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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第89話 美紗子が泣いた日その㉑ 取引き

 根本が出て行った後も、暫くは仲間達は保健室からは出ずに、紙夜里のベッドを囲んだままでいた。


「どうする?」


「こんな事しちゃって…」


「やばいよね…」


 残された三人は、口々にそんな言葉を溢すと、今や微動だにもしない紙夜里の潜っている筈の布団の方をそれぞれに眺めていた。

 ここを出る為には、どうにか根本の後始末をしなければいけない。

 しかし、好き勝手やって、最後には自分達を「いくじなしっ!」と、罵って出て行った根本へは正直呆れはてた上に反抗心が沸々と湧き上がって来ているのも事実だった。


「こんなの、私達もやったと思われちゃうよ」


「それは困る」


「まただよかおり。アイツやっぱり頭おかしいよ」


「どうする?」


「どうするって言っても…私達は関係ありませんって言って通るかどうか…」


「でも暴力は振るってないよ! やったのはかおりちゃん一人だから」


「でも」


 その時だった、それまで黙って布団の中に籠もっていた紙夜里が口を開いたのだ。


「取引…しよう…」


 気絶でもしていて自分たちの話など聞いてはいないだろうと思っていた紙夜里の、囁く様な小さな声に思わずギョッとする三人。

 そしてそれは甘い誘惑の囁きだった。


「何も無かった事にしてやる。この事は先生にも告げ口しない。内緒にしてやる…そのかわり…」


 誘いに乗るかを見定めるかのようにそこで言葉を一旦区切る紙夜里。

 その間に誘われるまま入り込む根本の仲間達。


「そのかわり?」


 誰かがそう尋ねた。

 それは先程根本に全身叩かれ、体中、特に怪我をしていた足首には今も激痛の走る紙夜里にとっては、してやったりの一発逆転を呼び寄せる、思わず布団の中で一人ニヤリとほくそ笑む程の言葉だった。

 しかし紙夜里はあえて笑いを堪えて、冷静にか細い声で続きを話し出す。

 自分がそこに執着していない様に見せる為に。あくまでも冷静に。


「アイツが言っていた美紗ちゃんを虐めるのは、正確にはいつなの? それとあなた達もうんざりしているのなら、もうアイツに関るのはやめて。あなた達がいくら手はだしていないと言っていても、側に一緒にいれば同罪だよ。だからアイツが、根本が美紗ちゃんに何かした時側にいればあなた達も同罪。私は一生許さない」


「……」


 静かな保健室に静かに流れる紙夜里の声を、三人は黙って聞きながら、即座にその場で答える事は出来ないでいた。

 やはり根本かおりとの関係に、友情もあるのか。

 否。

 彼女達はとうに根本には見切りをつけている。

 あるのはただ自分達の身の保全と、取引に於ける優位性だけだった。

 その為に彼女達の内の一人が暫くして言い出した話はこんな事だった。


「かおりに、美紗子が男子と図書室で会っていたと教えたのは橋本さんだったのね。初めて知った。これって重大な事じゃない。あなた、美紗子と友達なんでしょう」


「だから…何?」


「何って、美紗子に教えたらアンタだっておしまいでしょう。いいの。そんな事して?」


 形勢逆転とばかりに気付いたその点を強調して話す女子。

 しかし紙夜里は動じなかった。


「別に。好きにすればいい。ただそんな事をしたら、あなた達、二度と学校には来れない、来たくないようにしてやるから。私はあなた達と違ってあの根本と同じくらい本気だからね。それでも良いなら好きにすればいい」


 紙夜里が布団の中から発した毅然とした力強い言葉は、その思いの強さの前で既に負けていた彼女達の心をまたもや一瞬で不安へと掻き立てる。

 ざわつく三人の心。

 そしてダメ押しで紙夜里はもう一声口を開いた。


「早く取引に応じないと、もうすぐみっちゃんが来るんだけれど。みっちゃん、わかるでしょ? さっき私と一緒にいた子。彼女が来てこの状態を見たら、後はもうどうなるかわからないよ」


 みっちゃんと言う言葉に三人が一様にピクンッと反応する。

 そしてその内の一人が慌てて口を開いた。

 やはりみっちゃんは怖いのだ。


「わかった。言うよ。取引に応じる」


「ちょっと」


「そんな事したら今度はかおりに」


 それを今度は根本からの報復を恐れて制止する二人。


「大丈夫。考えがあるから」

 

 しかし取引に応じようと言った子は、更にそれを抑え込み、布団の中の紙夜里に向かって話し始めた。


「その代り約束して。かおりが裏切った私達に手を出せないくらい、彼女をコテンパンにやっつけて。正直あの子はヤバ過ぎる。やり過ぎだよ。この先一緒にいて仲間だと思われると、私達にも迷惑が及ぶ。美紗子の事は嫌いだからいい気味だと思っていたけれど、ここが潮時かもね。かおりはどんどんエスカレートして行って、暴力振るうようにもなって行っちゃったけれど、私達もそれと一緒にされては困るの。このままだと、いつか学校に親が呼ばれる様にもなるでしょ」


 紙夜里は、その話を黙って聞いていた。


「だからいっそ、かおりが誰にも歯向かったり盾突いたり出来なくなるくらいやっつけてくれるって約束してくれるなら、その取引に応じてあげる」


 きっとこの場でみっちゃんがこの話を聞いていたならば、彼女ならば「根本も可哀想な奴だ」なんて言い出すのだろうが、しかし紙夜里は一切そんな気持ちは感じなかった。

 

(そもそもが他人なのだ。そんな事は世の中に幾らでもある)


 そうあくまでも冷静に捉えると、「いいよ、約束する」と、相変わらず布団の中から外へと向かって言葉を発した。




「へくちゅん!」


 その頃廊下から五年四組の倉橋美紗子の席をずっと眺めていたみっちゃんは、突然悪寒を感じてくしゃみをした。


(あれ~、寒くなって来た? 風邪でもひいたかな? そろそろ休み時間も終わりだし、教室に戻るか…)


 突然のくしゃみにそう思うと、みっちゃんは一度廊下を左右眺めて確認してから、一瞬鼻を擦って、二組の方へと向かって歩き出した。







             つづく


いつも読んで下さる皆様、有難うございます。

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