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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
51/139

第48話

(きっとあの子だ)


 保健室のベッドの上、相変わらず仰向けになり、ジプトーンの白い天井を見ながら、根本は確信していた。


 -橋本紙夜里ー


(彼女が美紗子に上履きを貸し与えたんだ。きっとそうだ。畜生。なんで美紗子の奴は違うクラスにまで友達がいるんだ? 皆んなに好かれて、いつも可愛い服を着て、髪型もお洒落に三つ網とか編んで来て)


 根本はそう思うと、上を向いた自分の目が潤んで、視界がぼやけて来た事に気付いた。


(涙)


 慌てて掛け布団を上まで上げて、おでこら辺まで隠す。

 布団の中で腕を使って一所懸命涙を拭く。


(世の中は不公平だ。ちっとも平等じゃない! 美紗子は私の持っていないものを沢山持っている。私が幾ら喉から血が出るくらい叫んでも、誰も振り向いてくれなかった人達を、アイツは笑顔一つで振り向かさせる。私がいつも似合わない姉ちゃんのお下がりを嫌々着ているのに対しても、あいつのはいつもきっと、ちゃんとした自分の服なんだ。みすぼらしい私と、ちゃんとした女の子の美紗子が、同じクラスにいる。これって虐め? 虐められているのは私の方だ。私みたいなのは、美紗子みたいな連中が私を見て、その格差に自分は上にいると安心する為の存在なんだ。だからちょっとやそっとの事では誰も私を相手にはしてくれない。本当の友達なんて一人もいない。紙夜里は? 紙夜里だってきっと、美紗子の仲の良い友達なんだ。そうでもなければ助けたりはしない。畜生! 私だって、私だってクラスに普通に話せる友達がいて、皆んなでワイワイガヤガヤしたいじゃないか。それくらい夢見たって良いじゃないか)

 

「ヒクッ ヒクッ」


 感情の昂ぶりに、根本は布団の中で拭いても止まらない涙と共に、嗚咽を漏らした。


「どうしたの?」


 根本の声に慌てて駆け寄って来た保健の先生が声を掛けて来たのが、布団の中の根本に聞こえた。


「ヒックッ、なんでもないです。ヒックッ、ちょっと怖い夢を見て」


 慌てて布団の中から声を出す根本。

 涙で泣き腫らした目を見せたくはなかった。

 だから布団を被ったままでいる根本を、保健の先生は上から見下ろす様にして、数秒の沈黙の後、口を開いた。


「そう…まだ授業に戻らない方がいいかもね。もう少し休んでいなさい」


   スタッ スタッ スタッ


 その声の後に先生の遠ざかる足音が根本の耳に聞こえた。


「ヒック」


 途中、保健の先生が来た事で、それまでの昂ぶっていた感情は急激にかなり落ち着きを取り戻しつつあった。

 嗚咽も収まりつつある。

 根本は冷静になって、どう自分の周りに集まって来る子達に、上履きの言い訳をするのが一番良いのか? ゆっくり時間をかけて、丁寧に考えようと思った。


(きっと上手く誤魔化して逃げ切る事は難しい。ただ、皆んな無視している手前、美紗子に直接上履きについて尋ねる人はいないだろう。それはラッキーだった。私が美紗子の上履きがない事を知っているのを美紗子が知れば、私が隠したと思うだろうし、その話を聞けば、きっと皆んなもそう思うだろう。これはイメージとして宜しくない。影でコソコソしているのは。寧ろ皆んなの前で、堂々と虐めた方がまだ、イメージにも力の誇示にも良いだろう。しかしその前に、やはり教室に戻った後に先ず何と言い訳をするべきか…)


 そんな事を考えながら、結局根本は良い解答が得られぬまま、保健室のベッドの中で午前中を過ごし、そこで給食をとる事になった。

 保健の先生と一緒に。


 

 給食の時間が終わり、昼休みになると、待ち構えていたかの様に、美紗子は席を立ち、直ぐに教室を飛び出した。

 詰まらない午前中のクラスから抜け出して、早く紙夜里に会いたかった。




 その頃校庭の片隅では。


「綺麗に落ちるかな~」


 校庭の隅の手洗い場の所で、みっちゃんが美紗子の上履きを手に取り、洗っていた。

 水道の首の部分に、網に入れてぶら下げてある石鹸を、自分の手に付けて、丁寧にゴシゴシと、上履きの外側を洗う。それから内側に水を入れて、何度も濯いでは、石鹸の付いた手で内側もゴシゴシとした。


「今日は天気が良いから、放課後までに乾くと良いな~」


 思わず空を見上げながら呟く。

 青い空に、薄い切れ切れの雲が、僅かに見える。晴天だった。

 それからみっちゃんはまた下を向くと、真剣な表情で洗い始めた。


(私は嫌なんだ。こういうのが…)




 五年生の教室が入る校舎。

 四階にあたる屋上へと続くドアの前に立つ紙夜里。


    タッタッタッ


 階段を足早に音を立てて上って来る人影。

 徐々に頬が緩み、表情を綻ばせる紙夜里。


 

 足早に階段を上って来た美紗子は、少し肩で息をしていた。


「良かった。本当にいてくれたんだ」


 クラスでの孤独感からか、つい出た美紗子の本音は、瞬く間に紙夜里の顔を、満面の笑顔へと変えて行った。


「当たり前じゃない。美紗ちゃんとの約束だもん。そんなに慌てなくても大丈夫だよ♪」


 何処までも暖かく、優しい言葉で、紙夜里は美紗子を包み込む。


「そ、そうだよね」


 そう言いながら、少し美紗子は安心したのか、胸に手を当てて、肩で息をしていたのが少しづつ落ち着いて来ていた。


「やっぱりいつもの美紗ちゃんじゃないみたい。変。朝の上履きもそうだけど、どうかしたの?」


 美紗子の様子を見ながら、小首を傾げて心配そうに言う紙夜里。


「そ、そうかな…」


 何となく紙夜里の目を正視出来なくて、視線を外して言う。


「だって、美紗ちゃんが私に会う事をこんなに楽しみにしていたなんて。嘘みたい」


 ちょっとだけ意地悪を言う紙夜里。


「そんな事ないよ。今日はもう朝からずーっと楽しみにしていたんだから」


 慌てて言う美紗子の目の真剣さに、紙夜里は更なる満足感を得る。

 だから紙夜里は、一番訊きたかった事をこのタイミングで尋ねた。


「じゃあ、私の事が一番好き? 美紗ちゃん私の事が一番好き?」

 

 美紗子は一瞬躊躇った。

 紙夜里が言っている事が理解出来無かった事と、幸一や悠那の事が一瞬頭に浮かんだからだ。

 何も考えずに答えれば、直ぐにYESと言えただろう。

 しかし美紗子には、こういう事で嘘を付くという事が出来なかった。

 ましてや親友だと思っているから。


(正直クラスでは無視をされ、幸一君にも、悠那にも関れない今の状態だと、本当に私には、紙夜里ちゃんしかいないのかも知れない。それにクラスが違うのだから、彼女になら何を話しても大丈夫だろう。それだけが今の私の救いで、慰めになるのかも知れない)


 少し考えた美紗子は、ゆっくりと口を開いた。


「そうだね。紙夜里ちゃんが好き。一番好き」

 

 照れ臭そうに、少しはにかんで言うその美紗子の表情に、紙夜里は遂に望みが叶ったと、無表情のままその言葉を聞いて感じた。

 本当の嬉しさは、直ぐには伝わっては来ないと言う話を、何処かで聞いた事があるのを、紙夜里は思い出した。

 無表情のまま、最初にスーッと、一筋の涙が流れた。

 間違いなく引っ越すだろうという事になってから、もう二度と美紗子とは会えないかも知れないと思ってから、ずっと願っていた言葉の一つを、今美紗子の口から聞いたのだ。


「どうしたの?」


 紙夜里の涙に困惑した美紗子がオロオロしながら尋ねる。


「嬉しいの」


 顔の筋肉が固まったかの様に、まだ笑顔が作れないまま、紙夜里はそう言うと、ゆっくりと美紗子の方へと手を伸ばした。

 そして美紗子の手を掴み、引っ張ると、自分の方へと引き寄せて、抱きしめた。

 美紗子の両脇の三つ網が急な動きに揺れる。

 身長の低い紙夜里は、美紗子を抱きしめながら、その肩に自分の顔を埋めた。

 顔の筋肉が和らいでいくのが分かる。

 嬉しさがドンドン体の奥の方から込み上げて来る。


(私はずっと、この言葉が聞きたかったんだ!)


 紙夜里は美紗子の腰に回した腕を、ギュッと更に強く締め上げた。


「痛い。痛いよ! 紙夜里ちゃん」


 何事か分からない美紗子は、ただビックリして声をあげた。

 しかしそんな言葉などお構いなしに、紙夜里は締め上げたまま、声を出す。


「何でも言って。何でも教えて。私何でもするから。私、全部知りたい。美紗ちゃんのいい話も。悪い話も。だから、困っている事があるんなら、全部教えて! だって私達! 私達、アンとダイアナなんでしょ!」



 それからゆっくりと語り出す美紗子のクラスの話は、美紗子の中で溜まっていた何かを吐き出す様で、溢れる程に延々と続いた。

 しかしそれでも、紙夜里は満面の笑みのまま、それらを聞き続けた。

 昼休みが終るまで。





         

                  つづく

いつも読んで頂いて、有難うございます。

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[良い点] 人生悲喜こもごもですが。私たちの幸せや悲しみはこんな薄氷の上にたっているようなものです。疑いもせず生きるか。知っていながら生きるか。経験や年齢にもよるのでしょう。氷の下の冷たい水に落ちては…
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