第63話
まだ五年で下校する人は殆どいなく。
下駄箱の周りには生徒が疎らにしかいなかった。
クラスの女子から借りていた上履きを、とっくに返していたみっちゃんは、履いていたスリッパを職員室側のスリッパ入れの箱の中に入れると、上履きのまま、下駄箱の方へと向かった。
「ほらね、上履き」
その頃紙夜里は、美紗子の下駄箱を指差して自慢気にそう言った。
そこにはみっちゃんが朝方、側溝に捨てられているのを発見し、昼休みに校庭の水道で綺麗に洗った美紗子の上履きが、ちゃんと乾いて、当たり前の様に置いてあった。
「本当だ♪」
嬉しそうに言う美紗子の横で紙夜里が微笑む。
「みっちゃんから聞いたでしょ。だから誰かが間違えて履いて行っただけなんだって」
「そうみたい。上履きも見た所、何も問題ないみたいだし」
微笑みながら話す紙夜里に、美紗子も笑顔で答える。
その時、スリッパを置いて来たみっちゃんも二人の下へ辿り着いた。
「じゃあさあ、上履き、いいかな」
美紗子の斜め後ろに立ち、少し遠慮しながら言うみっちゃん。
「あ、」
その言葉に慌てて振り返り、上履きを借りていた事を思い出した美紗子は、自分の履いているみっちゃんの上履きと、何も履かず、水色に模様の入った靴下のままで立ち、恥ずかしいのか、少しもぞもぞとしているみっちゃんの足元を交互に眺めた。
「ごめんなさい。私すぐ忘れちゃって」
それから慌ててそう言うと、美紗子は上履きを脱ぎ始めた。
「いいんだよ。そーゆーちょっとボーッとしている所も、美紗ちゃんの魅力なんだから」
紙夜里は笑顔で直ぐにそう言ったが、みっちゃんは「うん。いや、大丈夫だから」と言いながらも、心ではそうは思っていなかった。
(その忘れ易さが、今回の状況の原因なんじゃないのか? この子は、案外人に頼る事に馴れ過ぎているのかも知れない。きっといつも皆んなにチヤホヤされて、本当の意味での痛い目に合った事がないのだろう。人に優しく、自分にも優しいのか。人に頼り過ぎると言う事は、人を信用し過ぎるという事でもあるんだ。きっといつか、痛い目に合う…)
目の前で前屈みになり、片方ずつ上履きを脱ぐ美紗子を、みっちゃんは少し冷静な目で見ながら、そう思っていた。
「今日は本当にありがとう♪」
脱いだ上履きをみっちゃんの足元に並べると、美紗子はみっちゃんの前に真っ直ぐに立ち、そう言いながら頭を深々と下げた。
「あ、いや、いいよ。そんなたいした事じゃないから」
改まったお礼に慌てるみっちゃん。
「えっ?」
その言葉に下げていた頭を上げて、キョトンとした表情でみっちゃんの顔を見る美紗子。
そしてその後、みっちゃんの慌てた表情に、「フフ…」と、柔らかく微笑む美紗子の表情に、みっちゃんは再び慌てた。
(確かに、可愛い…)
間近でちゃんと見た美紗子の無邪気に微笑む表情は、思わず同性であるみっちゃんの頬を赤くさせた。
「ちょっとみっちゃん! 何赤くなってんの!」
美紗子の横で冷静に事の成り行きを眺めていた紙夜里が声を上げる。
「え、えー! いや、これは。ちゃんと、ちゃんとお礼を言われたから、照れてるだけだよ~」
紙夜里の言葉に恥ずかしくて更に顔を赤らめたみっちゃんは、慌ててそう言い訳を言いながら、前屈姿勢になり、足元に置かれた自分の上履きに手を掛けた。
頭の上の方からは、まだ美紗子が微笑みながら溢す、小さな笑い声が聞こえる。
紙夜里の鬼の形相が目に浮かび、困りながら掴んだ上履きを持ち上げて、みっちゃんはある事に気付いた。
(あれ?)
上履きを手に持ったまま、姿勢を直すと、二人の方を見ながらみっちゃんは口を開いた。
「何か、入ってる」
「「えっ?」」
キョトンとした表情でそう言うみっちゃんに、紙夜里も表情を変えた。
美紗子も何の事か分からず、みっちゃんを眺めている。
みっちゃんは恐る恐る、二人の見守る中、上履きの片方に手を入れた。
指がつま先の方で、何かの物質に当たる。
「あっ!」
この時初めて美紗子はそれが何であるか思い出して、思わず大きな声を出した。
その声に思わず紙夜里は美紗子の方を振り向く。
みっちゃんも驚いて、上履きの中の物を摘みながら急いで手を引き抜いて、美紗子の方を眺めた。
美紗子は顔を赤らめ、恥ずかしそうにモゾモゾしながら言った。
「ごめんなさい。また忘れてた。それ、ティッシュ。ポケットティッシュ。上履きが緩かったから詰めてたの」
「美紗ちゃん」
流石の紙夜里もちょっと困った様な声を出した。
「あは、あははは…」
みっちゃんも、美紗子の靴下の先で押され潰れたティッシュを片手に、今度はもう笑うしかなかった。
(本当に、そういう子なんだ)
つづく





