第74話 美紗子が泣いた日その⑥ 美紗子と悠那
みっちゃんが紙夜里に怒られながらもニヤニヤして、その後ろに付いて歩きながら教室へと向かう頃、五年四組では既に先生が来ていて、朝礼が終わり、朝の会が行われていた。
何人かの生徒達の、幾何かの思惑を抱えながらも、クラスは一見いつも通りに見えた。
その少し前の時間の出来事。
教室に着いてからの美紗子は、最初の内は一人席に座っていて、落ち着かない様子だったが、直ぐに後から入って来た悠那と美智子に気付くと、席を立ち、そちらへと歩いて行った。
その少し前には、幸一も五十嵐と共に教室に入って来たのだが、美紗子はそちらには気付いても視線を合わせる事はなく、その前を素通りして行った。
まだ昨日の幸一の煮え切らない態度を怒っていたのだ。
「あらら。倉橋さん、無視して行っちゃった」
「しょうがないよ。最近、ちょっと冷たくしていたから。でもそのお陰で、この所は殆ど冷やかしもなくなっただろ?」
五十嵐の言葉に少し自慢気にそう話す幸一。
「お前本当に馬鹿だな。太一に洗脳されたか? 皆んなが冷やかすのは羨ましいからだ。俺だってそうさ。それをなくなったからって、素直に喜ぶなよな~」
そう言うと五十嵐は幸一の頭に手を置き、整っていた髪形を、ガシャガシャに掻き乱し始めた。
「あ、馬鹿! やめろ~!」
慌てて頭に手を当てて、逃げる様に自分の席に向かう幸一。
「はははは」
笑いながらまだ続けようと追いかける五十嵐。
美智子と共に教室に入って来た悠那は、直ぐに美紗子が近付いて来た事に気付くと、両手を広げ、少しオーバーな素振りで、「美紗ちゃ~ん♪」と大きな声を出し、側まで来た美紗子の手を引っ張ると、ギュッ! と抱きしめた。
「あ、わっ!」
思わずの事に驚いて声を出す美紗子。
「ごめんね、美紗ちゃん。私あれから色々考えたんだ。私あの、みっちゃんって子程、自分に自信ないし、強くないけど。でも、でもね。私に出来る範囲では、美紗ちゃんを守りたい。私のグループは、絶対あんな根本さんなんかの言う事聞かないから。だから、いつも私達の側にいて。そうすれば根本さんも、そう簡単に美紗ちゃんには手を出せない筈だから。ね。それから私もなるべく美紗ちゃんの事を見ている様にするし」
直ぐ側に立つ美智子には聞こえるけれど、離れている人達には聞こえないくらいの小さな声で、悠那は抱きしめた美紗子の耳元でそう言った。
「悠那ちゃん?」
それはもう、美紗子にとっては半分諦めていた様な言葉だったので、美紗子はつい訊き返す様に悠那の名を呼んだ。
昨日みっちゃんに言われた言葉が、ずっと心の片隅で引っ掛かっていたのは、何も悠那だけではなかった。美紗子もまた、昨日の帰り道で言われた言葉が気になっていたのだ。
だから朝教室に着いたら先ず悠那の所に行こうと決めていた。
(もし悠那ちゃんがみっちゃんの言う様に追い目を感じて、自分からはもう私に話しかけられなくなっているのなら。自分から話しかけに行こう。それでもし嫌がられればそれまでだ。でもそうじゃなかったら。私は悠那ちゃんと友達でいたい。仲の良かった他の子達共。私は、このままでいたい)
そう思っていた美紗子にとっては、悠那の言葉はまるで美紗子の心をテレパシーで読み取ったのではないかというくらい、嬉しい言葉だった。
「なーに? 美紗ちゃん♪」
問いかける美紗子にニコニコ笑いながら、更に訊き返す悠那の顔に、美紗子は微笑んだ。
しかし、直ぐ側に立っていた美智子の顔だけは微笑んでいなかった。
ただ心配そうに、不安気な表情で、二人を眺めていた。
それがこの日の朝の教室の出来事。
朝の会も終わり、授業が始まると、とりあえず昼休みまでは安心していられると、美紗子は少し肩の力を落とした。短い休み時間ではたいした事は出来ないだろうから、朝・昼・夕の時間が最も危険だと美紗子は考えていたのだ。
だから朝教室に入ってから先生が来るまでの時間は、どうしても身構えてしまい、肩にも力が入ってしまっていた。それを今、絶対安心な授業中に入り、美紗子はやっとくつろいだ表情になったのだった。
静かに進む普段通りの授業。
その時先生の目を盗みながら、根本の席を中心に、多くの手紙が行き来していた。
それは、計画が着実に動いている事を示していた。
つづく
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