第61話
幸一の言葉に美紗子は、何か言いたそうな顔をして目を細めた。
そしてその代わりにみっちゃんが、少し残念そうな顔で静かに「そう」と、呟いた。
幸一の言葉に皆んなの思惑は違うのか、どこはかとなく三人の間には気まずい空気が流れていた。
「ごめんね。約束してたの」
少し怒っているかの様に、幸一とは視線を合わせず、斜め下の自分の机を見ながら言う美紗子の言葉は、その空気を変える事はなかった。
「ううん。僕のはたいした事じゃないから。それに、ちょっと話さない間に、倉橋さんは色々あったみたいだし、僕よりも…」
そこまで幸一が言った時、それまで机を見ていた美紗子は、キッ!とキツイ表情になり、幸一を睨んだ。
思わず幸一は話すのを止めて口を噤む。
みっちゃんは、『あ~馬鹿!』と言わんばかりに幸一を憐れむ様な目で見る。
幸一は何事か分からなかった。
何故美紗子が急に怒っている様な表情になったのか、分からなかった。
「あ、あの、僕は、あの」
美紗子に睨まれ、余裕が無く、頭がパニック状態になりかけていた幸一は、口を衝いて出る言葉も、話にもならない様なしどろもどろ振りだった。
その状態にみっちゃんは憐れみを通り越して、徐々に笑ってしまいそうになった。
「ちょっと」
その時、突然後ろから悠那が掛けた言葉は、三人の微妙な状況を打ち破った。
三人が三人、一斉に声の方を向く。
そこには悠那と、その数歩後ろに立ち並ぶ美智子と二人の四組の女子がいた。
これはまた面白いと、みっちゃんが微笑む。
「悠那ちゃん」
「美紗ちゃん、一緒に帰ろう」
振り返り美紗子が悠那の名を呼ぶのと、殆ど同時に悠那が言った。
「残念だけど、倉橋さんは私達と約束があるんだ。倉橋さん、紙夜里が待ってる。流石にそろそろ行こう」
それを聞いたみっちゃんが、ニヤニヤした顔で悠那の方を見ながら言った。
それは悠那にとってあからさまな挑発に思えた。
だから顔付きを険しくしながら悠那は再び口を開いた。
「何それ? あなた二組でしょ? 美紗ちゃんは四組だし、私達の友達だし、いっつも一緒に帰ってるんだから!」
その言葉にしてやったりと、みっちゃんは更に満面の笑みになりながら口を開いた。
「同じクラスでも、仲良しでも、いざと言う時助けてくれないんなら、意味がないでしょ」
それが先程の休み時間の事を言っているのは、悠那にも直ぐに理解出来た。
だから悠那はギリギリと歯を食いしばりながら、更に激しくみっちゃんを睨みつけた。
その様子をまだ微笑みながらみっちゃんは眺め、更に言葉を続ける。
「何も言わないの? 言えないの? そりゃそうだよね。あなた達では助けてはあげられない。でも私なら出来る。倉橋さんを守ってやることも出来る」
そこでみっちゃんは悠那から視線を横に立っている幸一に移して、
「そういう事だから」
と、幸一の目を見て言った。
「えっ」
思わず幸一は声を漏らした。
「さっ、もう行こう。本当に紙夜里が怒り出しちゃうよ」
それからみっちゃんは、目の前に座る美紗子の手を軽く掴むと、立ち上がらせる様に上に引っ張りながらそう言った。
「え、怒る?」
思わず聞き返す美紗子。
「あ、いや、兎に角アイツの気が変わらないうちに早く行こう」
失言した事に気付くとみっちゃんは、教室の中頃の方、根本の席の方を眺めながらそう言った。
その言葉に幸一も美紗子も、そして悠那も、そちらを眺めた。
そこには席に座りながら、ニヤニヤとこちらを眺めている根本の姿と、その後ろに同じくまだ座って幸一の方を睨む様に眺めている太一の姿が見えた。
幸一は思わずその目の鋭さに、ゾクッと身震いをした。
美紗子もまた、根本の笑顔に先程の恐怖が蘇り、寒気を感じた。
だから美紗子は、再度悠那の方を振り返ると申し訳なさそうに言った。
「ごめんね。本当に今日は約束してたの。だからまた、今度ね」
それはまさに、以前紙夜里に言った言葉だった。
それから美紗子は立ちがると、机の上のランドセルを背負い、手提げバッグを持つと、幸一の方を一瞬、愁いを帯びた眼差しで眺め、それから再度振り返り、悠那達の方に軽く胸の辺りでバイバイする様に手を振った。
「「美紗ちゃん…」」
幸一と悠那が、共に美紗子には聞こえないぐらい小さな声で呟く。
みっちゃんは僅かに幸一の声が聞こえていたが、構わずに美紗子の手を掴むと、歩き出した。
「さあ」
と。
つづく
おまけクイズ
さて、何故美紗ちゃんは幸一の言葉に怒ったのでしょうか?(笑)
理由は二つあります♪
いつも読んで頂いて、有難うございます。
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