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2 ひとつめの課題

 コナーの父の紹介でサラはアニ子爵家の使用人になりました。


 出自のはっきりしない女を雇ってくれるところはあるだろうかと心配していましたが、面接に行ってみれば「では今日から」と即日採用されました。

 聞けば使用人のひとりが井戸に落ちて大けがをしたので人手が足りないのだとか。


「お姉ちゃん、見て見て!」


 馬の世話を終えたコナーが水を汲みに来たサラを見つけて駆け寄りました。

 サラはコナーの差し出された両手を覗きました。


「まあドングリ。たくさんあるわね」

「馬小屋のとなりにドングリの木があるんだ。馬はドングリが好きなんだよ。でもあんまり食べ過ぎると”ちゅうどく”になっちゃうんだ」

「よく知ってるのね」


 サラの言葉にコナーは胸を張りました。


「馬の世話はぼくの仕事だからね! 自分の仕事に”ほこり”を持ちなさいってマギーがよく言ってるよ」

「女中頭のマギーさんね」

「マギーはすごいんだよ。お嬢様のきんきん声もへっちゃらなんだ。ぼくはとってもキーンってするんだけど。――お嬢さまは今キツネとクマに夢中なんだって」

「キツネとクマ?」

「朝から家庭教師の先生と話してたよ。キツネが1でクマが3なんだって」

「どういう意味かしら?」

「たぶん、キツネにはお魚一匹で、クマには三匹ってことだよ。だってクマはキツネより大きいからたくさん食べないといけないんだ。ぼくもいっぱい食べて大きくなるよ。ルースみたいに」

「庭師のルースさんは確かに大きいわね」

「でも体は大きいけど”しょうしんもの”なんだって」

「あらまあ、そうなの?」


 丁度そのとき、小心者の大男が庭を横切りました。

 植木の前で何かにビクっとしたあと、誤魔化すように顎を撫でながら周囲をきょろきょろして行ってしまいました。

 二人は顔を見合わせて笑いました。




 その頃、リリーは二階の自室で例の紙を窓辺の机に広げて眺めていました

 キツネの頭上に”1”、クマの頭上に”3”と小さく書かれています。


「絶対、意味があるはずなのに……」


 リリーが頭を悩ませていると外から話し声が聞こえてきました。

 窓の外を覗くと彼女と同じ年頃の使用人と御者の息子が何やら楽しそうに話をしていました。

 それを見て眉間に皺を寄せたリリーに側仕えの女が慌てて言いました。


「すみません、お嬢様。あの娘は二日前に入ったばかりでして……。私語は慎めと後で言って聞かせます」


 そんなことをよそに窓の下では楽し気な会話が続いていました。


「お姉ちゃんにひとつあげる。どれがいい?」


 両手を差し出すコナーに、サラは屈んで指さしながら歌いました。


「ど、れ、に、し、よ、う、か、な、キツネ、ヘラジカ、クマ、オオカミ、罠にかかった哀れなウサギ――」


 奇妙な数え歌もあるものだと聞いていたリリーははっとして机に戻りました。

 紙を見つめてしばし考えた末、彼女は使用人に命じました。


「あの娘をここへ連れてきなさい」


 使用人はサラを連れてすぐに戻ってきました。

 リリーは単刀直入に聞きました。


「ヘラジカとはどんな動物? シカの類かしら?」

「はい、お嬢様。ヘラジカはシカの鼻先を太く長くしたような動物です。オスはヘラのような角を持っています」


 サラの説明をもとにリリーはキツネとクマの間にヘラジカを描き込みました。


「もう下がっていいわ」

「はい、お嬢様」


 使用人を下がらせるとリリーはすぐに父親のところへ行きました。


「今日中にこれを王宮へ持って行って。絶対に今日中よ!」

「ああこの娘はまた無理なことを。今から出たのでは明日になるに決まってるだろう」

「そうよリリー。それに課題の提出期限にはまだ三日余裕があるんだから急ぐ必要はないのよ」


 悠長な両親に娘は地団太を踏みました。


「回答のチャンスが一度だけとは限らないのよ! 早く出せばそれだけ間違ってたときに考え直す時間ができるの! まったく頭のまわらない人たちなんだから!」

「なるほど。確かにやり直しができないとは言われてないな。――いやぁ、我が娘ながらよく気付く」

「ええ、ええ、お父様ではなく私が王宮へ行っていればもっと課題のヒントになるようなことに気付けたでしょうよ」

「そうかもしれんが……いやしかし、お前は少し賑やかすぎるからな。殿下の気分を害されたかもしれない。殿下は婚約者を亡くされてまだ間もないのだから……。気丈にも生きている自分は前を向かなければいけないとおっしゃられていた。若いのにご立派なお方だ。わしなどは妻に先立たれようものなら泣き暮らすばかりだろうに」

「まあ、あなたったら……。リリー、殿下にお目にかかるときはくれぐれも慎ましくするのよ。亡くなった婚約者は深窓の姫君だったんですからね」


 リリーは鼻白みました。

 この夫婦はどちらも愛人を持っています。

 貴族の仮面夫婦などよくあることです。


 案外、王子も婚約者とはさほどの仲ではなかったのかもしれない、とリリーは思いました。

 東ジチヤンがカカ王国に侵攻したのはまだ雪も解けきっていない時期でした。

 まだ婚約者の亡骸も見つかっていないというのにもう新しい相手を探しているなんて。


 王家同士の婚姻と当時に同盟を結ぶ予定だったカカとダンナ。

 ここが駄目となればすぐ次へ行く。

 愛してると言いながら損得感情で簡単に切り捨てられる世界。


 私なら上手くやれる、とリリーは己を鼓舞しました。

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