第4話
「みっちゃん、ちょっと」
二組の気の強そうな女子の腕に手を掛け、紙夜里の方を見る様に目線を送りながら、違う二組の女子が言った。
紙夜里は、気の強そうなみっちゃんと呼ばれた女子の声に少し怯えたみたいに、隣の女子の腕に掴まり、先程より一歩下がって、下を向いていた。
「ああ。とにかく。明日のリコーダーのテストの練習を夜したいから、紙夜里の教科書を返して貰いたいの。だからその、倉橋さんは何処にいるか知らない?」
「私、下駄箱見て来るよ。帰っちゃたかどうか分るから」
みっちゃんの話が終ると直ぐに、美紗子のクラスの女子が一人、そう言って教室を飛び出した。
「私達も探そうか?」
「困ってるんだもんね」
「そうしよう」
残された女子達が口々に話し、その中の一人が二組の女子の方を向いて、更に話し始めた。
「あなた達は二組に戻って待っててくれる? 美紗子が行きそうな所探して来るから。んーと、今三時五十五分だから。四時には二組に私達も行くから。ね」
間で黒板の脇に掛けられた時計を見ながら話す彼女に、二組の女子はお互いに顔を見合わせる。
「倉橋さんですら信用出来なさそうなのに、そのクラスの人を信用できる?」
気の強そうなみっちゃんが友達に言った。
「美紗ちゃんは、悪い子じゃないよ」
それに対して紙夜里が別な友達の影に隠れる様にボソボソと言い返す。
「そういう事言ってるからこんな目に合うんじゃない!」
その言葉に不服とばかりにみっちゃんは大きな声を出した。
「まあまあ」
慌ててみっちゃんの隣にいた二組の女子が、そう言ってみっちゃんの肩をポンポンと軽く叩いて落ち着かせようとした。
「とにかくクラスに戻って、少し待って見よう。ね、みっちゃん」
友達にそう促され、みっちゃんは仕方なく首を立てに振った。
それから、美紗子のクラスの残っていた女子四人は手分けをして探した。
「あれ? 靴はあるって事は、まだ帰ってはいないのか」
下駄箱を見に来た子は、そう独り言を言うと、急いで教室の方へと戻って行った。
一人の女子は保健室や音楽室、理科室を回って歩いていた。
一人の女子は、校舎中の女子トイレを覗いて回った。
途中廊下で会う友達にも、美紗子を見なかったか聞きながら探した。
しかし、美紗子の行方を知る人はいなかった。
その上、途中で合流した美紗子のクラスの女子達は、下駄箱に靴があった事を知り、ちょっとしたミステリーになっていた。
「なんで。学校にいる筈なのに、なんで幾ら探してもいないの…」
その頃、一人の女子は図書室の引き戸に手を掛けていた。
ガラガラガラッ!
音を立てて開く。
入り口から中全体をぐるりと眺める。
それからゆっくりと図書室の中程位まで歩いて、止まった。
テーブルにはまばらに数人の生徒達が本を読んでいた。
しかし同じ学年はいない。
彼女はそこで踵を返すと、入り口の方へと戻って行き、
ガラガラガラ
今度はゆっくりと静かに戸を閉めて出て行った。
「今の、斉藤さんじゃない?」
美紗子の声に幸一は読んでいた本から顔を上げて美紗子の方を見た。
「え?」
「同じクラスの。入って来て、見回して、直ぐ出て行っちゃった」
美紗子は前に壁の様に立つ本棚の隙間から、入り口の方を見たまま、そう言った。
「マジ? 美紗ちゃんに用事あったのかな?」
「さあ」
「見つからなくて良かった~ こんな所クラスの奴らに見られたら、今度は只の冷やかしじゃ済まないよ。多分。」
振り向いて、微笑みながら小声でそう言う幸一の顔を見る美紗子の顔は、少し寂し気だった。
「そうだね…」
「靴はあるから、学校の何処かにはいる筈なんだけど。見つからないの。だから…これ」
二組に来た美紗子のクラスの女子四人の内の一人がそう言うと、紙夜里の目の前に音楽の教科書を差し出した。
「えっ、それは?」
キョトンとした顔で紙夜里は尋ねる。
「私の教科書。とりあえずこれを貸すから」
「え、でも、それじゃあ関係ないのに悪いような…」
美紗子のクラスの女子の差し出す教科書に、「無関係なのに」と思うと、紙夜里は少し躊躇った。
「いいの。クラスの問題だから。それに私、副委員長なの」
「いいじゃん。借りて帰ろうよ。何処にいるのかも分らない奴の事で、これ以上時間潰すの勿体無いよ。副委員長の教科書なら、何となく借りてもいいんじゃないの」
副委員長の言葉に乗っかって、気の強いみっちゃんが話す。
「本当にそうして。明日授業が終ったら返してくれればいいから。そうしてくれれば私達も帰れるし」
副委員長も再度お願いする様に頼んだ。
紙夜里はみっちゃんじゃない横にいるもう一人の友達の方を見た。
友達は紙夜里の視線を感じて、小さく縦に頷いた。
それを見て紙夜里はゆっくりと手を伸ばして、教科書の隅を掴んだ。
「あ、あの、有難うございます」
頭を下げて、小さな声でボソボソと言う。
「え、いいのいいの。こっちが悪いんだから」
紙夜里の行動に副委員長も慌てて手を横に振りながらそう言った。
これでこの問題も一件落着したとそこにいた全員が安堵感の中に包まれている時、不意にみっちゃんが話し始めた。
「それにしても、倉橋さんて。ちょっと調子に乗ってんじゃないの? ウチのクラスにも倉橋さんの事『好きだ~! 美人だ~!』なんて騒いでる馬鹿男子がいるけど。少しモテるからって、何かこういうの、感じ悪ーい」
「それは…」
副委員長はそれに対して何か言おうとしたけれど、言葉が出なかった。
そこにいる誰もが、みっちゃんの言葉に一瞬沈黙した。
それは、何となく皆んなそう感じていたからかも知れなかった。
「そんな事ないよ」
その時、紙夜里が声を出した。
「もしかしたら、何か急用で、靴を履き替えないまま帰ったのかも知れないし。学校の何処かで、何か大変な事件に巻き込まれて、動けないでいるのかも知れないし」
「それはないよ~」
紙夜里の話にみっちゃんは少し呆れた様に、笑って言った。
それを見ていた副委員長は真面目な顔のままで口を開いた。
「私もないと思う。それに紙夜里さん。あなたは美紗子と仲が良くて、良い方に考えようとしているのかも知れないけれど。あなたが優しくそういう風に言えば言う程、私達の中の美紗子のイメージは逆に悪くなるの。寧ろあなたが美紗子の事を悪く言ってくれた方が、同じクラスの女子としては、気持ちは楽かも知れない」
「それは…」
紙夜里は副委員長の言葉に、続きの言葉が思い浮かばず、オドオドと下を向いた。
「なにあんた! 喧嘩売る気? 言っとくけど、紙夜里は優しくて、大人しい子なの! それに付け込んで、借りた物を返さない倉橋さんが悪いんじゃない! なんで紙夜里の事も悪い様に言うのよ!」
副委員長の言葉にみっちゃんは、キリッと睨み付ける様な目をして、噛み付いた。
「そんな。誰も紙夜里さんの事を悪く言っている訳じゃない。悪いのは美紗子の方だって事は分ってる。でも、たかが借りた教科書を返すのを忘れたくらいで、何で私達までこんなに美紗子のイメージを悪く感じているかと言うと」
「たかがじゃない! 明日リコーダーのテストなの! 無いと家で練習出来なくて困るの! たかが何て言わないで! こっちからすれば大切な教科書なの!」
みっちゃんの話に答えようとする副委員長の言葉を更に遮る様に、みっちゃんは怒りに任せて叫んだ。
あまりの迫力に思わず後退りする副委員長を含めた美紗子のクラスの女子達。
「それは…ごめんなさい」
思わず声を震わせながら謝る副委員長。
その隣の女子が、副委員長の袖を摘んで、チョンチョンと引っ張りながら、口を開いた。
「とにかく…もう、これで良い訳だから。戻ろう? 水口さん」
副委員長の苗字は水口さんだった。
「そうね」
水口副委員長は隣の女子の顔をちょろっと見ると、そう言い。それから、二組の女子の方を向くと一礼をして言った。
「それじゃあ、もういいよね? 私達教室に戻るから」
言葉もなく睨んでいるみっちゃん。ちょっと困った様な顔をしている紙夜里ともう一人の女子を残して、そう言うと水口副委員長以下三名の女子は、二組を後にした。
「それにしても美紗ちゃん、何処に行ったんだろう?」
二組の教室を出て直ぐに、美紗子のクラスの女子の一人が言った。
「男子と何処かに隠れてたりして」
「何それ? さっきのみっちゃんとか言う子の話~」
「確かに美紗子は男子にウケ良いからね。案外噂の山崎君といたりして~」
「うわー、何、水口さん副委員長なのに結構言う~」
「そりゃ言いたくなるよ。誰の為にこんな目に合ってるの? あのみっちゃんって子はムカつくし、そもそも借りた物返さない美紗子が悪いし。例え忘れていたとしても、普通忘れる~? って感じよ」
「確かにねー。私達偶然教室に残ってただけで、美紗子ちゃんの仲の良いグループじゃないもんね」
「そうそう。悠那とかが代わりに面倒見るんなら分るけど」
「あー、これで本当に男子と何処かにでもいたらムカつくわ~」
「あっ、でも、あのみっちゃんって子の事は少し分るよ」
「何々? 斉藤さん何か知ってるの?」
「水口さん、あのみっちゃんって子の事だと興味深々だね」
「いーじゃん、別に。それより何?」
「んとね。前に二組の友達から聞いたんだけど。あのみっちゃんって子、凄い独占欲強くて、自分の好きな友達は、相手も自分を一番の友達だと思っていないと嫌みたいなんだ」
「それで?」
「あの紙夜里って子、美紗子ちゃんとかなり仲良いんだよね。だから、美紗子ちゃんの事目の敵にしてるって言うか…」
それは、美紗子のクラスの女子達の、教室に戻る途中の廊下での会話。
つづく