1 王子の花嫁さがし
大国ダンナの王子が友好国ヴァーバで花嫁を探すことになった。
その一報は瞬く間に国中に広まりました。
見目麗しく文武に秀でたレナード王子。近隣諸国でその名を知らない人はいません。
良家の娘たちは色めき立ちました。
噂は市場で卵を売っていたサラの耳にも届きました。
おつかいに来ていた少年コナーは父親が働いている子爵家の娘も名乗りを上げるようだとサラに話しました。
「お姉ちゃんも王子さまと結婚したい?」
「残念だけど貴族じゃなきゃお目にかかることもできないわ」
「そっかぁ。お姉ちゃんは面白い話をいっぱい知ってるし、見たことのない遊びもいっぱい知ってるからきっと王子さまのお嫁さんになれると思うのになぁ」
少年の無邪気な言葉にサラは苦笑しました。
「ほら、今日の分の卵よ。また家に帰る前に割らないでね」
少年の背中を見送るとサラは早々に店仕舞いしました。
噂に名高いレナード王子。
太陽のような金髪ときらめく大海のような青い瞳の王子さま。
女の子なら誰でも憧れる夢のひと。
サラは王子に会いたいと思いました。
そして、貴族の屋敷へ奉公に行くことに決めました。
ヴァーバの王宮に滞在中のレナード王子の元へ「我が娘こそ花嫁に!」と参じた貴族たちはみな一枚の紙を渡されました。
アニ子爵も同様に王子の従者に渡された紙を持って屋敷に戻りました。
帰った瞬間、玄関の前で待ち構えていた娘によって父は居間のソファに引きずられて行きました。
対面に座った娘リリーはテーブル越しに「どうだった?」と期待の眼差しを向けました。
そんな強引でかわいい娘に子爵は例の紙を渡し、王子の従者から聞いた花嫁の条件について話しました。
曰く――
”貴族であれば家柄は問わず。
但し、王子が出す課題を三つクリアすること”
これを聞いてリリーは俄然やる気を見せました。
アニ家は五代前に爵位を賜りましたが社交界ではいまだに新参者と陰口を叩かれています。
「それでお父様、課題って?」
「それが課題だ」
テーブルに広げた紙に顎をくれる父親にリリーは首を傾げました。
紙にはキツネとクマの絵が描かれているだけで、何の説明もありません。
「これをどうするの?」
「さて?」
「もう! ちゃんと説明を聞いて来なかったの!?」
「何も言わずにこれを渡されたんだ!」
「そんなわけないでしょ! またお父様が聞き逃したか何かしたに違いないわ! 大体、何でもっと早く王宮へ行かなかったのよ! 昨日、王宮へ行って課題をもらってきた家の子たちは私より一日長く考える時間があるのよ!」
怒り狂う娘と心外だとばかりに口を曲げる父親の間に母親が割って入りました。
「喚くのはおよしなさいリリー。そんな無作法では王子の花嫁にはなれませんよ」
母はいつも父の味方です。
リリーは口を尖らせましたが、早々に頭を切り替えました。
紙を手に取り考えます。
「これはなぞかけね。ダンナの王宮に入るならこれくらい解けて当たり前ということ。つまり私になら簡単に解ける問題なのよ」
リリーは自分の考えに頷き、紙を持って自室へ戻りました。
ぼんくらの父親もそれに追従する母親も当てにはなりません。
まずはルーペでキツネとクマを拡大して見ました。
それから紙の余白の部分も舐め回すように見て、さらに裏面も同じように確かめました。
指で紙の材質を確かめ、ランプにかざして透かしてみたり、本棚から動物の図鑑を取り出しキツネとクマの項を熟読したりと、夜の暮れるまでひとり課題に取り組みました。
上昇志向の強い彼女は勉強家で、目的のためなら苦労を惜しまない娘でした。