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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第93話 美紗子が泣いた日その㉕ 決意

 保健の先生の声にそちらを振り向いた紙夜里は、一瞬顔を強張らせると、直ぐにいつもの外出用の人当たりの良い表情と甘ったれた様な声で先生へと答えた。


「先生、みっちゃんは、クラスメイトのみっちゃんは、私のお見舞いに来てくれていたんです。それでちょっと授業に遅れて…今教室に戻る所なんです」


「えっ?」


 みっちゃんはそんな紙夜里の機転には気付かず、具合が悪くて休みに来たのになんでまた教室へ等と思わず声を漏らした。

 そしてその声にみっちゃんを睨み付ける紙夜里。


「そうなの。じゃあチャイムは鳴ったんだから、さっさと戻りなさい」


 そんな二人の様子も見ずに背を向けるように直接自分の机へと向かった保健の先生は、紙夜里の声にだけ反応すると二人の方を振り返り、ベッドの脇に立っているみっちゃんの方に向かってそう言った。


「えっ、あ、あの」


 だから慌てて両方の顔を交互に見比べるみっちゃん。

 そこには無表情にみっちゃんを見下ろす先生と、意味有り気に微笑む紙夜里の顔があった。


「さあ早く戻って。私も具合が良くなったら直ぐに戻るから」


 そして紙夜里の優しい声。


「あ、ああ」


 ここで初めてみっちゃんは、紙夜里の言っている事が理解出来た。

 つまりは此処で保健室を抜け出さないと、抜け出せなくなる可能性があるという事だ。

 保健の先生は戻って来た。

 紙夜里の読みは外れたのかも知れない。

 だから今此処で私だけでも外に出す。紙夜里は直ぐには動けないくらいの状態にあるという事か?

 そしてその理由はただ一つ。

 根本を倒して倉橋さんを守る為。

 そんなに倉橋さんが大事なのか…


 先生に警戒されない様に、今している穏やかな優しい表情も、きっと全ては倉橋さんの為なのだ。


「後から必ず来てよ」


 みっちゃんはそう言うと、紙夜里の手を強く握った。


「うん、必ず」


 外面大魔王の紙夜里は、最近では全くみっちゃんの前では見せた事もない様な満面の笑みでそれに答える。

 しかしそれもみっちゃんに向けられたものではなく、倉橋美紗子の為なのだ。

 そう思うとみっちゃんは少し寂し気な表情でそれに答えると、握っていた紙夜里の手を離し、出入り口の方へと歩き出した。


 保健の先生はそんなみっちゃんの姿を一瞥すると、何事もなかったかの様に机の方に向かい、自分の仕事でもこなすのだろう。椅子に座った。


   ガラガラガラ

        ピシャ


 開いていた引き戸を閉めて廊下に出たみっちゃんは、だから歩き出しながら考えた。


 自分や紙夜里の為ならば、私はどんな事でもやるだろう。

 でも今回の事にいまいち気が乗らないのは、そうではないからだ。

 倉橋さんは優しく好感の持てる良い人だ。

 しかしそれだけではやはり決意は固まらない。何といっても最近知り合ったばかりの人なのだから。しかも紙夜里が異常なまでに熱を入れている意中の人だ。

 それは…正直面白くない。


 廊下を歩きながらみっちゃんは、通路沿いの大きな窓から校舎の外の中庭を見ながらそんな事を考えていた。

 曇天模様の空は、深まった秋がもう冬になろうとしているかの様に見えて、みっちゃんは窓の高さから見える空から銀杏いちょうの枝へと視線を移した。

 銀杏ぎんなんの実も葉もとうに落としたそれは、細い枝が弱々しく見えた。


(まるで紙夜里のようだ)


 みっちゃんはそう思うとそこで一度立ち止まり、風に吹かれる銀杏の細い枝を少しの間だけ眺めた。

 今回自分が引っ越す事になるかも知れないとなって、それまで抑えていたものが堰を切った様に溢れ出した紙夜里。

 それは今までクラスの人や私には見せた事もない黒々とした紙夜里の本性だった。

 身に纏っていたものを全て払い落とし…あの小枝の様な細々とした裸の紙夜里。


(裸!?)


 一瞬みっちゃんはまた変な癖が出ては良からぬ想像をして頬を赤らめた。

 しかし直ぐにかぶりを振ってはそんな妄想は払いのける。


 違う。そういう事じゃない。

 つまり紙夜里はそれまでの自分を捨てて、自分の中の醜い部分も全て曝け出してまでも倉橋さんとの時間を最後に望んだんだ。

 誰にも見せた事のない姿を私の前に曝け出してまで。

 引っ越したくないと、まるで普段からは想像も出来ない程、子供の様に泣きじゃくった紙夜里。

 それは…そんな紙夜里の為になら、私は…決意出来るか?

 そうだ。可哀想な紙夜里の為になら、私は根本を倒す事も、倉橋さんを助ける事も出来る。


(やっと決意が固まった。後は五年四組のドアの所から様子を窺うだけだ。今ならいつでも私は飛び込んで行ける)


 みっちゃんはそう思うと、銀杏の木の枝から視線を外して、今度ははっきりと正面を見据えた。

 そしてもう何の迷いもなく歩き出す。五年四組へと向かって。

 まだ具合は少し悪いのだけれど。




 その頃当の四組では既に先生は教室を出て行ってしまっていた。

 根本の計画通り、学級活動は自習で、先生は四時限目開始から十分程で直ぐにいなくなった。

 だから根本は座っていた椅子から立ち上がる。


「おいっ」


 その様子に思わず後ろの席の太一が小声で声をかけた。

 しかし根本はそんな事など欠片も気にも留めずに、体を横に向けると歩き始める。

 真っ直ぐ美紗子の席の方へと。





               つづく

相変わらず更新の遅い作品ですが、変わらず読んで下さる皆様、有難うございます。

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