第86話 美紗子が泣いた日その⑱ 休み時間その①
こうして二時限目は、根本にとって自身の想像にニヤニヤが止まらない時間となり、みっちゃんにとってはまた一つ悩みの種が増えたという溜息交じりの時間となった。
しかし時間というものは人の意思とは関係なく進んで行くものだ。
みっちゃんは結局悩み事を解決する術も見つからないまま、二時限目を終えてまた休み時間を迎える事となる。
授業終了、クラス全員が立ち上がり、日直の声に合わせて一礼すると先生は教室を出て行った。
それに合わせてみっちゃんの側に集まって来る数人の女子。
皆んな授業に出なかった紙夜里の事や、遅れて来たみっちゃんの事が気になるのだろう。
「紙夜里ちゃんどうしたの?」
「遅れて来たけど何かあったの?」
みっちゃんの周囲を囲む様にしながら口々に話し出す女子達は、一様に目が好奇の色に輝いていて、一瞬みっちゃんを戸惑わせた。
二組の女子の間では、その風貌や人柄からみっちゃんはかなり人気があって、その事は自身でもある程度分かっていた。
(果たして、紙夜里が四組の根本かおりに足を蹴られ、階段から落ちた事を皆んなに話すべきか?)
それを考えると元来面倒臭がり屋のみっちゃんとしては、また考えなければいけない事が増えるのかと溜息をつきたい気分になる。
だからみっちゃんは、周りを囲むクラスの女子達の顔をぐるりと眺めると、軽く笑いながら口を開いた。
「なんでもないよ。先生に言った通り、紙夜里が急にお腹が痛いって言い出したから、保健室に連れて行っただけ。そしたら休み時間ギリギリになっちゃって。ほら、紙夜里、アレじゃないのかな。生理」
「やだ~みっちゃん」
「ホントー」
みっちゃんの『生理』の言葉に一様にニヤニヤした顔になる女子達。
その言葉の前に、変な勘繰りをする者はもういなかった。
(これでいい。本当の事を言ったら二組と四組の間で戦争になるかも知れないもんな。あっちにはあの水口とか言う副委員長もいるし。何かと面倒臭そうだ)
生理という事で安心した周りの女子達の顔を眺めながらみっちゃんはそんな事を思うと、再度口を開いた。
「じゃあもういいでしょ。『休み時間になったら、不安だから来て』って紙夜里に言われてるんだ。面倒だけどちょっと行かなくちゃ」
嘘である。
みっちゃんは教室を出る言い訳として、ここぞとばかりに大嘘をついたのだった。
「そうなんだ~」
「大変だね、みっちゃんも」
そんな言葉にみっちゃんは笑って女子達の間をすり抜けながら、「ホント、大変大変」と言いって教室の入り口へと向かって歩き出した。
クラスの女子の中には、みっちゃんは好きでも、紙夜里の事は嫌いだという子も多い。
クラスでの紙夜里は人見知りで、ちょっとぶりっ子で、いつもみっちゃんの側(実際にはみっちゃんが紙夜里の側にいるのだけれど)にいるイメージなので、色々と敵も多かったのだ。
そんな中、『生理』というワードは我ながら冴えているとみっちゃんは思った。
紙夜里を嫌っている人も、これなら何となくしょうがないかと思うのではないか?
そして足を蹴られて階段から落ちたという話並みにリアリティがある。
教室から廊下へと出たみっちゃんは、自分が上手くやれたと思うと嬉しさとおかしさで笑いそうになった。
(どれも紙夜里が聞いたら凄く怒るよな~あははは)
こうして久し振りの楽しい気持ちで廊下を五年四組の前まで向かうと、そこでみっちゃんは顔付きを変えた。
神妙な顔で開かれた四組の後ろの出入り口から中を覗き込む。
最初に確認したのは根本の席の辺りで、そこに根本の姿は見えなかった。
更に辺りを見回すと、階段で見かけた根本の仲間達の姿も見えない。
(何処かに出かけたか?)
そう思うとみっちゃんはこの場で顔を会わせずに済んだ事に軽く胸を撫で下ろして、次に美紗子の席の方に目をやった。
倉橋美紗子は一人席に座り、何やら本を読んでいた。
(可愛そうに、独りぼっちで。クラスの中の友達ともギクシャクしているのかな? 隣の席の幸一君という子も姿が見えないな。本当に、今までは毎日が楽しかった筈の教室が、きっと今では違うクラスの方が良かったくらいに思っちゃうんだろうな)
みっちゃんはこの休み時間の間、紙夜里との約束を果たす為に暫くそうやって美紗子の事を眺めていた。
つづく
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