第81話 美紗子が泣いた日その⑬ なんであんな変な事を言ったんだろうって後悔する事あるよね。
その後体に何の問題もないかの様に歩いた紙夜里は、職員室に着くと、「此処で待っていて」とみっちゃんに告げて、一人中に入って行った。
良いも悪いもなく、返答する前に入って行った紙夜里の後ろ姿を引き戸が閉められるまで見ていたみっちゃんは、仕様がないのでその場の廊下の壁に背中をもたれて待つ事にする。
(階段から落ちた時は驚いたけれど、怪我はたいした事なかったのかな? 私の事も怒っていないみたいだし。良かった♪)
此処に来てみっちゃん自身の緊張も途絶え、安堵からか、そう思うと自然に顔がにやけて来た。
(それから良い事聞いたぞ。やっぱり皆んな自分で選んでるのか♪ 私はいつも面倒臭がってお母さんと買い物とか行かなかったからな~今度行ってみよう。どんなパンツがあるんだろう♪ 紙夜里の薄い水色のパンツは似合っていたな~。私にはどんなのが似合うんだろう。今まで白一色だったからな~。ずーっと気になっていた事が一つ解決した。ホント良かったよ♪)
そんな事を考えているみっちゃんの前を通り過ぎる生徒達は、皆一様にみっちゃんの表情を怪訝そうに眺めて通り過ぎて行った。本人は全く気付いていなかったが、みっちゃんの顔は、白い歯をチョロチョロ出して、如何にも妄想中と言わんばかりの不敵な笑みになっていたのだった。
そうこうする間に引き戸の上半分の所にはめ込まれた曇りガラスの部分に子供くらいの背丈の影が見えた。
みっちゃんは迷わずそれを紙夜里だと思うと、体を壁から軽く離して、片足を一歩前に出す。
それと同時に、「失礼します」と言う紙夜里のか細い声が室内の方から聞こえて、引き戸が静かに開けられた。
「終ったの?」
先程の考え事から引きずった笑みで、みっちゃんは側に行くと尋ねた。
そのみっちゃんの機嫌の良さそうな笑みを怪訝な顔で見つめる紙夜里。
「何か気持ち悪い事でも考えていた?」
「何で? 酷いな~」
相変わらずの紙夜里のキツイ言葉に一瞬にして詰まらない気分に変わるみっちゃん。
紙夜里はそんなみっちゃんの事などお構い無しに、職員室の前の廊下を左右交互に一度眺めると、階段とは逆の方向に、一人ふらふらと歩き出した。
(また勝手に!)
ムッとしながらもみっちゃんは慌てて紙夜里の側に駆け寄る。
「プリントは渡して来たんだろ? 他にも何か頼まれたの? 休み時間終っちゃうよ」
みっちゃんの質問に答える気がないのか、紙夜里は黙って前を見たまましかし、足取りは心なしか重い感じで、ゆっくりと歩いていた。
「いっつもだ! いっつもそうやって一人で行動する。友達なんだから、次はどーするとか、どーしようとか。そう言う事言ってくれたっていいんじゃないのか!」
みっちゃんの中で最近紙夜里への友達感が高まっていたからかも知れないが、突然何かが弾けた様に、自分でも何故かは分からないのだけれど、みっちゃんは思わず紙夜里に不満を叫んでいた。
その言葉には流石に立ち止まる紙夜里。
みっちゃんの方を見ないまま話し出す。
「私は前からそう。ちょっと前までの、か弱い私をみっちゃんが守るパターンの時には、そんな事一度も言わなかったじゃない。一方的にみっちゃんが決めて、話して。その時だっていつも私は何も言わなかった。今と同じ。だから急にそんな事言われても困るし。大体みっちゃんは昨日の私との約束をもう忘れてるんじゃないの?」
「約束?」
「そう、私の事はどうでもいいから、美紗ちゃんを守ってという約束」
「それは、それはちゃんと守るさ!」
「じゃあもう教室に戻って。それから四組も覗いてみて。美紗ちゃんの様子をちゃんと確認して。私はやっぱり、足首を痛めたみたいで歩くのが辛いの。それからまたお腹が痛いの。吐き気もするし。だから保健室に行く。さっき先生にも伝えたから」
その話は、責任を感じているみっちゃんには返す言葉が出ない内容だった。
(やはり階段で転んだ時に怪我をしていたのか。もしかしたら頭も強くぶつけたのかも知れない。吐き気と腹痛もあると言っている。私の所為だ……)
「あのさあ、じゃあせめて保健室まで送るよ」
「いらない。一人のが静かで落ち着く。私の事を心配するなら、美紗ちゃんをちゃんと守って」
みっちゃんの言葉にそう返すと、紙夜里は再び歩き始めた。
みっちゃんを無視する様に、欠片もそちらを振り向きもせずに。
それは何故かとても辛くて、寂しくて、だからみっちゃんはふざけた事が言いたくなった。それは場を和ませたかったのかも知れない。
「やっぱり紙夜里、生理?」
その言葉に紙夜里は一瞬立ち止まったが、振り返りも言い返しもせずに直ぐにまた、保健室の方へと向かって歩き出した。
その事でみっちゃんは、正直とても美紗子の事までは考える余裕がない状態に陥った。
自分の所為で怪我をした紙夜里の事が心配で、自分達の関係も今までとは違くなって行くかも知れないと思える中で、何で自分は最後にあんなふざけた事を急に言ったのだろうと、自失呆然として、ただ立ち尽くしていた。
つづく
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