第92話 美紗子が泣いた日その㉔ みっちゃんの妄想
「馬鹿っ!」
四時限目も始まろうとする寸前で保健室へとやっと辿り着いたみっちゃんは、入るなりいきなりそんな風に紙夜里から罵声を浴びせられた。
「な、なんでだよ。私だってちょっと具合が悪いんだ。保健室に来たっていいじゃないか」
きっと心の何処かでみっちゃんは、もっと優しい紙夜里の言葉を想像していたのだろう。
思わず不満が口を出し、そしてそんな夢みたいな事がある訳がないのだと悟るのだった。
だから先程までのウキウキした気分からみっちゃんは死んだ魚の様な目になり、開けた保健室の引き戸にまだ手を掛けたままの状態で辺りをぐるりと見回した。
(先生がいない)
それは直ぐに気が付いた。
「本当に馬鹿! 何でもっと早く来てくれなかったんだ。先生は休み時間中ずっといないよ。だからその間に根本が仲間を連れてやって来たんだ」
「えっ?」
紙夜里のその言葉に辺りを見回していたみっちゃんは、慌てて紙夜里の方を向いた。
「酷い事…されたのか?」
保健室の先生がいないとなれば、それは簡単に考えられる事だ。
みっちゃんはその脳裏に集団で虐められる紙夜里を想像しては居た堪れなくなり、心臓がバクバクと早鐘を打つの感じた。
「されたよ…凄い怖かったんだぞ~!」
そう言うとうっすら目に涙を浮かべる紙夜里。
駆け寄る様にその紙夜里の寝るベッドへと向かうみっちゃん。
体を起こし、先程までの恐怖を思い出したのか、はたまたみっちゃんを見て安心して流した涙なのか、兎に角突然泣きじゃくる紙夜里の頭をみっちゃんは腕で強く自分のまだ欠片も膨らみのない胸へと押し当てた。
「んっ、ん」
頭を抱えられた紙夜里はそれでもまだ泣き止まず。保健室の掛け布団の隅で涙を拭いては、涙声を微かに漏れらしていた。
そんな紙夜里の様子に最悪の事も想像し始めるみっちゃん。
「まさか…パンツとかも見られたのか? いや、それどころか、まさかまさか…脱がされたとか?」
根本の仲間に無理矢理両手両足をを押さえつけられて、スカートを捲し上げられては、先程見た紙夜里の水色のちょっと大人っぽいパンツを根本の手で脱がされて行く光景を想像してはみっちゃんは、怒りと共に相当の哀しみを覚えずにはいられなかった。だからみっちゃんは自ずと自分の目からも一筋の涙が頬を伝って流れている事に気付く事もなかった。
(許さない! 絶対に許さない!)
その時だった。
紙夜里がみっちゃんの変な単語に引っ掛かり、それまでの感情を制御しては冷静に口を開いたのは。
「何の事? パンツって? アイツは動けない私をモップで何度も何度も叩いたんだよ。死ぬ程痛くて、死ぬ程怖かったんだから」
「えっ? そうなのか? モップで何度も何度も…それは、許せないな」
紙夜里の言葉に答えながら、みっちゃんは実は安堵した。
(なんだ、その程度の事か)
最悪を想定していたみっちゃんにとっては、根本の暴力はその程度のものだった。
だから思わず不謹慎にも顔が一瞬綻ぶ。
そしてそれを見逃さない紙夜里が少し赤く腫れた目を擦りながらも再び口を開いた。
「そもそもパンツって、何処から出てきた訳。パンツを見られたとか脱がされたとか…みっちゃんが普段何を考えているのか想像したら怖いわ」
「えっ? いや、違うよ! 私は最悪を想定しただけだよ。女子にとって一番嫌な事はそれだろ。だからそんな事を一瞬考えただけで、普段はそんな事考える訳ないだろ。普段からクラスの女子のパンツの事とかばかり考えていたら、私はとんだ変態じゃないか。嫌だな~そんな事考えている訳ないじゃないか」
「ふーん。どうだろう。でも今朝もみっちゃんパンツの事ばかり話していたし…まぁ、いいよ。とりあえず今はそんな状態じゃないんだ」
みっちゃんのパンツで気持ちがシラけたのか、紙夜里はいつの間にか泣くのを止めて冷静さを取り戻していた。
だから名残惜しそうにするみっちゃんの腕から自らの頭を抜き取ると、紙夜里は正面に向き合い、今度はゆっくりと、そしてはっきりとみっちゃんに向かって話し始めた。
「ねえ聞いて。根本は四時限目の間に美紗ちゃんを虐めるつもり。でもアイツの仲間達は誰もそれには加勢しない。それからこれは私の推測だけれど、保健の先生もまだ戻って来ない所をみると、きっと四時限目に先生達の会議があるのよ。それは全体か学年単位かは分からないけれど、でも、つまり私達のクラスも自習で先生が来ない可能性があるし、保健の先生もこのまま四時限目も来ない可能性がある。だからみっちゃん、私達は自由に動き回れるって事なの。アイツ一人だけなら、みっちゃんは余裕で半殺しくらいには出来るでしょ。だからさっきの約束、お願い」
「半殺しって」
相変わらずの紙夜里の表現に若干困惑するみっちゃん。
キーンコーンカーンコーン♪
その時四時限目開始のチャイムがなった。
「あら、あなた達どうしたの?」
そしてそれと同時に保健の先生が開けたままになっていた引き戸から顔を覗かせて声を出す。
紙夜里の推測とは裏腹に、戻って来たのだ。
つづく
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