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麗龍学園生徒会~extra story~  作者: 穂兎ここあ
Route:楠原圭 そばにあった恋物語
12/20

#12

 その日は、どしゃ降りの雨。

 インターハイを終えて、部活も引退した圭は、放課後の時間も勉強が待っている。

 よく友人に一緒に勉強しようと言われるため、少し学校に残ったり、竜司の母親の喫茶店で勉強したりすることが多い。


 家に帰れば、芽榴がいる。家事をしていたり、勉強をしていたり、何をしているかはその時々で違うけれど。

 だから本当は早く家に帰りたい。芽榴に会いたい。

 でもそうしても、芽榴に心を囚われるだけ。


 圭は本気で、芽榴以外の女子に目を向けられるように、努力をしていた。他でもない、芽榴のために。


「すっげー雨」


 どしゃ降りの雨を見ると、悲しい記憶が蘇る。

 芽榴に振られた日のことを。


「楠原くん」


 窓の外を眺めながら荷物をまとめていると、隣から明るい声が飛んできた。


「ん、なに? 早坂」


 声をかけてきたのは、最近仲良くしている女子。早坂はやさか優奈ゆうなだ。

 元気で明るくて、頭のいい女の子。

 高3ではじめて同じクラスになって、席が隣になったことをきっかけに、仲良くなった。


「今日も一緒に勉強しようよ」


 竜司や透と約束をしていない日は、よく彼女と勉強するようになっていた。

 頭がいいから、質問にも正確に答えてくれるため、圭にとっても都合が良かった。


 友人から「付き合っているのか」と問われたこともある。周囲がそういう噂をしていることも知っている。


「で、一緒に帰ろ」


 そして彼女が自分のことを好きだということも、圭は知っていた。もちろん、圭はお得意の鈍感なふりを突き通しているけれど。


 今日は竜司や透とも予定はない。だからいつもなら、その誘いに乗るところ。

 けれど圭は、荷物を持って、席から立ち上がった。


「ごめん。今日はちょっと用事があるから」


 そう答えると、優奈は残念そうにしながらも諦めてくれた。

 また今度一緒に勉強するという約束をして、圭は教室を出て行った。




☆★☆




 本当は用事などない。

 ただ、今日は雨で、真理子も用事で夕方に出かけると言っていたから早く家に帰りたかった。


 芽榴は、どしゃ降りの雨があまり好きではないから。

 雨が好きな人はあまりいないけれど。芽榴の場合は、雨というより、どしゃ降りの雨の、その結果起こるかもしれない停電が嫌いなのだ。


 芽榴は暗い部屋が苦手だから。


 雨で停電が起こることはほとんどない。

 でも真理子も家にいない、たった1人の家の中で、芽榴が怖がるところは想像したくない。


 だから圭は、その日は家にまっすぐ帰ることにした。


「ただいまー」


 家に帰って、中に声をかける。

 明るいリビングから顔を出して、芽榴は「おかえり」と笑った。


「今日も遅いかと思った」

「あはは。今日はみんな雨だから勉強しないで帰るって言うからさ。俺も1人で勉強したくねーし、帰ってきちゃった」


 ぺらぺらと嘘をついて、圭は荷物を置きに自分の部屋へ戻ろうとする。

 けれどその圭を、芽榴が引き止めた。


「え?」

「あの、さ。……圭」


 圭の驚いた声に、芽榴は気まずそうな顔をした。

 少し悩んだような沈黙の後、芽榴は「ごめんね」と先に謝って、圭にお願いをする。


「ここで、一緒に勉強してくれる?」


 圭が自分の部屋に戻って、もう降りてこないのではないかと不安に思ったのだろう。

 圭の予想どおり、芽榴は1人でいるのが怖いのだ。

 窓に叩きつける雨の音が、どんどん激しさを増していて。

 この灯りがふとした拍子に消えるかもしれないから。


「もちろん、そのつもり。荷物置いて着替えてくるだけだから」


 圭は「ちょっと待ってて」と笑って、急いで階段を上がった。


 自分の部屋に戻って、少し雨に濡れたバッグを、そのあたりに乱暴に投げる。

 制服のシャツを脱いで、Tシャツとジャージに素早く着替えた。


(ただ、不安なだけなんだろうけど)


 それでも芽榴が、圭にそばにいてほしいと思ってくれたことが嬉しくて。

 やっぱり今日だけは家に帰ってきてよかったと心の底からそう思った。




☆★☆




 2人でリビングで勉強をする。

 芽榴は圭に「一緒に勉強してくれてありがとう」などと言って、冷たいお茶を出してくれた。


「俺も1人で勉強したくなかったから、むしろありがとうって感じだよ」


 半分本当で、半分嘘。そんな圭の返事を聞いて、芽榴はやはり申し訳なさそうに眉を下げた。


「にしても、母さんこんな雨の日に用事って」

「前からお友達と会う約束してたんだって。でも今朝はずっと『雨だから予定変えたいな』って言ってて」


 真理子の友人は県外に住んでいるらしく、今日を逃すとまたしばらく会えないと言っていた。だから渋る真理子に、芽榴が会いに行くよう促したみたいだ。


「まあ、せっかく会えるんだしな」

「うん。でも……雨、どんどん強くなってるね」


 まるで夜のように暗い空。今は夏だから、この時間はまだ明るいはずなのに。

 そう思っていると、ふと、電気が消えた。

 けれどそれは一瞬で、すぐに灯りはついた。


「びっくりしたぁ。ちょっと消えかけたね」


 ほんの一瞬だった。だから大丈夫だろうと、圭は芽榴に視線を向けて喉を詰まらせた。

 芽榴は少し震える手を自分の口元に押し当てていた。


「芽榴姉、大丈夫?」

「う、うん。……少し、びっくりしただけ」


 驚いただけでとるような態度ではない。ほんの一瞬の暗闇でも、芽榴には怖かったのだ。

 圭が今まで見たこともないくらい、芽榴の顔が不安をいっぱいに表して歪んでいた。


「一応、ろうそくか懐中電灯か、持ってきておこうか」


 またいつ、電気が消えるかも分からない。もしかしたら本当に停電になるかもしれない。

 そう思って、圭は押入れに向かおうと立ち上がる。


 そして、そのとき、部屋の灯りが消えた。

 今度は一瞬ではなく、本当に。


「え、嘘だろ。暗っ」


 一瞬で暗くなった部屋。もう少し薄暗い程度で済むと思っていたため、予想よりも暗い部屋の中に圭は驚いてしまう。

 そして、芽榴のために、急いで灯りになるものを探しに行こうとするのだが、それを芽榴が止めた。


「芽榴姉、灯り探さないと……って、わぁ!」


 立っていた圭は体のバランスを崩して、その場に倒れる。

 圭の腰にしがみついた芽榴を抱きかかえたまま、圭はカーペットの上に倒れた。


「ちょ、芽榴姉」

「やだ……圭、や、だ」


 その声で、圭の頭はさっと冷えていった。

 芽榴の声は上擦って、震えている。芽榴は自らの顔を圭の胸に埋めて、震える手で、圭のTシャツを握っている。

 まるで、どこにも行かないでと言いたげに。

 Tシャツ越しに感じるじわりと温い感覚は、おそらく芽榴の涙だ。


「芽榴姉……大丈夫、俺そばにいるから」


 圭は芽榴の背中をゆっくりとなでる。


 芽榴が暗い部屋を苦手としているのは知っていた。けれど圭がこの芽榴の姿を見るのははじめてだった。

 芽榴が怖くないように、家の中はいつだって明るかったから。

 昔停電になったときも、あらかじめ予想して、ろうそくや懐中電灯を用意して。

 絶対に部屋の中が真っ暗にならないように。


(もっと早く、灯り準備してればよかった)


 自分の腕の中で震える芽榴に、罪悪感が生まれる。

 一緒にいても、芽榴を怖がらせてしまった。

 気休めにすらなれない自分に、圭は腹が立ってしまう。


「ごめん、芽榴姉。でも……このままじゃ、暗いまんまだから」

「おねがい……はなれないで、圭」


 芽榴は圭にしがみついて離れようとしない。

 暗い部屋の中を見ないように、圭の胸に顔を押しつけたまま、離れない。


 こんなときにすら高鳴ってしまう心臓の音は、きっと芽榴にも聞こえている。


(うるさいな……黙れよ)


 自分の心臓にそう怒ったたところで、静まってはくれない。


(早く……灯り、ついて)


 それを願うことしかできない。

 ギュッと、芽榴のことを抱きしめて、圭は目を閉じた。


 そうしてどれくらい経っただろう。

 実際に経過した時間はたったの数分。それでも、もうずっとそうしていたのではないかと錯覚してしまうほど長く感じられた時間。

 圭は芽榴を抱きしめたままでいて、そうしてやっと灯りがついた。


「……芽榴姉、電気ついたよ」


 圭がそう教えてあげると、芽榴は圭の腕の中でこくこくと小さく頷いた。

 でもまだ心が落ち着かないのだろう。

 芽榴は圭から離れてはくれなかった。圭から離れないまま、芽榴は圭に「ごめんね」と弱々しい声で言った。


「こんな情けないとこ……圭には、見せたくなかったのに」


 芽榴はずっと、圭の前では強い女の子でいた。

 こんなにも弱々しい芽榴を、圭ははじめて目にする。そしてそれを、圭はどうしようもなく、嬉しいと思ってしまう。


「謝らなくていいから。……こっちこそ、何もできなくてごめん」

「ううん。今こうしてくれてるだけでいいの。……ありがとう。……ごめんね」


 付け加えられた「ごめんね」の意味は、考えなくても分かる。

 圭に抱きつくことを、芽榴は頭の中でちゃんといけないことだと分かっているのだ。

 分かっていて、それでもしがみつかなければいけないくらい怖かった。


 そんな芽榴を、圭には責めることができない。

 むしろ、やっと圭を頼りにしてくれたことに、ありがとうと言いたいくらいなのだ。


「芽榴姉のためなら、いいよ。……俺は」


 芽榴の長い髪をゆっくりと撫でて、圭は小さく呟く。


(本当は、このままずっと抱きしめていたいくらいなんだから)


 弱々しい芽榴の姿を見て、もっと芽榴への愛しさが増してしまう。

 もっとそばにいさせてほしいと、貪欲な願いを押し殺して。


「弟に、気を遣うなよ」


 圭は震える芽榴の背中に手を添えた。

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