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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第58話

 五十嵐の執拗な追及に対して、幸一は意外にもあっさりと口を開いた。

 それはまた、幸一も五十嵐を信頼しているという証拠でもあった。


「太一に言われたんだ。僕と一緒にいて、話している所を見られると、倉橋さんが虐められるって。それが丁度倉橋さんのクラスでの立場が悪い時だったから。だから今は、関わらない様にしている」


「立場が悪いって? 倉橋さんはその事を知っているのか?」


 幸一の話に、状況が飲み込めない五十嵐は直ぐに尋ね返した。


「えっ、どの事?」


「全部だ。倉橋さんの悪い立場も。お前が倉橋さんを遠巻きにしている事も。太一の事も!」


 最後の方が叫び声になった五十嵐を見て、幸一は苛立っているのを感じた。

 そしてその事で、幸一は五十嵐が美紗子を好きだと言った事についても、確信を持った。


(きっと五十嵐は、美紗ちゃんの事を想って苛立っているんだ)


 そう思ったから、幸一は直ぐにその質問に答え始めた。


「そもそもの始まりは、二人ともクラスで冷やかされるのが嫌だったから、放課後図書室で会う様にした事から始まったんだ。ある時の放課後、倉橋さんは借りた教科書を返すのを忘れて僕と図書室にいた。その間倉橋さんに教科書を貸した子が四組に来て、居残っていた女子達が手分けして倉橋さんを探していたらしい。それが後になって、バレたらしい」


「お前と倉橋さんが二人でいた事が?」


「そう」


「やるじゃん♪」


 そう言いながら五十嵐はニヤリと笑った。


「笑い事じゃないよ! 倉橋さんを探していた女子達はそれを知ってどう思う? その話を聞いた他の女子達もどう思う? それで倉橋さんは悪い噂が立ち始めた。だから僕らは話し合って、当分お互いに関わらない様にしようってなったのさ。だから、此処までの事は倉橋さんも知っているし、納得している筈だ」


「此処までの事?」


「ああ、太一の事は知らない。僕と太一の事は、倉橋さんには言ってない」


「なるほど。倉橋さんとお前は陰で会って、そんな風に話が付いているのか。しかしそれにしては倉橋さんは、寂しそうな顔をしていた。さっきお前を見て、寂しそうな顔をしていた…何でだ? そうだ。何故太一との事は倉橋さんには話さない。その話の内容を俺に話せ」


「えっ?」


 五十嵐の言葉に幸一は一瞬たじろいだが、五十嵐にしては珍しい、睨む様な凄みのある表情で見られ続けると、幸一はやはり口を開くのだった。


「そもそも、倉橋さんの今の状況を教えてくれたのは、太一なんだ。その上でアイツが、僕が倉橋さんから離れる事が、これ以上倉橋さんが酷い目に合わない為の予防線になると教えてくれたんだ」


「調子の良い事を。そんなのアイツが倉橋さんを好きだから、邪魔なお前を引き離したかっただけだろう」


 幸一の話に五十嵐はニヤリと笑ってそう言った。


「確かに太一は倉橋さんの事を好きだとは言ったし。それもあるだろうけれど…でも、僕自身もそうしようと思ったんだ。今はその方が良いと思ったんだ」


 五十嵐の言葉に少し慌てながら、それらを否定する様に幸一は言った。


「フーン。なるほど。やっぱりお前は倉橋さんの事を好きなんだな。でも体はそれを拒否しようとしている。否定しようとしている。なんだろうね? はは、変な奴」


 言いながら途中から笑い出す五十嵐に、幸一はちょっとムッとした。

 自分でも良く分からない自分の心を、どうして他人が分かるものかと、幸一は拗ねた表情をした。


「あー、ごめんごめん。笑って悪かった。だけど、だから俺は、お前の事が好きなんだぜ。友達の気持ちとかには色々凄い理解力があって、いつも優しいのは、きっとお前の心に余裕? ゆとりがあるからなんだろうと思っていて。それは映画や小説から多くの色々な人生を学んでいるからなのだろうなと思っているのだけれど、案外お前、自分の心には無頓着なんだよな。」


 五十嵐の言葉は褒めているのか貶しているのか分からず。幸一は更に不機嫌そうな顔になった。

 それに気付いて五十嵐が更に話を続ける。


「あ、いや、貶している訳ではないんだ。寧ろ俺はそこがお前の魅力だと思っている。ただ、お前を見ていると、他人に優しく、自分にも優しい様で。それって優柔不断なだけかも知れないな」


 そう言うと、五十嵐は後ろを振り返り、壁に掛けられた時計に目をやると、また幸一の方を向き直った。


「そろそろ時間だ。教室に戻ろう。後は歩きながら話を訊く。兎に角俺は、お前と倉橋さんならお似合いで、諦められる。しかし太一は駄目だ。アイツでは俺の中で納得が行かない。だからさっき俺が弾いた曲の様にならない様に、お前を応援したい。いや、倉橋さんの方かな?」


 話しながら幸一の前を通り過ぎ、音楽室の扉の前まで来た五十嵐は、扉を開けると、手で幸一に廊下に出る様に促した。

 幸一は、何とも話の後半の内容に納得の行かない様子で、相変わらずのブスッとした不満気な表情のままで、五十嵐の開けている扉の方に歩いた。

 取っ手を持ち、扉を押さえている五十嵐の横を通り過ぎて、先に廊下に足を踏み出しながら幸一はポツリと言った。


「やっぱり悪口にしか聞こえないよ。優柔不断とか」


 それを聞いた五十嵐は、二人とも音楽室を出た後、扉を閉めて、笑いながら幸一の呟きに答えた。


「優柔不断は悪口じゃないさ。良い所もある。ただお前が後で後悔する様にならないか、心配なのさ。それからお前、俺と二人の時は、倉橋さんの事を自然な方の『美紗ちゃん』で呼んでもいいんだぜ。馬鹿にしたりしないから」


「な!」


 意識して『倉橋さん』と呼び方を変えていた事に気付かれていた事に、幸一は一瞬にして顔を耳まで赤くした。

 こうなると直ぐには頭も回らなくなり、幸一は言葉にも詰まった。


「全く、困った奴だな」


 そんな幸一を横目で見ながら、五十嵐は優しく笑った。

 そして二人は教室へと廊下を歩き出した。






                つづく

 

 


   

 

いつも読んで頂いて、有難うございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] しかし困ったやつは幸一だけではないですね。困ったやつ、困らせるやつ、本当に困ってる人、名前の通り幸一がこの正確で実害がない。幸せなやつなのかもしれません。 [一言] お仕事大変そうですね……
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