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麗龍学園生徒会~extra story~  作者: 穂兎ここあ
Route:楠原圭 そばにあった恋物語
1/20

#01

この小説は圭視点で、進んでいきます。

麗龍学園生徒会本編の役員やラ・ファウスト組はほぼ出演しない(名前出演は多々ある)ので、ご注意ください。

他ルートと同じく、ルート分岐前後の時間軸から始まります。




 好きになってはいけない人を、好きになってしまった。


 それが分かっていても、後戻りはできなくて。


 自分の想いが、大切な好きな人を、苦しめることしかできないと分かっているくせに。


 この想いを、捨てることはできなかった。





☆★☆





 楠原くすはらけいの初恋は、おそらく小学5年生の頃から始まっていた。

 けれども圭は、芽生えてきた想いを『憧れ』や『尊敬』の類の想いであると信じ、『恋』だと認識できずにいた。


 その後も日に日に想いは形を変えて、それがただの『憧憬』では済まされないことに気づき始めても、圭は『恋ではない』と自分に言い聞かせていた。


 認めるわけにはいかなかった。

 なぜなら彼が好きになったのは、大切な義姉だったから。


 必死に否定し続けて、けれど同じ屋根の下に住む以上、義姉と距離を作ることはできず。

 常にそばにいる関係が、彼の想いにどんどん質量を与えていった。


 圭が義姉への想いを『恋』だと認めたのは、中1の夏。


 圭の義姉である楠原くすはら芽榴めるは、弟の彼から見ても『天才』としか言えない女の子だった。

 優しくて、不器用で。

 だからこそ敵を作りやすい人で、そのせいで彼女はたくさん傷ついた。それなのに傷ついていることを、圭にも圭の両親にも隠して。

 そうして過ごして、圭が小6、彼女が中1の冬に、とうとう彼女の心が限界を迎えた。


 義姉の芽榴はその日を境に、すべてのことから手を抜いて、のんきに笑うようになった。

 心はその笑顔とは裏腹に、ボロボロだったはずなのに。

 圭にも両親にも、心配をかけないために。


「芽榴ねえ

「んー? なに、圭」


 毎日が楽しいとでもいい出しそうな偽りの笑顔を浮かべて、芽榴は圭に笑顔を向けてくれた。

 どうして泣いてくれないのだろう。

 自分では頼りないから、受け止めきれないから。だから芽榴は自分を頼ってくれないのだろうか。


「何かあったら、俺に言ってね」

「いきなりどーしたの? ……でもありがと。圭のこと、頼りにしてるね」


 頼りになんてしていないくせに、芽榴は圭にそう言った。


 いつか自分が芽榴のことを守ってあげたい。芽榴を心から笑わせてあげたい。


 そう思ったとき、圭は自分の恋心を受け入れた。


 受け入れると同時に、この恋が決して報われないものだということも、圭は理解していた。

 それでもせめて、自分の行動で芽榴が少しでも幸せになれたら、と。


 けれどその思いすら、叶わなかった。


 数年後、芽榴は心から楽しそうに笑うようになった。

 その笑顔をあげたのは圭じゃない。

 圭がどんなに頑張っても与えてあげられなかった笑顔を、芽榴は高校の友人たちからもらった。


 圭よりもはるかに、魅力的な男子たちによって。


 芽榴の笑顔が、心の底から嬉しいのに。

 心の底から苦しくて、辛くて、憎いと思ってしまう。

 この醜い感情は、誰にも知られてはいけない。


 楠原圭は、義姉の幸せのために、最後まで『いい義弟』を突き通す。

 それが唯一、圭にできる芽榴のための行動だった。




☆★☆




「楠原くん」


 名前を呼ばれて、圭は意識を目の前の状況に移す。

 部活に行く前に、同じクラスの女子から圭は呼び出されていた。

 呼び出し場所の校舎裏へ向かうまでの間、ふと、過去のことを、芽榴のことを考えていた。

 考えすぎて、気がつけば校舎裏。

 目の前には、芽榴ではない女の子。


「ずっと好きでした。……付き合ってください」


 女の子の口からそう告げられる。しかし、圭は驚く様子を見せない。呼び出されたときから、告白されるのだろうな、とはなんとなく予想していた。


 告白をしてきた女子は特に仲がいいというわけでもないけれど、それなりに良好な関係だった。

 その女子とは高1の今と、中3のときに同じクラスだった。


 中2まで長野に住んでいた圭は、芽榴が東京の麗龍学園という高校に入学することが決まったため、中3のときに一緒に東京へ引っ越してきた。彼女とは、そのときに同じクラスになって、いろいろとよくしてもらったことを覚えている。


「……ごめん。俺、まだ誰とも付き合う気がなくて」


 圭の答えはきまって一緒。

 もはや圭に告白した女子たちのあいだで噂になってしまうほど、答えが変わらない。

 その女子も分かっていて告白したのか、すんなり理解してくれて、「部活頑張ってね」という声かけとともに教室に戻っていった。


「泣きそうだったなぁ……」


 圭はその子が去ったあとを見つめながら、つぶやく。

 答えを変える気はないくせに、自分の返事で泣かせてしまうことが辛い。追いかけて慰めなんてしたら、余計におかしなことになる。

 自分勝手なことはすまいと、圭は小さなため息を吐いた。


「ずっと好きだった、か……」


 おそらく中3のときから好きだったということなのだろう。

 その気配がまったくなかったわけではない。

 好きだと言われて、特に驚くこともなかった。


 周りの友達には、『圭は鈍感だ』とよく言われる。でも本当は違う。圭は相手の好意にちゃんと気づいていて、鈍感なふりをしているだけ。


 気づかないふりをしていれば、脈がないのだと、それだけで諦めてくれる人もいるから。


 圭は芽榴と違って、天然の鈍感にはなれなかった。


(最低だよな。……でも俺が性格悪いのは、今始まった話じゃないし)


 芽榴の前で『いい弟』を演じ続けた結果、学校でも無意識に『好青年』を演じてしまう。


 それが余計に、他人からの好意を引き寄せる種になると分かっているくせに。

 芽榴に失望されないためだけに、圭は『いい弟』として学校でも好青年で居続けていた。

 

 でもそうして告白されるたびに、相手よりももっと、圭のほうがダメージを受ける。


(いつまで俺は、彼女を作らずにいるんだろ)


 圭の初恋は、いまだに実ることもないまま続いている。

 膨らみ続けても、伝えることを許されない想い。

 それが辛いのに、その想いをぐちゃぐちゃにするみたいに、芽榴の周りには次々と彼女を好きになるハイスペックな男子たちが集まっていく。


(今頃……かわいく笑いかけてんのかな)


 嫉妬は常に心の中にある。

 芽榴にそれを伝えたところで、「圭はいい弟だ」「圭は心配しすぎ」などと、弟の良心としか捉えてはくれない。


(部活行こう……)


 誰かに告白されると、どうしても気持ちが暗くなる。

 頭の中で、無難な道を行きたがる自分が「妥協しなよ」と伝えてくるから。

 でもそれができなくて、断って。

 断った後に、自分の恋が無謀なことを思い知って、辛くなる。


(芽榴姉……修学旅行楽しんでるかな)


 現在、芽榴は修学旅行で、北海道に一週間滞在中。

 友達と楽しい思い出を作ってくると言って笑っていた。


 そして彼女は、修学旅行から帰って来てしばらくすると、アメリカへの留学が決まっている。


 誰よりも近かったはずの芽榴との距離は、そうしてどんどん遠くなっていく。

 いつかは手の届かないところまで行ってしまう気がした。


「あー、ダメダメ。考えるな考えるな」


 考えれば考えるほど負の方向にしか思考は向かない。だから極力芽榴のことを考えてはいけないのに。

 どんなに辛くても、芽榴が今何をしているだろう、ということを考えずにはいられない。

 それほど、圭の思考の半分は芽榴が占めていた。




☆★☆




「芽榴姉、帰ってきてる!?」


 学校から帰ってくると、芽榴の靴があった。

 その日、芽榴が修学旅行から帰って来たのだ。


 もともと今日芽榴が帰ってくると分かっていたため、圭は部活が終わると急いで帰った。

 玄関に入るや否や、圭は「ただいま」を言うことさえタイムロスに感じ、すぐに家の中に問いかける。


「『ただいま』が先でしょ、圭。挨拶できない子は芽榴ちゃんに愛想つかされちゃうぞー」


 返ってきた声は芽榴じゃない。母、真理子だ。

 芽榴ではないと言うだけでも気分が下がるのに、母の煽る言葉にイラっとくる。


「はいはい、ただいま。で、芽榴姉は?」


 それでも芽榴のことを聞いてしまう。そんな圭のことを、母はやれやれという様子で見つめながら、ちゃんと答えを返してくれた。


「さっきまで起きてたんだけど、寝ちゃった。圭に会わなきゃって頑張ってたんだけどね」


 少しがっかりしたものの、付け加えられた言葉で気分が高揚する。

 本当に単純だなと自分に呆れながらも、圭は靴を脱いだ。


「部屋で寝てんの?」

「リビングのソファーで眠っていたから、さっき部屋に寝かせてきたぞ」


 真理子に問いかけたのだが、返事は別の方向から返ってくる。父、重治だ。

 圭を待って、極限まで眠気に耐えていた芽榴だが、とうとうソファーで眠りに落ちてしまったらしい。


「ちょっと見てくる」

「起こしちゃダメよ」

「分かってる。……顔見てくるだけ」


 シスコンという枠で収めてもらえるかも分からない発言を残して、圭は階段を上った。


☆★☆


 芽榴の部屋に着いて、一応ノックをしてみる。

 返事がこないことは分かっているため、圭はそのまま静かに部屋の扉を開けた。

 部屋の中は明るい。暗所が苦手な芽榴は、部屋の明かりを消せない。

 視線を少し動かすと、ベッドで気持ちよさそうに寝ている芽榴を見つけた。


「こんな明るいのにぐっすり寝てるし……よっぽど疲れてたんだな」


 楽しくて疲れた。芽榴はそんな顔をしている。


「……よかったね」


 そう思うのに、心の奥深くではもっと複雑な気持ちがうごめいてしまう。

 それでも、こんなに疲れていても自分のことを少しでも考えてくれていたことが嬉しくて。


「ただいま、芽榴姉。……それと、おかえり」


 圭は小さな声で告げて、芽榴のサラサラの黒髪をなでる。

 すると芽榴は気持ちよさそうに、小さく身じろぎをした。


「ん……へへっ……」


 楽しい夢を見ているのか。寝ぼけて、芽榴が無邪気に笑う。

 その笑顔に圭の胸はどうしようもなく締めつけられた。


(こんなに無防備に寝て……何されても文句言えないよな)


 頭の中の悪魔が囁く。

 本当に、今何をしても、芽榴は気づかないだろう。


 圭は芽榴の頰に触れ、顔を近づける。

 頰に触れていた手を動かして、芽榴の柔らかい唇をふにふにと触ってみた。


(……もう、誰かとキスしたのかな)


 芽榴は高校2年生で、周りにかっこいい男子がたくさんいて、誰とキスしていてもおかしくない。

 でもやっぱり、嫌なものは嫌だ。


 芽榴に、キスがしたい。


 けれど、圭の唇は芽榴の唇に触れる寸前で止まる。

 大きなため息を吐いて、圭は芽榴の閉じた瞼にキスをした。


「寝込み襲ってごめん。……でも瞼だから許してよ」


 そんな自分勝手な言い訳を口にして、圭は芽榴の部屋から出て行く。

 芽榴の部屋の扉を閉めて、圭はズルズルと座り込んだ。


「あーーー……何やってんだ、俺」


 後悔は先に立たず。いつだって、圭は後悔だらけ。

 正しい選択をいまだに彼は見つけられずにいた。

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