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麗龍学園生徒会~extra story~  作者: 穂兎ここあ
Route:楠原圭 そばにあった恋物語
3/20

#03

「ただいま」


 部活が終わって、いつものように家に帰ってくる。冬という時期もあって、外はもう真っ暗。

 そしてこれが本当にいつも通りなら、今頃芽榴はもう帰ってきて、夕飯の支度をしてくれているところ。


 けれど最近の芽榴は、帰りが遅い。圭と同じくらいか、それより遅いこともある。

 芽榴は麗龍学園の生徒会役員。

 修学旅行に行く前までは、夕飯の支度があるからと先に帰ってきていたみたいだが。

 芽榴がもうすぐアメリカに留学するからという理由で、重治と圭が料理を練習するようになった。そのこともあって、芽榴は生徒会の仕事を遅くまでするようになったから、帰りも遅い。


「……芽榴姉、まだ帰ってないんだ」


 玄関にない芽榴の靴を見て、圭は小さく呟く。キッチンの方からいい匂いがするのは、おそらく重治が料理をしているからなのだろう。真理子が作れば、焦げ臭い匂いしかあがらない。


「父さん。手伝うよ」


 圭は学ランを脱いで、シャツを腕まくりする。父、重治にそんな声かけをしながら手を洗うと、重治は「助かる」と笑った。


(そういえば、芽榴姉の隣で料理手伝ったことねーな)


 ふと、思う。芽榴は手際が良すぎるため、逆に手伝おうとしたら邪魔になる。そう思って、圭は芽榴の手伝いをしたことがなかった。

 今となれば、それも後悔。


「芽榴姉の料理食べたい」

「父さんの料理はまずいってか!」

「芽榴姉と比べたらな」

「圭はひどいな。父さん泣くぞ」

「冗談。父さんの料理もおいしくて好きだよ、俺。……芽榴姉のが異常なだけ」


 卵を割って溶かしながら、圭は真顔で呟く。そんな圭に、重治は苦笑を返した。


「そんなにすねなくても、土日になれば食べれるわよ」


 途中から会話を聞いていたらしい母、真理子が圭と重治の会話に割り込んだ。

 洗濯物とお風呂掃除を済ませた真理子は伸びをしながら、キッチン近くのテーブルに座った。


「それに、もうすぐテスト前で生徒会が休みだから、そのときは作るって言ってたわ」


 テスト前……そう考えて、圭はまたため息を吐く。


「今度はなんだ、圭」

「テスト前ってバレンタインだろ。……ああ、最悪」

「芽榴のチョコか食べられるのにか? 圭はいつもバカ喜びしてるだろう?」


 そう言われると否定はできない。芽榴は何も言わなくてもお菓子を作ってくれるけれど。バレンタインにもらえるチョコは意味が違う。

 それが義理でも、芽榴からもらえるだけでたまらなく嬉しいのだ。

 だけど今年は――。


「役員さんにもあげちゃうもんね、芽榴ちゃん」

「……うるさい」


 図星だ。今までは、重治と真理子を除けば、圭だけがもらえる特別なチョコだった。

 去年は友達の『舞子ちゃん』にもあげて、それを嬉しそうに喜んでいた。でもそのときだって、男子で芽榴からのチョコをもらえたのは圭だけ。


「ただいまー」


 と、そんな噂をしていると、芽榴が帰ってきた。


「噂をすれば……芽榴ちゃん、帰ってきたー」


 真理子は弾む声で言って、玄関へと駆けて行く。

 でも圭は芽榴を迎えに行かない。料理をしているから、という言い訳は容易で的確。

 本当なら料理を中断して芽榴のことを出迎えたい。芽榴が帰ってくるのを待っていたのだから。けれど圭にはそれができない。したくないのだ。


「こんばんは。遅くなってすみません」


 続いて聞こえた声で、圭は持っていた箸に力を入れる。


「あら、颯くん! こんばんは、芽榴ちゃんを送ってくれてありがとう」

「いえ、夜道は危ないですから」


 芽榴は生徒会役員の男子に帰りを送ってもらっている。

 送ってくる相手は毎度違うが、今日は会長の神代颯。絵に描いたようなイケメン優等生。


「父さん、何か焼くものある?」


 フライパンを取り出して、圭はコンロの前に立つ。重治は困り顔をしながら圭に肉を渡した。


「神代くん、送ってくれてありがとー」


 その声をかき消すように、圭はフライパンで焼き物を始める。けれどその音では颯の声も芽榴の声も完全には消せない。


「芽榴が残ってくれて僕はすごく助かってるから、これくらいさせて」

「頭撫でなくていいから……」

「やーん、芽榴ちゃんうらやましい!」


 圭は無言でフライパンの中をかき回す。肉の焼けるいい匂いがするのに、胃は閉塞していくばかり。


「じゃあまた明日」


 その言葉とともに玄関の戸が閉まり、芽榴と真理子がこちらへと向かってくる。

 圭はフライパンの火を止めて、お皿に盛り付け、2人を迎え入れた。


「芽榴姉、おかえり。ごめんね、料理してて迎えられなくて」

「ただいまー。すごくいい香り。夕飯、楽しみだね」


 笑顔の芽榴に、いい弟の笑みを返す。


(とんだ、嘘つき野郎だよ……俺は)


 圭は手を洗って、部屋に荷物を置きに行こうとする芽榴を呼び止める。

 階段の下で、芽榴は不思議そうに圭を振り返った。


「なにー?」

「髪、なんかついてる」

「え、どこー?」


 芽榴は少し俯いて、何かを払うように髪をいじる。


(何もついてないよ。……物はね)


「ほら、俺がとってあげるから……こっち」


 圭は芽榴を自分のほうに引き寄せて、芽榴の頭頂部に触れる。

 頭を撫でるならおそらくここ。そう検討をつけて、芽榴の頭を撫でるように、何かを払うふりをした。


(……綺麗な髪)


 そうして二、三度圭の手が触れると、芽榴が「とれたー?」とのんきな声をあげた。


「うん、とれたよ」

「ありがとー」


 何も知らない芽榴は、無邪気にお礼を言って階段を上っていった。




☆★☆




 お風呂からあがって、圭は自分の部屋へと向かう。

 階段を上がって、左が圭の部屋。右が芽榴の部屋だ。

 圭より先にお風呂に入った芽榴はもう自室にいる。


 そこまで思考が行くと、圭は芽榴の部屋をノックしていた。


「芽榴姉」


 そう声をかけると、何の迷いもなく、扉は開かれる。


「どーしたの?」


 圭を部屋の中に通しながら、芽榴は首を傾げる。

 芽榴の横を通り過ぎた瞬間、芽榴からお風呂上がりのいい香りがした。

 自分と同じ香りをまとう芽榴に、どうしようもない感情がわきあがるのを堪えて、圭は座布団の上に腰掛ける。


「んーと……芽榴姉さ、来週からテスト前で帰り早いだろ?」

「うん」

「俺もテスト前だから月曜はミーティングだけで、それからは部活休みなんだよ。それで……俺にまた勉強教えてください」


 圭は芽榴に頼み込む。可愛らしい弟を演じて、頼んでみれば、芽榴は断ることをしない。

 だってまだ、好きな人のいない芽榴にとっては圭が最優先事項だから。


「いーよ。私でよければ」

「芽榴姉より教え方上手な人なんていねーよ」

「圭はお世辞がうまいからなぁ」


 芽榴は困り顔で頰をかいて、にこやかに笑う。


「じゃあ、前みたいに一緒に部屋でお勉強しよ」

「うん。ありがとう」


 そう言って、圭は芽榴の部屋から出て行こうとした。

 けれどもう1つ聞きたいことがあって、圭はその場に立ち止まる。


「あのさ……。テスト前だから来週は1人で帰ってくるの?」

「え? あー……うん。遅くならないし、たぶん」


(たぶん、か)


 芽榴の答えを聞いても心が晴れることはなく。

 きっと帰りに鉢合わせた役員の誰かが送ってくる可能性は高いだろう。


(でも……家では、俺が独り占めできるし)


 そんな醜い独占欲を、心の中に隠して。


「そっか。もし遅くなるときは送ってもらいなよ? 夜道は危ないんだからさ」


 思ってもない言葉を、すらすらと吐き捨てる。


(俺の性悪を……芽榴姉は知らなくていいんだよ)


「圭は、心配しすぎ。でも、ありがとね」


 芽榴に優しい笑顔を向けられる資格はないのに。貪欲に求めてしまう。

 その笑顔が、言葉が、この報われない恋の代償というのなら、貪るくらいに芽榴の笑顔を独占させてほしい。


 それが、誰も知らない、圭の醜い醜い本音。

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