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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
57/139

第54話

 根本がみっちゃんに連れられて教室の出入り口辺りまで行く頃には、根本と一緒になって美紗子の周りを取り囲む様に立っていた女子達も、首謀者不在で不安になって来たのか。ソワソワし始めていた。

 彼女達はあくまで根本の言う事、する事を見て楽しむだけだ。

 自分達で美紗子に何かをしようという程の連中ではない。ただ、美紗子に日頃妬みや嫉妬を持っていただけだ。それだって、根本が噂を持ち出し、美紗子を誹謗中傷するまでは、妬みや嫉妬を表に出す事はなかった。


「根本さんいないんじゃ、行こうか?」


「そうだね」


 ボソボソと話しながら彼女達は美紗子の席の周りから散り散りに去り始めた。

 何事も無かったかの様に別な話をしながら去って行く者もいる。


 先程みっちゃんと根本を見上げていた美紗子は、二人が移動してから、またずっと下を向いて、文庫本を眺める振りをしていた。

 根本が引き連れて来た一団と目が合うのが怖かったからだ。

 怖い目に遭う事で、美紗子はもうかなり臆病になっていた。

 だから彼女達が去って行くのを確認してから、ようやく顔を上げた。


「美紗ちゃーん!」


 顔を上げた瞬間、後ろから誰かに首の所に腕を回され、抱き付かれたのを感じて、美紗子は思わず「えっ」と、声を出して、肩を竦めた。

 そのまま振り向いた先に見えたのは、悠那の顔だった。


「ごめんね! ごめんね! 怖かったでしょ! 私やっぱり美紗ちゃんの事無視したりするの辞める。私今まで通り美紗ちゃんと話す。美紗ちゃんと遊ぶ。あんな奴らになんか負けてない。一緒に戦おう! 美紗ちゃん」


「えっ、あの、ちょっと」


 突然何が起こったのか分からず戸惑う美紗子。

 悠那の横では、美智子が相変わらずオドオドした心配そうな顔で立っていた。


「でも悠那ちゃん、それはかえって美紗ちゃんを困らせるだけかも知れないよ。大人しくしていれば、直に収まるかも知れないし」


 そう言う美智子には分かっていた。

 悠那の行動が、更に美紗子への妬みや嫉妬を増殖させる事を。


『倉橋さんばっかりズルイ! なんでいつも助けて貰えるの? 庇って貰えるの? ちょっとばかり可愛いと得だよね。悠那ちゃんだって、皆んな憧れてて、友達になりたがっているのに。何だっていつも独り占めして!』


 心のずっと奥の方まで探れば、自分にだってきっとそういう思いはあると思える分だけ、美智子は根本の周りの女子達の考えも幾らかは分かっていた。


「そんなの関係ない! あんな訳の分からない二組の奴に美紗ちゃんを助けて貰って、私が何もしない訳に行かない! 美紗ちゃ~ん!」


 そう言って悠那は美紗子の首に回した腕を、ギュッと強く締めた。


「ちょ、ちょっと、悠那ちゃん! 苦しい! 苦しいよ!」




 その頃、休み時間直ぐに五十嵐と共に教室を出て行った幸一を、追いかける様に出て行った太一は、二人を見失って、教室に戻る所だった。


(五十嵐の奴、何を勘繰って幸一に話そうというんだ? 折角幸一を遠ざける事に成功しているのに。余計な事言わないだろうな~。あいつ、幸一と美紗子をくっ付けようなんて思ってないだろうな~)


 そんな事を思いながら教室の前まで来た所で、太一は思わず立ち止まった。

 四組の教室から、知らない女子と、根本かおりが連れ立って出て来ようとしていたからだ。

 無言のまま廊下へと足を踏み出し、太一の横を通り過ぎる二人。

 太一は、みっちゃんの髪も短くボーイッシュな外見に、不釣合いなスカートが妙に気になった。

 正直あまり似合ってはいなかったのだ。


(うん、全然タイプじゃないな) 


 そう思うと太一は、二人から教室の出入り口の方へ目線を戻して、教室の中へと入って行った。


 中に入った太一は、直ぐに異様な空気を感じた。

 普段ならバラバラに仲良しグループで固まり、皆んな違うものを見て違う話をしているものだが、今は何となく、クラス中の目が遠巻きながら倉橋美紗子の席を眺めている様に感じたからだ。

 ボソボソと周囲から聞こえてくる僅かな声も、「倉橋さん」「美紗子」等の単語が含まれているのが聞き取れた。

 だから当然の様に眺めた美紗子の席では、座っている美紗子に後ろから悠那が抱き付いているのが見て取れた。更にその側には中嶋美智子も立っている。

 それから太一は今度は視野を拡大し、教室全体を眺めた。

 一様にコソコソと美紗子の方を眺めている男女の目。

 それから最近はいつも根本とつるんでいる数人の女子達は、主を失い二つのグループに分かれて、教室の外窓の方の隅で何やら話し合っている様子だった。


(直接的な何かでもあったのか?)


 先程知らない女子と連れ立って出て行った根本を思い出しながら、太一はそう思わざるを得なかった。


(五十嵐と幸一を見失うし、ピンチをチャンスにし損なったみたいだし。何やってんだ俺は。五十嵐を警戒して追わなければ、今頃俺があそこにいたのかも知れないのに…それにしても、今度は何があったんだ?)


 そんな事を思うと、普段からむっつりして、機嫌の悪そうに見える顔は、更に不機嫌な表情になり、太一はゆっくりと自分の席に向かうと席に着いた。




 その頃五十嵐と幸一は、違う棟にある音楽室で待ち合わせをして、無事出会う事が出来ていた。

 太一につけられていると気付いた五十嵐は、途中で幸一に耳打ちをして合流場所を伝えると、バラバラに行動する様に申し出たのだ。

 『太一が後ろを付いて来ている』と言われた幸一はかなり驚いて、それを了承すると、途中トイレに入ったり、用もないのに職員室に入ったりして太一を撒こうとした。その甲斐があって太一が諦めて引き返すと、幸一は慌てて音楽室へとやって来たのだ。


 音楽室の前まで来た時、幸一は一瞬驚いた。

 中からピアノの音が聞こえたからだ。

 それは知らない曲だったので、幸一はゆっくりと静かに、音楽室の扉を開けた。

 もしかしたら先生がピアノを弾いていて、五十嵐は此処に留まっていられずに、帰ってしまったかも知れないなと思いながら。


「よお、遅かったじゃないか? 太一がしつこかったのか?」

 

 扉を開けて中を覗き込んだ幸一は、その五十嵐の声に再び驚いた。

 音楽室の黒板の左隅に置かれたピアノを弾いていたのは五十嵐だったからだ。

 その上彼は、手元の鍵盤の方を向きながら、幸一が現れたのを察知して口だけ動かしたのだった。


「五十嵐お前。ピアノ弾けるのか?」


 映画好きの幸一は、映画音楽も当然好きだったので、五十嵐がピアノを引く姿はとてつもなく魅力的に見えて、小走りで近寄ると、憧れの眼差しで眺めた。


「ああ、幼稚園の頃から習わされてる。だからウチの母親は、俺がドッチボールとかやるのは本当は反対なんだ。突き指とかされると困るからな」


 軽く笑ってそう言いながらも、五十嵐の指は止まる事なく鍵盤を打ち鳴らしていた。


「綺麗な曲だな」


「クラッシック。ピアノ教室での練習曲さ。知ってる?」


「知らない」


 幸一は自分の同級生がこんなにも上手にピアノが弾けるものなのかと、ただ呆然と五十嵐の指の流れを眺めていたので、言葉は、殆ど頭では考えられずに、自然と出て来る言葉だった。

 そんな幸一の様子に機嫌を良くしたのか、五十嵐はピアノを弾き終わると椅子をクルッと回転させ、幸一の方を向き直り、口を開いて言った。


「リストの、『溜息』って曲さ」


 その瞬間、幸一は五十嵐が凄く知的で、大人の様な気がした。





                つづく




   


いつも読んで頂いて、有難うございます。

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