第69話 美紗子が泣いた日その① ~根本かおり
珍しくサブタイトル入りました♪
今回から1話にまとめるのが難しい回が続きますので、字数少ない話数が何度か続きます。
翌日の朝は、雨だった。
秋の雨は庭先や街路樹の葉から、少しずつ色を奪っていく。
青々とした世界が少しずつ灰色へと変わると、それは冬が近付いている証拠で。
集団登校の列に並んで歩いていた根本かおりが、フッと思いを巡らせながら見上げた空も、灰色だった。
どんよりと重くのしかかる様な陰鬱な空。
(そうでなくても昨日の夜の事を思い出すと、いたたまれなくなるのに)
根本は目を細めた。
だからこの日の朝が、雨でさえなければ、あんな事にはならなかったのかも知れない…
昨夜も根本は些細な事から兄と姉と喧嘩をしていた。
いや、喧嘩と言うよりは、やはり一方的にやられていたと言った方が正しいのだろう。
それは両親が一階でテレビを観ていたほんの十分程の事だった。
兄・雅俊はかおりのまだ小学生の華奢な腕を片方掴み、逃げられない様にした上で、何度も腹部を蹴り上げた。
「お前、母ちゃんにチクっただろう!」
「グフッ!」
思い切り胃を雅俊の足で圧迫されたかおりは、思わず口から空気を吐き出す様に咽り声を上げる。
姉ののぞみは雅俊の部屋のドアに背を持たせ掛けながら床に座り、突然ドアが開かない様にしながら、腕組みをしてその様子を眺めていた。
「何回言えば分かるんだ。この馬鹿は!」
かおりの耳元で叫ぶ雅俊。
腕をとられ、しゃがむ事も出来ないかおりは、フラフラと胃の辺りをもう一方の手で押さえながら立っていた。
「あんまり大きい声出すと下に聞こえるよ」
のぞみが雅俊に声をかける。
「ああ。分かってる。でもこいつの顔見ているだけでムカついて来てよ~」
「だから関わんなきゃいいのに」
振り返りのぞみの方を向いて雅俊が言った言葉に、のぞみが直ぐに返して続けた。
「お父さんもお母さんも下にいるんだからね。それぐらいでもう止めなよ」
「分かってるけどよ~。お前だって言われたんだろう? 『かおりを虐めたのか?』って。深刻な目をしてよぉ。母ちゃんの奴に」
「言われたけど。私は殴ったり蹴ったりはしてないからね。『虐めてないよ』って、素直に答えただけ。お母さんも『そう』ってしか言わなかったし。ちゃんと兄ちゃんの事もチクらなかったよ。だからさー、いい加減止めなよ。こいつは頭おかしいんだよ。関わらない方が得だよ」
雅俊は途中から半ば笑いながら言っているのぞみの顔をしげしげと見ると、「チッ!」と舌打ちをしてかおりの腕を離した。
そのままその場に力なくしゃがみ込むかおり。
ずっと掴まれていた方の腕は開放されてビリビリと痺れていた。
もう片方の手は相変わらず痛みの残るお腹を押さえたままで、体を丸くして、頭をお腹にくっ付ける様にする。
痛み以上にやられた事への悔しさからか、涙が零れて来た。
(畜生。やっぱり力だ。力の強い奴が好き放題出来る世界なんだ。力のない奴はされるがままなんだ。畜生~)
雨降りの灰色の重たい雲の空が、昨日の出来事を根本かおりに呼び起こさせていた。
そして考える。
-じゃあ私の中に溜まって行くこのストレスどうすればいい?
-馬鹿にされ、蹴り続けられた私の悔しさは?
思い出すだけで腹立たしい昨夜の出来事が、根本の中で今日という日を決定付けさせる。
(昨日の感じでは、私が本当に美紗子を虐められるのか? 疑ってる奴もいるみたいだったしな。ここらで一発見せておいた方がいいだろう。丁度いい。昨日あいつらにやられた腹いせに今日はガツンとやってやる)
美紗子を虐める事を考えると、根本は心なしか、自分の中のモヤモヤが晴れる様な気がした。
実際にはモヤモヤから視線を外しただけなのかも知れないが、それでも楽しい気分になって来たのは確かだった。
だから根本は自分の前を歩く下級生の靴の踵を、わざとつま先で踏む様にした。
傘に手提げバッグで、両手の塞がった下級生の靴の踵がそれによって脱げる。
「あっ」
小さく声を出すと、下級生は後ろの根本を振り向いた。
「あ、ごめん。ごめん」
笑いながら謝る根本と、しょうがないので立ち止まり、傘を地面に置いて、片手で靴を履き直す下級生。
根本はしゃがんで靴を直すその子を立ったまま眺めていた。
不敵に微笑みながら。
根本かおりの朝の登校風景。
つづく
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