第77話 美紗子が泣いた日その⑨ フランケンシュタインの花嫁
「あははは♪ 面白かった~♪ 見たっ! アイツ、ビビって階段から落ちてやんの!」
「はははは」
「ホント」
階段から離れた所まで来て、満足気に仲間達に笑いながら話す根本に、心なしか顔を引きつらせながら愛想笑いする仲間の女子達。
「あ~面白かった♪ 私、トイレ行って来る。誰か一緒に行く?」
まだ興奮冷めやらないといった感じで、根本がそう問いかけると仲間達は、
「えっ? 私はまだいいかな」
「うん、私も」
「ここで待ってるから。いいから一人で行っておいでよ」
と、口々に言い、誰一人一緒にトイレに行く者は現われなかった。
「そう?」
折角今まで楽しかったのに、一緒にトイレに行く人が現われなかった事に対して根本は、少し不満気な顔をして見せたが、直ぐに機嫌を直したのかまた笑顔に戻った。
「うん、じゃあ行ってくる。待っててね」
そう言い残し、仲間に背を向けると、トイレへと向かう根本。
見送る仲間達は、根本の姿がトイレの入り口から見えなくなるのを確認すると、誰とはなく溜息を漏らした。
「ヤバイよあれ」
「私も気付いちゃた」
「あれって何?」
階段で根本に背中を押された子が、何の事かと訊き返す。
トイレに行った根本を廊下で待つ四人の女子の顔は、一様に深刻だった。
「根本さん、あの紙夜里って子の足を蹴って、落としたんだ。私見ちゃった。どうしよう…あの子が先生に言ったら。私達も一緒にいたから共犯だと思われるよ。もし親なんて呼ばれたら」
「えっ、親。困る! それは困るよ!」
「だから~」
「あのさあ、私ね」
先程質問した子が胸元で軽く手を上げて、話に割り込んで来た。
その仕草に他の三人は話すのを止め、その子の方を眺める。
「実は私ね。皆んなより早く階段を下りちゃったでしょ。あれ、根本さんに押されたんだ。あのみっちゃんって子を目掛けて」
「えっー!」
「マジで!」
「私躓いたかして、前のめりになって飛び出したのかと思ってた」
「違うの、押されたの。怖かった~。あのみっちゃんって子が避けなかったら、私もさっきの紙夜里って子と同じ様に、多分ぶつかって下まで落ちてた」
「ヤバイじゃん! 根本さんヤバイじゃん!」
話を聞いて突然大きな声を出す子。
「シー! あんまり大きな声出して、根本さんに聞こえたら不味いよ」
慌てて口元に指を一本立てて制止する子。
「やっぱりさー、倉橋さん嫌いだからって、根本さんに肩入れしたのは失敗だったかなー。あの子やっぱりおかしいよね?」
「うん。元々友達いない子だったしね」
「そおそお、直ぐ嘘付くとか、空気読めないとかも言われてた」
「関ったの、不味かったかな~」
一人のそんな呟きに、女子四人は一瞬全員口を閉ざして黙り込んだ。
それぞれがそれぞれにどうすべきか考えるかの様に。
そして一人が口を開いた。
「でもさ、私達はまだ何も実際にはしていないから」
「確かに。側にいて見ていただけだよね」
「じゃあ今ならまだ、根本さんが何かしても私達は関係ないって事? 無関係?」
「このままスッと関係を断っちゃえばいいんじゃない。あの子何するか分からないよ。危ないよ」
「はは、あの子だって。ちょっと前まで『かおり~』なんて呼んでたのに」
「それは美紗子虐めの為に担いでたからでしょ。皆んなだって調子良く持ち上げてたじゃない。実際美紗子苦しめてるのは見ていて楽しかったけど♪」
「まーそれはそうなんだけど。暴力沙汰や怪我なんかさせる様な事になったら笑い事じゃないしね。その片棒を担いだと思われるのはゴメンだし」
「さっきの子。チクるかな? 先生に」
「兎に角根本さんとは切れた方が良いよね?」
「ヤバいもんね」
「でも、今急に根本さんと関らなくなったら、逆にキレて私達を狙って来たりしないかな?」
「あっ」
「そうだよね…」
「あんなのに狙われたら堪ったもんじゃない」
「困ったね。どうしよう」
「そもそも普通じゃないもんね。知ってる? 根本さんが倉橋さん狙い始めた訳」
「えっ? 知らない。なんで?」
「ムカつくけど、倉橋さん人気あるじゃん。その倉橋さんの弱みを掴んだみたいで、それを理由に騒いで、注目を集めたかったみたいよ。ほら、さっきも言っていたけど、根本さん友達とかいないじゃん。変だから」
「注目を集めたかった…馬鹿みたい」
「ホント。そんな理由で無関係な人まで階段から落すなんて。普通じゃないよ」
「そんなのと関っちゃって。どうしよう…」
「困ったね…」
四人は女子トイレの入り口の方を眺めながら、そこでまた押し黙った。
根本かおりがトイレから出て来る気配はまだなかった。
つづく
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