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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第68話

(私を諦める? 引っ越して行ってしまう紙夜里が、私を諦める…それって)

 


 紙夜里の発した言葉は、みっちゃんの目を輝かせ、紙夜里の元へと歩み寄らせるには十分な言葉だった。

 一歩・二歩と眼前の紙夜里の背中の赤いランドセルへと近付きながら、みっちゃんは体が熱くなるのを感じていた。


(最初は弱々しくて、放っておけなくて、側においていた紙夜里。彼女が私に頼るのが誇らしくて、私無しではクラスで上手くやっていけないだろうと思える事が嬉しくて。私は彼女の面倒を見ていた。しかし此処に来て急に酷い言葉を投げつけられた。それは彼女が私を上手く利用していて、『本当は一人でも生きていける』んだという内容だった。その話には正直私の心は相当痛めつけられた。普通なら完全に絶交だろう。『勝手にしろ!』、あの時は確かに心の中でそう叫んでいたと思う。でも私は…私は紙夜里から離れなかった。自分でも分からない。何故その道を選んだのか? ただ、側にいようと決めたんだ。どうしてもこれが全て紙夜里の本心だと思えなかったし。それから事の発端である倉橋美紗子にも興味があったから…そして今、その答えが見えた)


「紙夜里、私」


 みっちゃんがそう言いながら、伸ばせば届く距離になった紙夜里の手を後ろから掴もうとした時、紙夜里は決して後ろを振り返り、みっちゃんの方を見る事もなく、依然前を向いたまま、口を開いた。


「でも勘違いしないでよ。あなたは一番じゃないんだから。私の中で一番大好きで大切な人は、美紗ちゃんなんだから」


 その言葉に掴もうとして伸ばしたみっちゃんの腕は、力なく下へと下げられた。


「分かってるよ…」


 本当はもう、そんな事はどうでも良かった筈なのに、それでもやはり直接口に出して言われると、どうしてもみっちゃんの声は寂し気になってしまう。

 紙夜里の言葉は更に何事か考えながら続く。


「みっちゃんは…十番目よ」


「じゅ、十番!?」


 紙夜里の言葉に思わず声をあげるみっちゃん。


「でも紙夜里、十人も友達いないじゃないか!」


 その言葉を打ち消す様に慌てて言うみっちゃん。


「それでも十番なの! 別れが辛くならない様に、私が折角こっぴどく切り離してやったのに、それでもくっ付いて来て、挙句の果てに美紗ちゃんに上履きを貸して、此処まで付いて来て。そんな馬鹿は十番なの! 十番って決まってるの!」


「紙夜里…」


 紙夜里の言葉に、自分がそれでも紙夜里から離れなかった理由に確信を持ったみっちゃんは、紙夜里の名を呟きながら、その先が出なかった。

 ただ憐れんだ様な目で、小刻みに震える紙夜里の肩を眺める事しか出来なかった。


「…たくない。…たくない」


 尚も小声でなにやら呟き続ける紙夜里。

 そして突然、頭を項垂れると、その場にしゃがみ込んだ。


「引っ越したくない! 引っ越したくない! 引っ越したくない!」


 大きな声で泣き叫び始める紙夜里。

 それはずっと押さえていた感情が、みっちゃんとの話の中で息急き切って出て来たかの様で、紙夜里の感情を目の当たりにしたみっちゃんも、いつの間にか涙が溢れていた。


「私だって嫌だよ。私だって…」


「ううっ…大人の都合なんだ…いつだって、ううっ…大人の都合なんだ…」


 例え子供でも、やはり泣き叫びたい時はあるのだ。

 腑に落ちない出来事に自分が巻き込まれ、翻弄されて行く。

 一人ではまだ生きては行けない子供という状況が、その状況だけを理由として意思を尊重されないセカイ。

 もしかしたら子供が正しい時だってあるかも知れないのに。

 ただ子供というだけで流され、変化して行く人生。

 それは今まで堪えては来たけれど、理解しようと努力はしたけれど、やはりどうにも不条理で、だから紙夜里は泣いた。叫んだ。

 

 そしてそれは正しさを求めるみっちゃんにもどうしようもない事で、ただ憐れんで眺める事しか出来なくて。

 だからみっちゃんの目に溢れた涙も、頬を伝って幾重にも流れたのかも知れない。


(なんだかんだ言ったって、紙夜里だってまだ私と同じ子供なんだ)


 頬を伝う涙を手の甲で拭いながら、やはりかける言葉が見つからず、みっちゃんは目の前でしゃがみ込み泣きじゃくる紙夜里を眺めていた。


「知らない所になんか行きたくない! 此処にずっといたい! んんっ、このまま…このまま此処にいる筈だったんだ…親の離婚さえなければ。私の、私の人生が、んっ、変わって行くんだよ! 狂って行くんだよ! みっちゃん!」


「へっ?」


 突然名前を出されてみっちゃんは思わず驚いた。

 そして何か言葉を口にしなければと思いながらも、直ぐに良い言葉が浮かばず、数秒の間を空けて口を開く。


「だ、大丈夫だよ! 何も変わらない! 私は必ず紙夜里に会いに行くよ! なんなら倉橋さんだって連れて行くよ! 本当に引っ越したとしても、私は今までと変わらないよ。いつまでも紙夜里の友」


 友達と言おうとして一瞬、みっちゃんは口を閉ざした。

 目を赤く腫らした泣き顔の紙夜里が、振り返り顔を上げ、みっちゃんの方を眺めたからだ。

 その目は睨んでいた。


-あなたは何も変わらないくせに。今まで通りの生活が出来るくせにー


 そう、言われている様な気がして、みっちゃんは言葉が一瞬出なくなったのだ。

 躊躇われる言葉。

 しかしそこで止める訳にも行かない。

 友達なんて言い方は、本当は好きではなかったのだが、みっちゃんは言葉を続けた。


「いつまでも、紙夜里の友達だよ」


 友達とは何だろうか?

 自分でそう言いながら、何処か空々しいものを感じるみっちゃん。


(友達なんて言葉は範囲が広すぎる。友達なら、クラスの奴ら殆どだって友達だ。私は本当に言葉を知らないな。紙夜里はどう思うだろう。親友くらい言えば良かったかな? それなら小学校の間でも、出来るのは一人か二人だろう。重みがある。しかし、人生のうちでどれ程の親友が出来るものなのかも知らない私が、軽々しく親友という言葉を使うのもおかしい様な気もするし…ああ、私は。ゴメンよ紙夜里。私は泣きじゃくる紙夜里を自分と同じ小五なんだと思って安心したり、引っ越したくないと泣き叫ぶ紙夜里を、面倒臭いとか感じてしまっているんだよ。こんなにも好きな筈なのに。そしてきっとそんな私の気持ちも、その睨む様な瞳は見抜いているんだろう?)


 睨んだまま、みっちゃんの言葉を聞いた紙夜里は、その鋭い瞳を更に鋭くさせ、即座に口を開いた。


「じゃあ交代して! 私の代わりに引っ越して!」


「そんなあ~」


(やっぱり見抜いてる!)


 紙夜里の無理難題にとても困った表情で、みっちゃんはそう答えながら少し安心していた。


「友達って言うなら交換してよ!」


 更にそう言いながら立ち上がると紙夜里は、みっちゃんの事を睨みながら一歩、前に歩いた。

 そしてみっちゃんの肩に両腕を乗せると、倒れ込む様にみっちゃんの体に自分の体重をかける。

 密着した紙夜里の頭は、みっちゃんの目の辺りに押し付けられる。


「お、おい! い、痛いよ! 目に紙夜里の髪が当たって痛いよ!」


 突然の事に驚きながらも、みっちゃんはそう言うと、紙夜里の腰に、優しく手を添えた。


「何も出来ないくせに。私を助ける事も出来ないくせに。交換も出来ないくせに。どうせみっちゃんの事だから、また『面倒臭せい』とか思ってるんでしょ。フン! あなたは何も出来ないんだから、何の役にも立たないんだから、せめて少しだけ、甘えさせてよ…また直ぐに、いつもの私に戻らなければならないんだから」


 紙夜里の言葉には思い当たるふしがあった。

 確かに家に帰れば、妹の手前、毅然としたいつもの紙夜里に戻らなければならないだろう。それに母親にだって、とても甘えられるような環境ではないだろうし。

 少しだけ甘えさせる…

 それ位ならみっちゃんにも出来た。

 だからみっちゃんは紙夜里の耳元で、囁く様に呟いた。


「妹さんの事は任せて。私、面倒みるから」


「いい。みなくていい」


 みっちゃんの肩の辺りにうつ伏せていた顔を上げ、目を見て答える紙夜里。


「何で?」


 思わず尋ねる。


「妹の事は、美紗ちゃんに頼むからいい」


「そう…」


 美紗子の名に少し寂しい気持ちになったみっちゃんは、意地悪をして尋ねる。


「そうすれば、倉橋さんにまた会えるかも知れないから?」


 紙夜里は不敵に微笑んで、小さく口を開いた。


「だからみっちゃんは、美紗ちゃんを守って」


 その言葉を最後に、二人は口を閉ざした。


 


 暫くすると紙夜里はみっちゃんの肩にかけた腕を解いて、更にみっちゃんの腕の中からもスルスルと抜け出した。

 そして二人は別々の道を歩いて帰って行った。

 別れ際の言葉もなかった。


 こうしてその日は終って行った。





           つづく



紙夜里とみっちゃんの関係性の話も終わり、次からはいよいよ、美紗子の問題・幸一の問題がクライマックスに向かいます♪

いつも読んで頂いて、有難うございます。

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