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麗龍学園生徒会~extra story~  作者: 穂兎ここあ
Route:楠原圭 そばにあった恋物語
8/20

#08

 芽榴に避けられたまま、数日が過ぎて芽榴はテスト期間に入った。

 テスト勉強を口実に、芽榴は勉強に集中して圭と話す機会をますます減らした。


「圭。お前、芽榴を怒らせたのか?」


 夕飯を終えて、芽榴が自室に戻ると、重治が心配そうに圭に問いかけた。


「……別に」

「別にってなぁ……」

「芽榴ちゃん、明らかに圭を避けてるわよね」


 その話に、真理子も参加した。真理子が何度「何があったのか」と問いかけても圭は口を割らなった。

 芽榴のほうもそうだろうと分っているからか、両親は芽榴には圭の話を振らない。


「ちょっと意見が合わなくて、それで気まずいだけだから」


 芽榴と圭が喧嘩をしたことは、今まで一度もなかった。

 だから両親も2人の状況が珍しくて、よほどの理由だろうと、気にかけてくれているのだと分かる。


「無視されてるわけじゃないし、父さんや母さんが気にするほどでもないだろ」

「たしかにそうだが……今までこんなことなかったからな」

「そうねぇ。芽榴ちゃんに避けられようものなら、圭が絶対平謝りするはずだものねぇ」


 真理子がジト目で圭のことを見てくる。圭はその視線から逃れるように、視線をそらした。


「何もないなら、それでいい。でも芽榴はもうすぐ留学するんだから、それまでにはちゃんと仲直りするんだぞ」


 言われなくても分かっている。謝って済むならもう謝っている。どうにかしたい気持ちで心はいっぱいだ。

 けれどどうしようもないから困っているのだ。


「うん。……分かってる」


 圭は2人から目をそらしたまま、頷いた。




☆★☆




 テスト最終日の朝。

 芽榴はやはり、いつもより早く学校へと向かう。

 圭と一緒に登校しなくて済むようにとっている行動なのだと、圭はもう分かっていた。


「行ってきまーす」


 繕った芽榴の元気な声。

 圭にニコリと笑いかけて、芽榴はドアに手をかける。

 いつまでこの状況が続くのだろう。これからずっとこのままなのだろうか。


「芽榴姉」


 圭は芽榴を呼び止める。拒絶されるのが怖いから、圭は手を伸ばさない。声だけで芽榴を呼び止めた。


「……なに?」


 芽榴は振り返って、少しだけ強張った顔で圭に問いかける。

 前みたいな、明るい声と優しい笑顔で振り返ってはくれない。


「テスト、頑張ってね」


 圭の言葉を聞いて、芽榴は目を見開いた。そんな言葉など想像していなかったみたいに、驚いた顔をする。

 そして圭の言葉を理解して、芽榴は先ほどより優しい顔を圭に向けてくれた。


「うん。圭も、頑張って」


 芽榴はそう言って、先に行ってしまった。




☆★☆




 テストは無事に終わって、圭は1人で学校から帰る。

 今日までは部活は休み。

 芽榴も今日までは生徒会がお休みで、帰りが早い。


 今日が終わればまた、生徒会の活動が始まって帰りが遅くなる。そうして芽榴はまた、生徒会役員の誰かに家まで送ってもらうのだろう。


 そんな圭の心の中を表すみたいに、空に雲がかかる。

 真っ黒な雲。

 そしてその雲は、すべてを洗い流すみたいに大粒の雨を叩きつけてきた。


「雨降るとか……聞いてねーし」


 今日の予報は降水確率5パーセント。

 ほとんど降らないと思っていたのに、わずかな可能性が上回って雨が降り注いだ。

 可能性が0でないなら、大どんでん返しもあるということ。


(俺の想いが届く可能性は、本当に0なのかな)


 降り注ぐ雨が冷たくて、体が震える。

 顔に流れる冷たい水は、ただの雨。


 圭は唇を噛んで、家までの道のりを駆けた。




☆★☆




 学ランは限界まで水を吸い込んで重たい。髪もお風呂上がりのように濡れて、水滴が滴る。

 学校に持って行ったタオルは、申し訳程度の雨避けに使って、ぐっしょり。

 このまま家に上がるのはまずいだろうと思い、圭は玄関に入ると母を呼んだ。


「母さん、雨にやられた。タオル持ってきてー」


 家の中にいるであろう真理子に声をかける。真理子が玄関にくるあいだに、圭は学ランを脱いだ。まるで雑巾のごとく絞れそうなほどに水を吸い込んでいる。


「ああ……どうしよう、これ」


 そんなふうに困っていると、パタパタとスリッパが廊下をかける音がした。


「母さん、学ランがやば……い」


 圭は学ランをその場に落とす。

 真理子だと思って声をかけた相手は、濡れた制服を着た芽榴だった。


「……芽榴姉」

「お母さん、買い物ついでにお父さんに傘を届けに行ったみたい。……とりあえず、制服これに入れて」


 芽榴は洗濯カゴを圭に渡す。

 そのカゴの中には芽榴の制服のブレザーと靴下が投げ込まれていた。


「……芽榴姉も今帰ってきたの?」

「うん。それで、さっきお風呂沸かしたから少し待ってて」


 芽榴は自分の髪をタオルで拭きながら、もう片方の手で圭にタオルを渡す。

 けれど、圭はそのタオルを受け取らない。


「圭。……体拭かないと、家濡れちゃうから」


 こういう状況だから、芽榴は圭に優しくしてくれているだけ。そう分かるのに、これが最後のチャンスのように思えてならない。


 手を伸ばせば、芽榴に触れられる。

 誰よりも近い距離に、芽榴がいる。


 ずぶ濡れの、無防備な姿で。


「芽榴姉……」


 圭は芽榴からタオルを受け取る。そしてそのまま手を動かして、芽榴の腕を握った。


「……圭っ」


 圭は勢いよく芽榴を引っ張って、自分の胸の中に芽榴を閉じ込めた。

 濡れた髪から、芽榴のいい香りがする。

 圭の頭の中をぐちゃぐちゃにする、いい香りがすべてを支配する。


「やめて……圭っ!」


 芽榴は勢いよく圭のことを押し返した。

 その反動で、芽榴はその場に座り込む。

 お互いに、お互いの顔は見ない。視線は絡むこともない。


(ほら、もう……戻れないんじゃん)


 あの日、芽榴と圭の姉弟の関係は壊れた。どんなに圭が謝っても我慢し直しても、芽榴が取り繕ってみても、もう戻れない。


 芽榴が困り笑顔で、圭に抱きしめられることは、もう二度とない。


 圭に抱きしめられた芽榴は、こんなふうに涙を浮かべるだけ。


「やめてよ……圭。お願いだから、もう変なことしないで」

「変なことって何。……俺今までだって、芽榴姉のこと抱きしめたことあるじゃん」

「……そうだけど」

「なに? 今さら、俺のこと意識してんの?」


 乾いた笑いを交えて、言葉が出ていく。心がどんどん真っ黒に染まっていく。


(止まれ、俺の口……)


「すぐに俺のこと、弟としか見てないって言うくせに」


 芽榴の肩が震えている。

 濡れた体から滴り落ちる水が、家の廊下を濡らしていた。

 芽榴の雨に濡れた姿が妖艶で、見ているだけでも圭の理性はガラガラに壊れていく。


「弟だって、思えなくしたのは……圭のほうでしょ」


 芽榴はあの時と同じように、目に涙を浮かべて圭のことをにらんだ。

 その瞳が圭への嫌悪と憎悪で濡れていく。

 それがたまらなく苦しいのに、もうそれでもいいから自分を見ていてほしいと思わずにはいられない。


 どんな感情でもいいから、芽榴の気持ちが欲しい。

 無関心にだけはならないでほしい。


「じゃあ、もう俺のこと……弟だって思わないで」


 圭は座り込んだ芽榴の前にしゃがみこむ。すると芽榴は、そんな圭を拒むみたいに後ずさりして。

 けれど圭は、芽榴の手を掴んで、それ以上芽榴が自分から逃げないように引き止めた。


「やだ……っ」

「なんで?」


 もう芽榴は自分が触れることすら許してくれない。他の男に手を握られても、きっとここまで抵抗はしない。


「そんなに俺に触られるのが嫌? 俺のこと、大嫌いになった?」


 芽榴の前で泣きたくない。だから溢れる想いを、唇を噛み締めて、我慢しなければならない。


「嫌いになれないよ。圭のことを、嫌いになれないから……」


 お願いだから、これ以上自分の心を壊さないで、とそう願いをこめて、圭は芽榴の腕を強く握る。

 でもその思いは届かずに、芽榴は簡単に圭の心を粉々に砕いてしまう。


「私は、圭に……今まで通りでいてほしいの。……どうして、弟のままで、いてくれないの。それじゃ、ダメなの?」


 芽榴には、なにも伝わらない。

 それじゃダメだから、今こんなことになっているのに。


(ごめん、芽榴姉)


 圭は、芽榴が聞きたくない言葉を告げなければならない。

 そうでもしないと、芽榴には伝わらない。

 この言葉を告げればもう、本当に全てが終わる。


「俺は、芽榴姉の弟になんか、なりたくなかったよ」


 姉として、大好きだった。

 でもそれ以上に、女の子として芽榴のことが好きだった。


「ずっと、好きだった。……今でも好き。こんなふうに芽榴姉を泣かせても伝えたいくらい、芽榴姉のことが……好き」


 一度口にしたら、もう止まらない。

 でも芽榴はその言葉からも逃げるように、圭の手を振り払って耳をふさいだ。

 目から涙をこぼして、芽榴は首を振った。


「聞きたく、ない」

「お願い、聞いて。……芽榴姉」


 圭は芽榴の手に触れる。圭の手は、芽榴の手以上に震えていた。


「俺、変わりたいよ。……芽榴姉に好きになってほしい。……芽榴姉に泣いてほしくなんてないのに、笑わせたいのに。……どうして俺には、それができないのかな」


 答えなど、分かっている。

 どうすれば芽榴がもう泣かないのか。でもその答えは、あまりにも圭には辛すぎて。

 その答えから逃げたいのに、芽榴は残酷に突きつけてくる。


「私は、変わりたくないよ。……だから、好きなんて……言わないで。もう、やめて」


 圭の告白を、芽榴は受け入れてはくれない。理解してなお、芽榴は圭の想いを捨ててしまう。


「お願い。……圭は、私の弟でいてよ」

「……無理だよ。芽榴姉が一番分かってるでしょ?」

「でも……」


 もう、芽榴の言葉を聞きたくなくて、圭は芽榴の顔を自分の胸に埋めた。

 濡れた芽榴の髪にキスをして、愛しさが洪水のように溢れ出す。


 戻れない。戻りようもない。

 そんな簡単な想いなら、こうなる前に捨てられた。

 捨てられない想いだったから、こじれて壊れてボロボロになったのだ。


「俺は、いい弟すら演じられない。最低な人間なんだから。……だから、嫌いだって言ってよ。顔も見たくないって、そう言って。……そうすれば」


(そう言われたって……諦められないのに)


 芽榴に、嫌われたくない。

 大好きな芽榴に、これ以上自分を拒絶されたくない。

 そんな臆病な気持ちで、圭は身勝手に芽榴を傷つける。


「俺も、芽榴姉のことが嫌いになれて……楽なんだ」


 そう告げたくせに、芽榴の返事を聞けなくて、圭はタオルを持って階段を駆け上がった。

 自分の部屋に帰って、圭は自分の顔にタオルをあてた。


(分かってた。……こうなることは、分かってたんだ)


 最初から分かっていた。自分の恋が実らないことも。

 もし告げたところで、自分に都合のいい返事がこないことも。


 無残に振られることも。全部、全部。それでも――。


「なんで、俺は……芽榴姉じゃなきゃダメなんだろ」


 どうして、他の人を好きになれないのだろう。

 答えの返ってこない疑問を、もう何年も繰り返して、その答えは見つからないまま。

 こんなにも心をボロボロにされてもまだ、芽榴が好きだと圭の心は泣いていた。

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