第87話 美紗子が泣いた日その⑲ 休み時間その②
結局の所この休み時間、みっちゃんが美紗子の事を眺めている間には、根本達は教室に戻って来なかった。
だから美紗子に何かが起こる事もなく、彼女は静かに自分の席で本を読み続けていた。
みっちゃんはそんな美紗子と、自分の直ぐ近く、後ろの席で集まっている悠那達の方を交互に見比べた。
彼女達は美紗子の友達だった筈である。
何故根本がいない今、美紗子の側へと行かないのか?
そんな疑問を頭に擡げながら、みっちゃんはそちらの様子も眺めていた。
神妙な顔で何やら悠那に耳打ちしている美智子と、苦虫を潰した様な顔をしている悠那。
(何か変わった事でもあったのだろうか?)
その様子にただならぬ事を感じながらもみっちゃんは、再度美紗子の方を眺めては、その平静とした姿にそれが何なのかまでは理解出来ないでいた。
実は根本は、休み時間になり教室を出る際に、美智子にだけこっそりと四時限目の計画を話していたのだった。
「友達と相談してもいいし、美紗子に教えても良いよ。自分から土下座して皆んなの前で謝ってくれれば手っ取り早いし。兎に角これはクラス全体の総意だから。必ず四時限目にやるから」
と。
だから美智子は血相を変えて先ずは悠那に相談したのだ。
「ずるい」
話を聞いた美智子が最初に口にした言葉がそれだった。
つまり根本が二時限目の間に考えた作戦とは、一部にこの計画を伝え、広めさせるという事だったのだ。
四時限目の自習の時間に、嘘を付いてクラスに迷惑をかけた倉橋美紗子を土下座させて謝らせる。
これならばそれは一見ちゃんとした理由があり虐めには見えない。
しかしクラス全員の前で土下座して謝るというのは実質それまでのクラスでの生活・地位を捨てるという事だ。
美紗子はクラスで一番弱い存在へと変わる。それは結果としてその後気に入らない連中にとっての虐めのターゲットともなるだろう。そして入れ替わる様にクラスを代表してそれを実行した根本は一目置かれるようになる。
その為には寧ろ突然起こる出来事ではなく、ある程度クラスに浸透している話にした方が良いと、よくよく考えた末に根本は思いついたのだった。
それは何よりもこれが虐めではなくて、クラス全体の総意により求める謝罪であると見せる為に。
「どうする?」
美智子が自分の席に座る悠那の耳元で小声で尋ねる。
その言葉に他にも二人側に立つ悠那の友達が心配そうな目で悠那を窺う。
悠那はなかなか結論が出ず、言葉が出なかった。
果たしてこの事を美紗子に伝えるべきか? それとも自分達で何とか未然に防げないか?
目を細め、前の方の席に座る美紗子の背中を眺めながら、悠那は苦悩していた。
そしてそんな事は露程も知らないみっちゃんは、ただ、(何の事かは分からないけれど、本当に面倒臭い友達関係だな。あーやだやだ)等とその悠那達の雰囲気を見て思うのだった。
その頃、根本かおりは仲間を引き連れて、保健室にいた。
丁度先生が出払っていない保健室。
橋本紙夜里が横になって休んでいる白いパイプ式のベッドの周りを取り囲む根本と三人の仲間達。
(くそー! みっちゃん何でこんな時は来ないんだよ~!)
そんな事を考えながら紙夜里は掛かっていた布団を頭の上まで被せて全身を隠す様にしていた。
「どお? 足」
そんな布団の中で隠れるようにしている紙夜里に、根本の声が聞こえる。
何しに来たのか? 集団で来たという事は自分を虐める為なのか?
その目的も分からない現状、紙夜里は布団の中、根本の問いに無言で徹した。
「この前は倉橋さんの男好きの情報有難う。橋本さんって、倉橋さんを虐めたいんだよね?」
無視を続ける紙夜里に、白々しくそう話続ける根本に、紙夜里は唇を噛んで耐える。
「だからさ、良い事教えてあげるよ。倉橋美紗子、今日皆んなの前で土下座するよ。橋本さんも迷惑掛けられたんだよね? いい気味だよね♪」
つづく
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