第65話
校門を抜け、学校の前の旧道を暫く歩くと、国道に出る。
その国道を更に少し歩いて右折すると、美紗子や紙夜里の家のある、山を切り崩して造られた新興住宅地になる。
先程からブスッとした顔で、二人の後ろを付いて歩くみっちゃんの家は、そことは違っていた。
国道を、美紗子達が右折する場所より更に少し行った所で右折して入って行く道だった。
しかし今日のみっちゃんに、そんな事は関係なかった。
確かめたい事があったのだ。
だからブスッとした顔でも、国道沿いを二人の後ろに歩き、そのまま家まで一緒に付いて行こうと決めていた。
「いつまでブスッとしてるの? 本当にブスになるよ」
時折みっちゃんの方を気にしてか、後ろに目をやっていた紙夜里が、我慢し切れずに声をかけて来た。
「どうせブスだから…」
恨めしそうに小さな声で言うみっちゃん。
その言葉は紙夜里の隣を歩く美紗子の耳にも入る。
「ははは…」
美紗子は正直笑うしかなかった。
しかし紙夜里はそうはいかない。
「折角美紗ちゃんと久し振りに一緒に帰って、思い出作りしてるのに。雰囲気ぶち壊さないでよね。まあ、もう直ぐそこの角でバイバイだけど」
紙夜里は言いながら、八メートル程先の右に曲がる分かれ道を指差した。
その顔はニヤリと笑っている。
「ぐっ」
思わずみっちゃんは口元に力が入り、更にブスッとした顔になる。
「わ、私も行くよ。どうせ帰っても用事はないんだ。暇だから。だから私も、倉橋さんの家の前まで、付いて行くよ」
みっちゃんのその言葉に紙夜里の笑い顔は一瞬にして消える。
「え、いいよ。悪いし。美紗ちゃんをお家まで送り届けるのは私だけでいいよ。ね、美紗ちゃん」
きっと隣に美紗子がいなかったなら、紙夜里はもっとはっきりと「邪魔だ!」と言っていただろう事は、みっちゃんには容易に想像がついた。
「え、私は一緒に来て貰っても良いよ。今日一日上履き貸してくれた人だし。それに…さっきから紙夜里ちゃん、みっちゃんに冷たいよ。もっと優しくしてあげなよ」
「へっ?」
思わぬ美紗子の言葉に、紙夜里は思わず声を漏らす。
その逆にみっちゃんはブスッとした顔が徐々に綻んで行く。
(倉橋さんは、紙夜里にも言う事はちゃんというんだな。これは意外だった。それから今の言葉の「それに…」の先は何だったんだ? 上履きの話からの流れだともしや、上履きを洗った事も気付いているのか?)
そう思うとみっちゃんは、何故だか凄く嬉しい気分になって来て、頬も赤らんだ。
「えー、私美紗ちゃんと二人で帰れると思って楽しみにしてたのに~」
そんな事は一切お構いなしの紙夜里は、美紗子に甘える様な声を出して言った。
「んー、ごめんね。でもいつでもまた、一緒に帰れるから。紙夜里ちゃんの話、幾らでも聞いてあげれるから」
「ホントー!」
困った様に言った美紗子の言葉に、紙夜里はここぞとばかりに乗っかった。
「本当にホント? 約束だよ! じゃあ明日も、明後日も、ずーっと一緒に帰ってね♪」
機嫌を直し、嬉しそうに言う紙夜里に、美紗子は困惑した表情になる。
「毎日は分からないよ。クラスの悠那ちゃんとか友達と帰る事もあるかも知れないから」
「それはどうだろう?」
今度はみっちゃんが美紗子の話に口を出した。
「倉橋さんを助けられない自分達の非力さを知った今では、もう一緒に帰ろうとか、簡単には声を掛けづらいんじゃないのかな」
「えっ…」
みっちゃんの言葉は、自分では気付いてもいなかった、想像もしていなかった現実を、突然目の前に見せられた様で、美紗子は思わず絶句した。
「そう…かな」
立ち止まり、力なく答える美紗子の姿に、紙夜里は鋭い目でみっちゃんの事を睨んだ。
しかしみっちゃんは、何故自分が睨まれているのか分からなくて、続けて言った。
「そうだと思うよ。好きな友達を結局助けてあげられなかったという事は、私なら相当な負い目だと思うから」
みっちゃんは、美紗子の事を思い、紙夜里の事を想い、ちゃんと正しい認識をした方が良いと思ったのだった。
「そうか…じゃあ私、本当にクラスで独りぼっちになっちゃったんだね」
「!」
その瞬間見せた美紗子の笑顔は、先程の下駄箱で見た笑顔と全く同じだったので、思わずみっちゃんは言葉を失った。
唯一違かったのは、美紗子の瞳が潤んでいた事だった。
「大丈夫だよ美紗ちゃん! そんな事ないよ」
慌てて紙夜里が美紗子の肩に手をかけて、顔を覗き込む様に言う。
「美紗ちゃんは、独りぼっちじゃないよ!」
黙って微笑み続ける美紗子の心を、これ以上傷付けたくない一心で、紙夜里は更に続けて言った。
「そうだ。一人じゃない!」
その言葉に今までグッと唇を噛み締めて美紗子を見ていたみっちゃんが重ねる様に叫ぶ。
「紙夜里がいるじゃないか! 倉橋さんには紙夜里がいるじゃないか! …それから私も」
その言葉に堪えていたものが溢れたのか、美紗子は薄く涙を流した。
そして言った。
「でも、同じクラスじゃないから…」
「そんなの! さっき紙夜里も言ったじゃないか。毎日一緒に帰ればいい。昼休みだって、休み時間だって、いつも会っていればいいじゃないか。そうすればあんな奴に虐められたりしないし。私なら倉橋さんを守れる自信がある」
美紗子の言葉に即座に答えたみっちゃんの言葉は、ずっと思っていた事そのままだった。
そうすれば皆んな丸く収まる。
これが正しい答えだとみっちゃんは思っていた。
しかし、みっちゃんを見る紙夜里の目の鋭さは変わる事がなかった。
まるで親の敵とでも言わんばかりの目つきで、今もずっと睨んでいた。
(紙夜里にとっても良い話なのに、何で今も睨んでいるんだ?)
みっちゃんは紙夜里に睨まれる事で、自分の発した言葉に、不安を感じ始めた。
「大丈夫だよ美紗ちゃん。私も本当に毎日美紗ちゃんと帰りたいけど、きっとクラスの友達も美紗ちゃんを誘って来るよ。そんなに簡単に友達関係って、壊れたりしないよ。だから、ね、その時は交代交代に帰ってね」
みっちゃんから目を逸らすと、途端に優しい表情になった紙夜里は、美紗子の方に向かって、そう諭す様に語った。
その優しい言葉に、美紗子は溢れ零れて、流れた涙を手の甲で拭きながら呟いた。
「本当?」
みっちゃんはそんな二人の姿を驚きながら見ていた。
(心にもない事を。紙夜里。どうして正直に現状を把握させようとしないんだ。そんな根拠のない薄っぺらな希望を与えて。明日にはもう絶望に変わるかも知れないのに…そんなのは、本当の友情じゃないだろ。それとも私の方がおかしいのか? なんで紙夜里は私を睨んだんだ。許せない様な目で)
紙夜里の睨んだ目が、時間と共にみっちゃんにどれが正解か、判らなくさせていた。
つづく
いつも読んで頂いて、有難うございます。
ブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります。





