第49話
今回は短いです。約1500字程。
「こんなもんでいいかな」
校庭の隅の手洗い場で上履きを洗っていたみっちゃんが、ポツリと独り言を言う。
みっちゃんの手の指に引っ掛けられた二足の上履きは、まだ所々落ち切らない薄茶色の汚れはあったけれども、概ね綺麗な状態に戻っていた。
それからみっちゃんは、それを腕を振って上手に振り回して、水を切り出した。
ブン ブン ブン!
音を立てて、勢い良く振る。
水滴がみっちゃんの前後に飛び散る。
元来体を動かす事が好きなみっちゃんは徐々に楽しくなって来ていた。
(アハハ、このまま乾けばいいのにな♪)
そんな事を思いながらつい見上げた空の、視点の片隅に、校舎があった。
視界の左上隅。
そこに僅かに入った校舎三階と四階の間の窓。階段の踊り場の窓だ。
思わず空から完全に視線をそちらに移す。
それまで振っていた腕も動きを止め、立ち尽くして眺める。
(あそこに今、紙夜里は倉橋さんといるんだな…)
そう思うと急に、みっちゃんは楽し気に上履きを振っていた自分が虚しくなって来た。
だから、人差し指と中指に掛けていた上履きを静かに、水道のハンドルに引っ掛けた。
一つの水道に一つずつ。
「これで放課後までには乾けばいいな」
一人そう呟きながら、心の中では、
(私は一体、何をやっているんだろう…)
などという事を、思ってしまっていた。
その頃屋上のドアの前では、長々と続いた美紗子の一連の話を、紙夜里は相変わらずの笑顔で相槌を打ちながら聞いていた。
そして腑に落ちない点がある事に気が付いた。
(私が言ったキスの話が噂として美紗ちゃんの耳に届いていない…)
その事実は幾らか紙夜里を驚かせた。
(何故根本はキスの噂話を広めず、突然実力行使とも取れる行為をして来たのか?上履きを捨てるという。更に今聞いた話だと、美紗ちゃんがみっちゃんの上履きで教室に入った途端、根本は突然気絶して倒れたと言う。つまりそれは、想像を絶する程の衝撃を受けたという事で、根本が上履きを捨てた犯人だという決定的な証拠だ。それはきっと美紗ちゃんも気付いただろう。そして根本が無視とかではなく、もっと暴力的行動に移行している事も。何故だ? 何故根本はキスの噂を広めて、無視を続けなかったんだ。このままでは、美紗ちゃんは本当に虐めにあって、心身共にボロボロになってしまう。そんな事になって、万が一美紗ちゃんが学校に来なくなったら…私が引っ越すまでの間で、もう会えなくなったら…駄目だ! 根本をどうにかしなくては)
紙夜里の笑顔が少し引きつった。
「そう、大変だったんだね。美紗ちゃん。じゃあその、上履きを隠した人の心当たりはあるの? もしかしてその気絶した根本さん?」
溜まっていたものを吐き出した所為か、少し顔色も良く、落ち着いて見える様になった美紗子に、紙夜里はそう話しかけた。
「え? そ、そう。その根本さんが一番疑わしいんだけれど」
どうして分かったのという様な顔で答える美紗子。
「やっぱりそうだよね。美紗ちゃんが入って来た途端に倒れるなんて。しかもさっきの話じゃ、美紗ちゃんの事を無視している人達の首謀者でもある訳でしょ。怪しすぎるよね。絶対そうだよ」
「うん。私もそう思う」
紙夜里の言葉になるほどと思いながら、美紗子も続けて答えた。
「じゃあ私、これから午後少し調べてみるよ。その根本さんの事。やめさせられるかどうかは分からないけれど。それで放課後一緒に帰る時報告するから。ね、だから午後の授業も負けないで頑張って」
言葉の最後には両手を握り拳にして、美紗子の前に突き出してみせる紙夜里。
「紙夜里ちゃん。ありがとう」
嬉しさからその突き出された両方の拳に優しく手を重ね、包み込む美紗子。
恥ずかしさからか、紙夜里は少し頬を赤らめた。
お昼休みは、間もなく終ろうとしていた。
つづく
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