第71話 美紗子が泣いた日その③ ~五十嵐と太一
(ああ全く、アイツは何を考えているんだ? あのしつこさ。自分とは全く異なる人種・世界への憧れからくる執着心か? 全く美しさの欠片もない。昨日もしつこく幸一の後を付け回して、その姿こそが自分を下品で野暮に見せている事すら気付かないのか? …それとも、そんな事までして倉橋さんが欲しいのか? どちらにせよ、俺の嫌いなタイプだ。あんなのに振り回されていたのでは堪ったものじゃない)
校門を潜り校庭に入ると、朝の班単位の集団登校は、それぞれの昇降口へと向かい散り散りに動き出して、少しずつその列が姿を消して行く。
その中で五十嵐は傘を片手にその場に立ち尽くし、ぐるりと校庭を一回り眺めた。
遠野太一と山崎幸一を探す為だ。
しかし色とりどりの傘が生徒達の顔を隠し、ランドセルやスカートから識別出来る性別以外は、背格好から推測しても、高学年かどうかくらいしか分からないのが現状だった。
(せめて幸一だけでも…)
太一と幸一を二人きりにしてはいけないという焦りだけが募っていく。
五十嵐は意を決した様に辺りをキョロキョロ眺めながら自分の学年の昇降口へと向かい歩き出した。
(幸一は品があり、理性的な奴だ。だから人の気持ちを考えて、優しすぎる時がある。無下に断ったり、無視したりなんて出来ないだろう。だから太一に漬け込まれる。あんな奴の話なんて無視して聞かなければ良いだけなのに。聞いてしまえばお前は、その相手の気持ちも無視出来なくなってしまうのだろう。ここ最近がそうであった様に。そして更にお前は、理性的に答えを出そうとするんだ。自分の感情や気持ちは引っ込めて…全く、だから俺はお前に肩入れしたくなる。俺だって倉橋さんは好きだけれど、お前の方が合っていると思ってしまう。そんなお前が、きっと俺は好きだから…)
「あっ」
考え事をしながら、相変わらず辺りも見回しながら、昇降口付近まで歩いて来た五十嵐は、校舎の入り口付近で、傘を畳む幸一の姿を見つけ、思わず声をあげた。
それから慌てて走り出す。
「おはよう」
傘を畳み顔を上げた幸一が、走り寄って来た五十嵐に気付き、声をかけた。
「ああ、おはよう」
「どうしたんだよ、そんな走って来て。それじゃあ傘があまり役に立たなくて、ランドセルがずぶ濡れだぞ」
「ああ、いいんだ」
薄く微笑みながら、気遣う様な事を言う幸一に五十嵐も軽く笑って答えた。
(ああ、全く、俺がこんなに心配しているのに。相変わらずお前は自分の事は後ろに隠して、人の事を気遣うのか。本当にそれで良いのか? 幸一)
「チッ!」
遠目に昇降口にいる幸一と五十嵐に気付いた太一は、思わず舌打ちをした。
太一の班が校門を潜ったのは、五十嵐の班より数分後だった。
(五十嵐の奴、全く目障りな奴だ。なんで急に俺の邪魔ばかりし始めたんだ? 幸一と美紗子をくっ付けたいのか? そんな事をしてお前になんのメリットがある。幸一は人の話に流され易い。折角美紗子との引き離しまでは成功していたのに。何なんだアイツは? それとも俺が幸一と一緒にいる事に焼き餅でも妬いたのか? ホモか? ホモ! ハッハハハハ♪ 何にしても昨日の下校も幸一と話すチャンスを奪われて、俺はあの後、また本屋で万引きしたんだぜ。自己啓発本ってヤツさ。女子とスラスラ話せる様になるんだ。中学までには女友達もいる普通の男子になるんだからよ、俺は。お前が悪いんだぜ。お前が俺にストレスを与えるから、だから俺は、違う方の計画に向けて万引きをしたんだ。全く、幸一も嫌いだけれど、お前は更に輪を掛けて俺の大嫌いなタイプなんだよ。ムカつく!)
昇降口付近に見えた二人の姿が、奥の下駄箱の方に向かい、見えなくなるまで、太一はジッと傘を片手に雨の中、睨んで見ていた。
つづく
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