第75話 美紗子が泣いた日その⑦ 一時限目
届いて来た手紙に目を通しては、根本かおりは、その下にサラサラと文字を書き、畳んでは脇の人や後ろの太一に頼んで送り返して行った。
太一は何通かの受け取った手紙を、こっそり静かに広げては読んでいたので、根本に「何の手紙だ?」等と尋ねる事はなく、素直にそれに従っていた。
こうして幾つかの盗み読みした手紙から、太一が知り得た事実は次の通りだった。
① これは根本と、最近美紗子絡みで根本の側にいる、美紗子の事をあまり良く思っていない連中達との間の手紙の遣り取りであるという事。
② どうやら今日何かを計画しているらしいという事。
③ それは根本から切り出した話らしいという事。
④ 決行の時間を、四時間目の学級活動(どうやら先生が居なくなり、自習になるらしい)と、昼休みのどちらかで予定しているらしいという事。
⑤ そして最後に、万が一に備えて、根本が二組の紙夜里という子と、その友達を警戒していて、その情報を求めているらしいという事。
これらを踏まえた上で、太一は昨日までの事を頭の中で反芻してみた。
どうにも根本には気まぐれがあり、先程まで美紗子に嫌がらせをしていたかと思うと、突然放って置いたりする所があるらしい。その点にとりまき連中が不信感を持っている様に太一は昨日の放課後感じていた。
(それを払拭するのが目的か? だとすると根本は求心力を求めているのか?)
先程盗み読んだ手紙からだと、根本が今日美紗子に何かをすると皆に伝えている様に思えた事から、太一はそう推測してた。
(ならば俺はどうする?)
そう思いながら太一は、数列離れた斜め前の美紗子の席の方を眺めた。
美紗子は心なしか、僅かに微笑んでいるかの様に見えた。
そしてそれは、少しだけ太一にも理解出来た。
(無理もない。最近の根本の動きだと、学校ではいつ何処で何を言われ、何をされるか気が気ではないだろう。寧ろ授業中が一番安心出来るという事は、理解出来る事だ。幸一が離れて行き、根本によってクラスからも幾分遠巻きにされて行く事は、美紗子には可哀想な事だと思うけれど、俺にとってはかなり都合のいい事だ。今すぐ美紗子を俺のものにする事は不可能だと分かっているが、いつかは必ず、あの笑顔を俺のものにしてみせるんだ。その為には兎に角慎重に。今は俺の気持ちが美紗子にバレるだけでも不味い。ずっと想っていたなんてのは、場合によっては気持ち悪いと思われると、本にも書いてあった。あくまでも自然な成り行きで親しくなっていかなくては…)
そんな事を考えながら眺めていると、ついぞ将来の事にまで考えが及び、太一は少し、和んだ表情になっていた。
そんな感じで一時限目が終ると、根本とその仲間達は直ぐに、クラスから出て行った。
橋本紙夜里の様子を探る為だ。
その時紙夜里は、授業終了と同時に先生に頼まれたプリントを職員室に持って行く為、階段を下りていた。
「お腹の具合、どうだ?」
無論隣には、紙夜里の体調を気遣うみっちゃんを引き連れていた。
「良く分からない。なんか気持ち悪い様な気もするし」
「気持ち悪い? じゃあ、やっぱりアレじゃあ」
そこまで言ってみっちゃんは続きを話す事が出来なくなった。
紙夜里が登校時と同じ様に凄まじい表情でみっちゃんを睨んだからだ。
「あははは」
笑って誤魔化すみっちゃん。
そしてその様子を、階上から隠れて眺めている根本達。
「でも、こうやって付けていたって、結局あの子達の今日の予定なんかは分からないんじゃない?」
「そうだよね。それにあの二人が毎回必ず美紗子を助けるとは限らないし」
「あのみっちゃんって子は強そうだけど、あのもう一人も強いの?」
根本の仲間達が、紙夜里達を眺めながら口々に話す。
「あなた達は、私だけにやらせず。自分達も美紗子を虐める気があるの?」
それまで黙って聞いていた根本が口を開いた。
その瞬間、口を噤む仲間達。
やはりかという表情で、その仲間達の方を一切見ず、紙夜里達の方をじっと見たまま、根本は再び口を開いた。
「じゃあやっぱり、邪魔だね」
つづく
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