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麗龍学園生徒会~extra story~  作者: 穂兎ここあ
Route:楠原圭 そばにあった恋物語
2/20

#02

 芽榴が修学旅行から帰ってきて数日後の日曜日。

 重治と真理子は結婚記念日のため、夫婦水入らずで外食に行った。

 おかげで芽榴と圭は夜の家に2人きり。


「圭、何か飲むー?」

「芽榴姉は?」

「ココア飲むよー」

「じゃあ、俺も同じの」


 圭が質問に答えると、芽榴は「了解」と言ってキッチンに消えていく。

 先ほど芽榴の作ってくれた夕飯を全部平らげたところだった。


「はぁ……うまかった」


 素直な感想が口からこぼれていく。

 圭は満足げに息を吐きながら、ソファーに座ってテレビのチャンネルを切り替えた。

 特に見たいテレビもなく、適当につけたドラマのチャンネルで手を止める。

 すると、ココアの入ったコップを両手に持った芽榴が、リビングに戻ってきた。


「はい、圭」

「ありがと」


 圭にコップを渡すと、芽榴は自分の分のコップをローテーブルの上に置いて、再びキッチンの方へと向かう。

 そしてすぐにまた、圭のもとへ戻ってきた。片手には美味しそうなクッキーがたくさん載った皿がある。


「芽榴姉が作ったやつ?」

「うん。お昼に作ったの。ココアのおともにどーぞ」


 圭は芽榴がテーブルに皿を置く前に、クッキーを1つ摘みあげる。そしてサクサクと口の中で軽やかな音を立てながら、それを食べた。


「うん、うまい」


 そう答えながら、圭はまたクッキーを1つ手に取る。そんな圭の行動に芽榴は苦笑していた。


「そんなに急がなくてもお母さんいないから、圭の食べ放題だよ?」

「急いでるわけじゃないんだけど……うますぎて、手が止まらない」

「圭はお菓子好きだねー」

「芽榴姉が作るのは特にね」

「はいはい。ありがとー」


 冗談なんかではない。甘いものは好きなほうだけれど、芽榴の手作りだったら毎日何度でも食べたいと思う。

 でも芽榴は、そんな圭の言葉も圭のお世辞としか受け取ってはくれない。

 そのことにモヤモヤしてしまうのに、芽榴が隣に腰掛けてくれただけで、圭の機嫌はすぐに治ってしまう。


 単純すぎる自分に、圭は呆れてため息を吐いた。

 その隣で芽榴は、テレビに視線を向け、楽しそうな声をあげた。


「あ、この人、舞子ちゃんの好きな俳優さんだー」


 主人公の相手役の俳優を見て、芽榴がそう言った。舞子、というのは芽榴の高校の大親友。

 友人の好きな俳優だということで、芽榴の目が少し輝いた。


「へえ、この人今人気だよな。前も別のドラマで主役だったし」

「そーなんだ。かっこいいよねー」


 人気若手俳優なだけあって、顔はとてもいい。

 けれど、芽榴の通っている麗龍学園には、これくらいのレベルの容姿の顔が何人かいる。

 そしてそんな端正な容姿の男子たちに、芽榴は好意を寄せられているのだ。本人は全然気づいていないみたいだが。


「蓮月先輩のほうが顔はかっこいいと思うけど」


 芽榴の友人の1人である蓮月風雅の名を挙げてみる。彼は麗龍学園一のイケメンで、圭も知り合いだ。

 容姿だけでいえば確実に、テレビで見る芸能人と同等か、それ以上の持ち主。


「蓮月くんはー……たしかにかっこいいよ。おバカさんだけど」


 かっこいい男子たちが周りを囲んでいても、芽榴の反応はこんな感じだ。

 だから自分のような中の上程度の人間がどんなに頑張っても、芽榴を振り向かせられるわけがない。圭はそう思わずにはいられなかった。


「芽榴姉ってさ、好みの顔とかあんの? タイプとか」

「うーん。あんまり考えたことないかな」


 圭の問いかけに答えようと、芽榴は真剣に考える。ココアを一口飲んで、芽榴は「あ」と声をあげた。


「でも、圭みたいな人がいいなって思うよ」


 思考が停止する。

 食べかけのクッキーを膝の上に落として、圭は我に帰った。


「……は?」

「だって圭が一番一緒にいて安心するから。そーいう人に出会えたら好きになるかもなーって」


(……出たよ。芽榴姉の天然たらし)


 芽榴に他意がないことくらい、嫌というほど分かっている。分かっているけど、そんなふうに言われたら心がざわついてしまう。

 本当に、何も知らない芽榴は幸せで、すべてを我慢してる圭は残酷だ。

 その発言がどれだけ酷い言葉か、芽榴には到底分かるはずもない。


「好きになるわけねーじゃん。弟と同じようなやつなんて」

「そーかな。でも本当に、クラスの男子と喋るときとか、圭と比べちゃうときあるよ。圭ならこう言いそうとか、ああしそうとか」


(ほんと……もうやめて)


「……ずっと一緒にいるから、無意識に圭が私の中の男子の見本になっちゃってるんだよね」


 芽榴はそう言って困ったように笑った。


(ああ……最悪だ)


 話を振ったのは自分だけれど、圭自身ここまでダメージを食らうとは思っていなかった。

 芽榴の笑顔も言葉も喜ばなければいけないのに、心の中は黒い霧で満たされていく。


「そーいう圭は? どんな子が好きなの?」

「……芽榴姉」


 仕返しのつもりで、圭は即答した。

 冗談でも嘘でもない。それが事実だから、口にしても罰は当たらない。

 本当は言ってはいけないことだけど、どうせ芽榴は真に受けてはくれないから。


「私はちゃんと答えたんだから、圭もちゃんと答える」

「真面目に答えてるよ。俺、芽榴姉が好きだし。つーか、芽榴姉だって俺みたいなやつとか言ったんだから、一緒だろ」

「……うーん、そう言われると言い返せなくなるけど。でもそうだとしたら、圭は趣味悪いよ」

「どこが」

「……もっと愛想がいい子とか、かわいい子とか美人な子とか、清楚な子とか、そういう子をあげるでしょ、普通」


 芽榴が提案するように、圭の理想の女の子を生み出そうとしてくれる。けれど圭はそんな芽榴の言葉にため息しか出てこない。


(だから、それが芽榴姉じゃん)


「圭はそういう子から告白されてるのに、彼女作らないからお姉さんは心配です」

「……芽榴姉だって彼氏作らねーじゃん。作らなくていいけど」


 付け加えた言葉が重要だ。軽はずみの言葉で芽榴を煽って、彼氏を作られたらたまったものじゃない。

 芽榴ならすぐにでも彼氏くらい作れるのだから。


「まあ、圭に彼女ができちゃったら、こんなふうにクッキーおいしそうに食べてくれなくなっちゃうかもだし。これはこれで私としては、嬉しいのかな」


 芽榴はそう言って小さく笑った。

 圭の心を知らないのに、どうしてここまで圭の欲しい言葉をくれるのだろう。

 いっそ知っていて口にしてくるほうが、挑発されてると理解できてマシなのに。


 視線を下げる圭の耳には、ドラマのセリフが聞こえてくる。


『もう、幼なじみでいるの、やめたいんだ』


 どうやらこのドラマは幼なじみの2人の恋愛を描いたものらしい。主人公の女は、相手の男のことを幼なじみとしか思っていなくて、けれど男のほうはそうではない。

 そういう、お話。圭にはそれがどこか、自分のことのようにも思えて。その一方で、自分よりも恵まれた関係性であると羨ましくも思えて。


『好きだ』


 その男は、思いの末に関係を壊した。

 その壊し方は、ただ『好き』と伝えるだけ。


「芽榴姉」

「ん、なにー?」


 圭との話に一区切りつけて、クッキーを食べる芽榴に声をかける。安心しきった様子で、自分の隣に座る芽榴に、圭は告げてみた。


「……好きだよ、ほんとに」


 ドラマの中の男と同じように、自分も関係を壊すための言葉を告げてみる。

 この言葉は、もう何度も告げたことがある。


(だってこんな言葉、芽榴姉は喜んで捨ててくれるんだから)


「うん、ありがと。私も圭が好きだよ」


 おそらく、芽榴の中では「本当に俺の理想のタイプは芽榴姉だよ」という意味で変換されたのだろう。

 もう、芽榴が自分の言葉をどう捉えるのかも、分かってしまう。


 圭が本気で芽榴との関係を変えるなら、もうこんな言葉だけではどうしようもできないのだ。


 本当に、元に戻れなくなるくらい、すべてを壊さないと、前には進めない。その代わり、後ろにも引き返せない。


 その勇気が、圭にはまだ振り絞れない。


「芽榴姉……おかわり」


 圭が芽榴にコップを差し出すと、芽榴は笑ってココアを作りに行ってくれる。


 圭はキッチンに向かっていく、芽榴の背中を見つめた。


 芽榴は事あるごとに「私なんか」と言う。自分よりいい子はたくさんいると口にする。

 それを信じて、周りを見てみても、圭には芽榴よりもいい子がどこにも見つからない。

 芽榴と比べなければ、いい子はたくさんいる。でも芽榴と比べた瞬間に、いいと思っていたことがすべて、普通に見えてしまう。


「全部……芽榴姉のせいなんだよ」


 彼女を作らないのではなく、作れないのだと。

 芽榴のせいだと。

 彼女を傷つける覚悟で口にできたら、どれだけ楽なのだろう。


「嫌われて、嫌いになれたら……終われるのかな」


 この恋が苦しすぎて、どうすれば逃れられるのか。

 そればかり、圭は考えていた。


 

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