁で奪い取る。
自分が強者であることを相手に見せつける。
彼女の宝石箱にはそのような”戦利品”が数多くありました。
さて、リリーは二つ目の課題を前にまた頭を悩ませていました。
父が持ち帰ったのは木製の置物でした。
馬の形をしたそれはいくつもの木片を組み合わせて出来ています。
持ち上げると僅かに音がしました。
耳元で振ってみると中からカサカサした音が聞こえます。
「何か入ってる……?」
どこかに開け口があるのだろうとリリーは上から下から木片のつなぎ目をじっくり観察しました。
いじっているうちに馬の尻の部分が僅かにずれましたが、ほんの少しでそれ以上動きません。
可動部分を何度かいじっていると手が滑って馬を取り落としてしまいました。
慌てて拾い上げるとずらした尻の木片の下にある太ももの木片も少しずれていました。
リリーは太ももと尻のパーツを元に戻し、また尻をずらし太もものパーツを動かしました。すんなりと動きました。
そこでもう一度、太ももと尻を戻して、次は太ももだけを動かそうとしましたが動きません。
「なるほど。ひとつのパーツを移動すると別のパーツが動かせるようになるパズルの仕組みになっているのね」
これは一つ目の課題より簡単かもしれない、とリリーは張り切って取り掛かりました。
しかし、どうしてもある部分まで来るとまったくパーツが動かなくなります。
結局、その日はそれ以上解けず、リリーは馬を元に戻して床に就きました。
その晩、サラは暗闇に隠れてリリーの部屋に忍び込みました。
机や棚などそれらしいところを探しましたが指輪は見つかりませんでした。
がっかりしながら机の引き出しを閉じたサラは机の上の馬の置物に気付きました。
「これが二つ目の課題か……。おデブさんな馬ね」
独り言ちながら手に取ってお尻の曲線を撫でてみると尻のパーツがするりと動きました。
「……なるほど」
サラは馬の全体を一度眺めたあと、おもむろにパーツを動かし始めました。
しっぽを引っ張りながら前足をずらすのが難所でしたが、とうとう最後のパーツが外れると馬のお腹が開きました。
中には紙切れが一枚入っていました。
サラはコナーにもらったドングリを紙の代わりに腹の中に入れると馬を元通りにしてその場を後にしました。
翌日、リリーはすぐに異変に気付きました。
置物の中からカラカラと乾いた音がします。
動かすたびに馬の中で何かが転がっているようです。
それから引き出しの中に一筋の髪の毛が落ちているのにも気付きました。
自分の赤毛とはまったく違う、白に近い金髪の長く細い髪です。
このような髪の持ち主はこの屋敷にはひとりしかいません。
リリーは寝室からシーツを取り替えて出てきたサラをさり気なく観察しました。
彼女はこの新入りが素朴ながらきれいな顔をしているのにこのとき初めて気付きました。
それに水仕事で荒れてはいるけれど細く真っ直ぐな指。
透き通るようだと言われるリリーよりもなお白い肌。
もしかしたらこの女中はそれなりの家の娘だったのかもしれない、とリリーは思いました。
「ちょっと、あなた」
「はい、お嬢様」
「机の上のものに触った?」
「いいえ」
「この置物の中から昨日は聞こえなかった音がするんだけど」
サラは事もなげに答えました。
「ドングリでも食べたんじゃないですか?」
「は?」
素っ頓狂な答えにリリーは唖然としました。
「馬はドングリが好きですから」
「……馬鹿にしてるの? ――もういいわ。下がりなさい」
「失礼します」
サラが下がったあと、リリーはまたパズルの解読を試みました。
しかし、結局期限までに開くことはできず、子爵はがっかりしながら馬の置物を王子の従者へ返しに行きました。
ところが、その二日後、子爵は王宮へ呼ばれ、三つ目の課題を与えられたのです。