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麗龍学園生徒会~extra story~  作者: 穂兎ここあ
Route:楠原圭 そばにあった恋物語
7/20

#07

 ほとんど眠れないまま、朝を迎えた。

 考えても無駄だと分かっているのに、頭の中は芽榴を押し倒したことと、不用意なことをベラベラ喋った自分への嫌悪感と後悔でいっぱいだった。


「眠い……のに、眠れねーし」


 そう呟いて、ため息が出た。

 ベッドに起き上がって壁を見つめる。その向こうには、芽榴の部屋がある。


 もう朝食の準備で起きている頃かもしれない。


「……弁当抜きかな」


 そうなっても仕方がない。

 昨日の芽榴の泣き顔を見て、圭はまた頭を抱えた。

 あんなことをすれば、芽榴が泣くかもしれないと、頭では分かっていた。

 芽榴を泣かせてもかまわないと、あのときはそう思っていたのに。


「最悪。……俺、ほんと最悪」


 自分の膝に顔を埋めて、昨日の夜と同じように自己嫌悪の呟きを口にした。




☆★☆




 そうして、昨日の自分を責め続けて、圭はやっといつもの起床時間を迎えた。

 憂鬱な気持ちで制服に着替え、階段を下りる。

 どういう顔で芽榴に会えばいいだろう。

 そんなことを考えながら一階に下りて、洗面所に向かうと、そこで芽榴と鉢合わせた。


「あ……」


 おはよう、といつも通り言いたい。でも圭の口から声が出て行かない。

 喉の奥に声を詰まらせる圭を見て、芽榴はいつもの困り顔を見せた。


「……え」

「おはよー、圭。今日はちゃんと起きられたんだね」

「……お、おはよ」


 いつもの芽榴がそこにいる。

 昨日、目に涙を溜めて「圭のバカ」と言った芽榴が、怒った様子も怯えた様子も見せず、圭にあいさつをしてくれた。


「朝ごはんもお弁当もできてるから、食べてねー」


 まるで昨日のことが夢だったみたいに、芽榴は平然としている。


(本当に夢……?)


 だとしたらいつから夢だったのだろう。

 けれど圭に、そんなことを考える時間は与えられない。

 支度を終えて鞄を手にする芽榴に、思考は切り替わった。


「芽榴姉、もう行くの?」


 明らかにいつもより早い。早すぎるくらいだ。

 圭が尋ねると、芽榴はぎこちなく笑って「ちょっと用事がある」と言った。


「じゃあ、私は先に行くねー」

「ちょっと待……っ」


 そうして、圭が芽榴を引きとめようとした時。

 圭は昨日のことが夢ではないと思い知った。


 パシッと鈍く響いた音は、芽榴が圭を拒絶した音。芽榴の腕を掴もうとした圭の手を、芽榴は咄嗟に振り払った。


「あ……あはは、ごめんね」


 芽榴は慌てたように圭に謝った。でもその目は圭からそらされたまま。そして芽榴は「この際」と言わんばかりに、言葉を付け加えた。


「それと……あのさ、今日からお勉強は、部屋じゃなくてリビングでしよーね。……って、それだけ。じゃあまたね」


 それだけ告げると、芽榴はのんびりした声で「行ってきまーす」と声をかけて家を出て行った。

 家に取り残された圭の耳には、自分に近寄ってくるスリッパの音が聞こえる。


「……圭。芽榴ちゃんと喧嘩でもしたの?」

「喧嘩してるなら、あんなふうに話してくれないだろ」


 真理子の問いかけに、圭は小さな声で答える。


 圭の予想では、喧嘩の後のような険悪なムードになるはずだった。

 けれど芽榴は、やはり圭の予想の上をいく。

 芽榴は本気で、重治と真理子に、昨日のことを知られたくないのだ。

 だから昨日のことを悟られないように、圭と何かあったのだと悟られないように、芽榴はいつも通りに圭に接した。


 圭のために朝ごはんも弁当も作って、いつもの挨拶をして。それくらい、いつも通りを演じて。


(それでも俺に触られるのは、嫌だったんだ)


 それだけはいつも通りでいられないほど、堪え難いことだったのだ。


「別に、何もねーよ。……飯、食うわ」


 拒絶された手を、圭は見つめる。

 取り返しのつかないことをしてしまった自分の手を、忌々しげに圭は見つめた。




☆★☆




 その日から、芽榴はとことん圭を避けていた。

 あからさまではなく、本当に些細な変化。けれど圭にとっては、顕著な変化だった。


 繰り広げられる会話は当たり障りないものばかり。少しでもその手の話に展開しそうな時は、芽榴は早々に話を切り上げた。

 一緒に勉強するのは、絶対に重治と真理子がいるリビングで。

 芽榴の部屋をノックしても、芽榴は圭を部屋には入れない。


 そして絶対に、ある一定距離以上、芽榴は圭に近づかなかった。


 完全に意識されている。圭の望んだ通りに、芽榴は圭を意識してくれている。

 けれど圭が本当に望んでいたのは、こんなことじゃない。

 今更そんなことを思っても、もう遅いのに。


「ああ……マジでどうしよう」

 

 芽榴の態度は日に日によそよそしくなっていくようにも思えた。

 テストが終わって少し経てば、芽榴は留学する。

 だから今のうちに芽榴とできるだけ一緒にいたいのに。圭は自らそうできないような状況を作り上げた。


 遠くなった距離は、芽榴が留学してしまえば一気に広がって、おそらくもう元には戻らない。


「こんなことならもう……ちゃんと告ればよかった」


 どうせ元に戻らなくなるなら、中途半端に逃げずにすべて壊しきればよかったのだ。それができないなら、あんなことをするべきではなかった。


 全部わかっていたのに、圭は中途半端なことしかできなかった。今考えていることはすべて結果論。


 部屋で勉強していると、スマホにメッセージが届いた。

 竜司か透か。送ってきた相手を想像しながらスマホを手に取ると、予想外の名前が映し出される。


『最近、芽榴ちゃん元気がないけど……圭クン、何か知ってる?』


 相手は蓮月風雅。バレンタインの日に、芽榴を送り届けてきた芽榴の友人だ。


 芽榴の元気をなくした原因は間違いなく圭。


(原因に、原因を聞かないでくださいよ)


 圭は眉を下げながら『俺も理由は分からないです』という短い返事をした。


 圭のせいで、芽榴は学校でも元気がないのだろう。

 それほど芽榴が圭のことを考えてくれたのは、おそらく今回が初めてだ。

 喜んではいけないことなのに、愚かな心はそれすらも嬉しいと思ってしまう。


(ああ……気持ち悪いな、俺)


 こんな自分より、芽榴のことをちゃんと心配してくれる友人のほうがはるかに芽榴にふさわしい。

 それをまざまざと思い知る。


 圭は机の上に伏して、唸り声をあげた。


 顔を少しだけ横向かせて机の上に置いてある写真立てに向ける。

 そこには、芽榴と2人で映る写真が飾ってある。圭が、中学を卒業したときの写真だ。楽しそうに、仲よさそうに、笑う圭と芽榴がいる。

 写真には、そこに姉弟などと記されていない。

 写真では誰かが何か言わない限り、芽榴と圭はカップルにだってなれる。


「こんなに近くにいるのに」


 心はとても遠い。

 心ごと近づこうとしたら、突き放されて、今まで近かった距離すら遠ざけられて。


「俺は今、芽榴姉から一番遠いね」


 他人よりも、もっと遠い。

 圭は自嘲気味に言って、写真立てを倒した。


 壁の向こうには、芽榴がいる。

 きっと1人で勉強しているのだ。集中しているだろうから、今は圭のことなど考えていない。

 圭のことを考えたとして、今の芽榴はどう思うのだろう。

 もう二度と、圭を「いい弟」とは思ってくれないのだろう。

 気持ち悪いと、最低だと、そんなふうに圭のことを罵るのだろうか。


(それでもいいや。……それでもいいから)


 芽榴とちゃんと話がしたい。芽榴の笑顔が見たい。

 圭の「好き」の気持ちは、それすらも圭から奪ってしまう。

 神様は、圭の最大限の譲歩すら受け入れてはくれない。

 何もかも奪い去ってしまうほど、圭の想いは許してもらえないものだった。

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