第91話 美紗子が泣いた日その㉓ 久々登場! 水口さん。
三時限目が終わるとみっちゃんは、普段あまり使わない『脳みそ』というものを今日は相当駆使して色々と考えていたのか、既に顔色も悪く、相当疲れている様に見えた。
だからゆっくりと自分の椅子から立ち上がると、ヨタヨタと歩き出すみっちゃん。
その姿は紙夜里がいない事でみっちゃんの側に近付こうとしていた女子達も思わず躊躇する程で、だからみっちゃんは誰からも邪魔される事もなくヨタヨタとゆっくりとした足取りではあったけれど、教室から難なく廊下へと出る事が出来た。
「私は保健室に行きたいんだ…でも倉橋さんトコに行かなくちゃ…」
誰にも分からないくらいの小さな声で、ボソボソとそんな言葉を繰り返し呟きながら歩くみっちゃん。
廊下ですれ違う生徒達も薄気味悪そうに遠巻きに避けて行く。
しかしそんな中、一人だけはみっちゃんの目の前で立ち止まり、その動線を邪魔する者がいた。
五年四組の副委員長・水口さんだ。
「どうしたの? 今にも死にそうな顔をして?」
「ふん。あんたには関係ないよ」
「ふーん」
水口は言葉に直ぐに反応したみっちゃんを、全身嘗め回すかの様に眺める。
みっちゃんはまた面倒臭い奴に引っ掛かってしまったものだと思うと、頭を使い過ぎた疲労困憊だけではなく、吐き気さへも湧いて来るのを感じた。
(そもそも何でこの四組の副委員長様は私の前で足を止めたのだろうか。全く、無視して通り過ぎてくれれば良いものを)
そんな事をジロジロ眺めている水口から視線を外して考えていると、再び水口が口を開て尋ねて来た。
「あなた、さっきの休み時間、倉橋さんを覗いて四組のドアの所にいたよね。何で?」
「へっ!?」
みっちゃんは思わず声を漏らす。
最も説明するのが面倒臭く、その上したくもない相手に、みっちゃんはその姿を見られていたのだ。
「ぐっ」
みっちゃんは唇を噛んでその場で暫く考え始めた。
何をどう説明すればこの女に理解して貰えるのか? 伝える事が出来るのか?
それはみっちゃんにも、四組の副委員長である水口を仲間に引き入れられれば、その方が得策だという事は分かっていたからだ。
(いけ好かない奴だけど、こいつは倉橋さんや根本のクラスの副委員長だ。上手く状況を説明すれば、彼女を助けてくれるかも知れない。一体どう説明すれば…)
「どうしたの黙り込んで。それにそのスカート。ふーん、いつもズボンばかりかと思っていたら、ちゃんとスカートも穿くんだ。なかなか似合っているじゃない」
(スカート!)
考え込んでいた所への水口の突然の言葉は、みっちゃんの顔を赤くさせた。
それまで意識していなかったスカートを、突然水口に話題として取上げられた事で、みっちゃんは返って今自分がスカートを穿いているのだという事を妙に意識してしまったのだった。
「あれ? 何、急に顔を赤くして」
更に水口はみっちゃんを追い込む。
みっちゃんは下を向いたまま、嵐が過ぎ去るのをじっと待つかの如く、黙ってその場に立ち尽くしていた。
もはや前言撤回。やはり水口とは関わりたくないと思うみっちゃん。
それから数秒は、そんなみっちゃんを水口は黙って眺めていたが、突然自分の前髪を掻き上げると、「フー」とその場の重くなった空気を蹴散らすように声を出して、それから軽く笑顔になって話し始めた。
「どうやら今日は私の勝ちみたいね。いつもそうやってスカートでも穿いてしおらしくしていればいいのよ。でも、本当にあなた、今日は具合が悪そうよ。保健室に行った方がいいんじゃない?」
みっちゃんは、水口に負けた事なんて何とも思ってはいなかった。そもそもそれ程意識はしていなかったし、今回の事を勝ち負けの対象としてなんて、露程も考えてはいなかったからだ。
ただみっちゃんは、今日一日既に色々な事があり、頭を使い過ぎていたため、物凄い疲労感に襲われ、枯れ果てていただけなのだ。
「用事があるから…」
苦しそうな声で、相変わらず水口の方は向かず、下を向いたままみっちゃんはそれに答えた。
「それって、倉橋さんの事?」
水口のその質問にみっちゃんは素直に頷く。
「やっぱりね。何か今のウチのクラスって、倉橋さん絡みで不穏な動きがあるのよね…」
水口はそう言うと目を細めて暫く何かを考え始めた。
その様子にみっちゃんはいつまでもこんなのに構っていられないとでも思ったのか、水口を避ける様にその脇を歩き出す。
「待って」
水口を越えて先へと進むみっちゃんに、それまで考え込んでいた水口が突然声を上げた。
「あなたはやはり保健室に行きなさい。私は…、私はもう倉橋さんとは関らないと決めたのだけれど、それでも副委員長なのよね。ウチのクラスの事で、他のクラスの人に迷惑を掛ける訳にもいかないでしょ。いいわ。美紗子の事は私が見ている。でもただ見ているだけ、手は出さない。それ以上は関らない。その代り何かあればあなたに知らせる。これでどう? それなら保健室に行って体を休められる?」
「本当にいいのか?」
みっちゃんは疲れている筈なのだが、その言葉には直ぐに振り返るとキラキラと輝いた目で飛び付いた。
「えっ? ええ」
その豹変振りに一瞬戸惑う水口。
更にみっちゃんは水口の両手を掴むと元気な声で答えた。
「ありがとう! 恩に着るよ!」
(やったー! 紙夜里と一緒に保健室で休んでられる~♪)
「えっ?」
水口は何か違和感を感じたが、それは後の祭りだった。
呆然とした水口を後に、既にみっちゃんはスキップをしながら保健室へと向かい始めていたからだ。
つづく
※ この小説は、百合小説ではありません。多分(笑)
いつも読んで下さる皆様、有難うございます。





