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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
70/139

第67話

どうにも仕事が忙しくて、1ヶ月近く空いてしまいました。

読んで下さっている方々には、大変申し訳ありません。(謝謝)

 口は悪いが、それでも話せば答えてくれている紙夜里に、みっちゃんは何処かズイズイと尚も、色々尋ねたい衝動にかられていた。

 それは以前までの、自分が守る対象だった頃の紙夜里とはかなり変わってはいたけれど、しかしそれでも変わらない関係性を何処かに感じていたからかも知れない。

 少なくとも今も、紙夜里は自分を嫌ってはいないという事を…

 だからドンドンと空き地を歩いて行ってしまう紙夜里の横で、決して見失わないと誓いながら、みっちゃんは、やはり気になっていた事は口に出して訊き始めた。


「ねえ、倉橋さんには引っ越す事言わなかったね」


 その言葉に紙夜里は歩きながら一瞬顔をしかめた。

 それから相変わらず前だけを見て歩きながら、口を開いた。


「さっきの私の言葉で分からない? 今の美紗ちゃんにそんな事は言えないという事と、私自身がみっちゃんに言った様に、簡単に美紗ちゃんには伝えられないと言う事を。それとも引っ越すという話は嘘じゃないかとでも疑っている?」


 言葉の最後で、ジロリと瞳だけ隣のみっちゃんの方に向ける紙夜里。


「そ、そんな事ないよ!」


 ドキリとしてみっちゃんは、思わず声を裏返して叫んだ。


「ただ、私は紙夜里程頭が良い訳じゃないから。その、口に出して言って貰わないと、分からないんだ…」


 言いながら、そんな事を言う自分が寂しく感じて、みっちゃんの声は少しずつ小さくなっていった。


「フン。何が分からないの?」


 相変わらずの冷たい声ではあるが、紙夜里はみっちゃんに話を続けさせるかの様に、即座に口を出した。

 もうこの辺になるとみっちゃんも、紙夜里の顔やその姿を正視しながら語る事も実際辛くて、自分の靴の先を眺める様に下を向き、ようやく声を出しているかの様に、細々と、そして訥々とつとつと話し始めた。

 本当は自分が何を言いたいのかも、全て紙夜里にはお見通しなのではないかと思いながら。


「紙夜里は、私の事を嫌いではないんだよね?」


「当たり前じゃない」


 何の事かと思えばと、紙夜里は歩きながら事もなく直ぐに答える。


「紙夜里の気持ちが分からなくなっているんだ。前はそんな事はなかったんだけど、この前から…だから、本当に紙夜里にとって私は邪魔なのかも知れないと思ったりして、一緒にいても、自信がないんだ」


「前は、人の気持ちなんて考えてなかっただけじゃなくて? 多分あーだろう、こーだろうって決めてかかっていたのではなくて?」


 左右交互に出る自分の靴の先を眺めていたみっちゃんの目の前で、紙夜里からのその言葉を聞いた瞬間、みっちゃんの足は止まった。

 そしてゆっくりと顔を前へと向けると、みっちゃんは自分の事などお構いなく今も前へと歩き続ける紙夜里の背中で揺れる赤いランドセルの方を眺めた。


「そうかも知れないけど。そのつもりはなかったけれど、そうだったのかも知れないけれど」


 そう、みっちゃんが言った時だった。


「着いた」


 それまで空き地を縦断しながら歩き続けた紙夜里が突然立ち止まって、呟いた。


「えっ?」


 何の事かと、慌てて十数歩先にいる紙夜里の側へと駆け寄るみっちゃん。



 空き地二区画分抜けた先は道路で、紙夜里はそこに立っていた。

 道路の先は崖で、下には先程歩いて来た国道や、更に学校前の国道へと繋がる旧道と、その両脇に点在する商店やコンビニ等も見えた。無論小学校も。


「道路を回ると住宅地の外側をグルッと回る事になるから、近道をしたの」


 誰にともなく、道路から更に危険防止の為に張り巡らされた網目のフェンス側まで歩きながら紙夜里は言い始めた。


「偶にここから、学校を見ていた」


 紙夜里の言葉を聞きながら、みっちゃんはまだ、道路から先に行った紙夜里の側に行けず、まだその場所に立っていた。

 みっちゃんは言葉を、待っていたのだ。



「二年の頃、此処から学校を眺めていたら、美紗ちゃんを見つけたの。国道を歩いていて、この住宅地へと上る坂道へと入って来た。その時、素直になんて可愛い子なんだろうって思った。あんな子と友達になれたらどんなに毎日が楽しいだろう。きっと私みたいな目立たない無口な子にも、あの子は優しいに違いない。友達になりたい。強くそう願った…そうしたらね、三年で同じクラスになれたの。それはもう驚いた! だって願いが叶ったんだもの。でも、直ぐには友達になれなかった。私は大人しくて、目立たない子だったから…」


 相変わらず道路の真ん中に立ったまま、みっちゃんは黙って紙夜里の話を聞いていた。

 それはかける言葉が見つからず、側に近寄れなかったからだ。

 だからみっちゃんは待っていた。

 きっと紙夜里の話は、自分の質問への答えも含まれており、自分が今此処にいる事には、何か神様が与えた使命なり理由があるのだと信じていたからだ。

 何故自分が紙夜里に色々言われても離れなかったのか、自分でも分からない自分の中の答えも、その中にきっとある筈だと思っていた。



「美紗ちゃんは誰にでも優しいから、そのうち独りぼっちでいる私にも声をかけてくれた。帰り道が同じだと分かると、一緒に帰ろうとも声をかけてくれた。あの頃はウチも安定していて、本当に全てが幸せだったわ。でも今なら分かる。美紗ちゃんの家は、きっと本当に素敵なお父さんとお母さんで、美紗ちゃんにはそんな遺伝子がちゃんと含まれているって言う事。私とは違うんだって事も…」


「そんな、人間は皆んな同じだよ。紙夜里にもイイ所は一杯ある」


 紙夜里の話が余りにも悲観的に感じたみっちゃんは、思わず口を挟んだ。

 そして、話しながらゆっくりと歩き出した。


「紙夜里にだって優しい所はあるよ。最近は色々あって気が滅入っているのか、おかしな所もあるけど。それでも、倉橋さんに対してはいつでも優しいじゃないか。いつも思いやっているじゃないか」


「おかしな所も?」


 みっちゃんの話を聞いていた紙夜里は、怪訝そうな表情で後ろを振り返るとそう言った。


「あはははは。言葉の綾♪」


 紙夜里まであと二~三歩という所で立ち止まると、みっちゃんは作り笑いをしながら答えた。


「フン」


 くだらないという様に、紙夜里はまた前を、フェンス越しに見える学校を含んだ町並みに目を戻した。



「そういうことじゃないの。そもそもの人間が違うんだよ。私は何処かで物事を冷めた目で眺めている。冷静にクラスの人達の事も、親の事も見ている。だから美紗ちゃんの様に本当にあどけなく笑えるのが羨ましいの、何事も裏を考えず、人の行動や言葉の先を読もうとしない。そういう人に、一緒にいる時は私も、なれた様な気がしていた。なんの不安もなく、笑っていられた」


「それって要は、天然ボケなんじゃ?」


「んんっ」


 みっちゃんのふざけた様な言葉に紙夜里は一度話を止めると、喉を鳴らした。

 今度は後ろを振り返らなかったので、用意していたみっちゃんの作り笑いは無駄に終った。


「そうかも知れないけれど。ううん、例えそうだとしても、私はその天然ボケに憧れていたのよ。そして今も憧れている。だからせめてあの美紗ちゃんの笑顔だけは守りたい。私の側に置いて守り続けたい。それなのに、子供は親を選べないから。普段優しい分だけ優柔不断な駄目親父と、そんな夫を信じきって、包み込む様に愛していた過保護な母親の間に生まれたから、私は……」


 そこで言葉を詰まらせた紙夜里の肩が、フルフルと震えているのが、後ろから見ていたみっちゃんにも見て取る事が出来た。

 だからみっちゃんは、今度はふざけず、優しく気遣う様な声で、


「紙夜里?」


 と、声をかけた。


「大丈夫。ちょっと感情が表に出ただけ。何事も冷静に分析して、自分の中で理解出切れば、あとは少しの諦めで眺めていれば耐えられる筈なんだけど。やっぱりまだ子供だから、上手くコントロール出来ないや。フフ」


「紙夜里?」


 やはり紙夜里もまだ子供だ。

 親の離婚も、引っ越しも、普段冷静に語っている様に見えても、現実には受け入れ難い感情が幾らでもあるのだろう。


(ネットででも調べたのかな? 紙夜里はそんな感情を自分の中でコントロールしようとしているのか。何の為に? 自分自身の為に? それとも前に言っていた妹の為にか?)


 そんな事を思うと、ついみっちゃんは再び紙夜里の名を口走っていた。



「兎に角、そんな駄目駄目な親の遺伝を受け継いでいる私と、やはり美紗ちゃんは同じ人間ではなくて。私に突きつけられている現実は親の離婚で。それからその事で生じる引越しで。だから私は、それらを粛々と自分の中で諦めていかなくてはならなくて。だからねみっちゃん。あなたの事も私は諦めなくてはいけないのよ」


「へ?」


 一瞬みっちゃんには、紙夜里の言っている事の意味が分らなかった。

 だから訊き返す様に声を漏らした。





                つづく


いつも読んで頂いて、有難うございます。

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