第45話
構成の都合上今回は短いです。1500字程。
月曜日の朝。
根本かおりは登校班に混ざらずに、一人早く家を出た。
目的はクラスの誰よりも早く学校に着き、倉橋美紗子の上履きをどうにかする為だ。
これは自分の中の賭けだった。
月曜日だから、金曜の放課後に洗う為に持ち帰っている可能性もある。そうなれば下駄箱を見ても、上履きはない。
もしなければ、それは運命がそこまではしない方が良いと警告しているという事。
もしあれば、それは運命が自分に味方をしているという事。
根本は自分の中でそう解釈していた。
小走りに校門を潜り、一度立ち止まって校庭の方を見やる。何処にも生徒の姿は見えなかった。
根本はそこで生唾を飲み込むと、また走り出した。
校庭の脇の通路を楕円形に沿いながら走る。
ガチャガチャ ガチャガチャ
ランドセルの中の筆箱の音だろうか、ドキドキしている自分の心臓の音と重なって、背中の方から音がする。
昇降口の側まで来ると、根本は立ち止まって、両手を膝に付けた。
背中を丸め、「ハァ ハァ」と、息切れした呼吸を整える。
これから悪い事をするという緊張感が、根本の心を落ち着きなくさせる。
幾ら呼吸を整えても、心臓のドキドキは止まらなかった。
目の前に見える昇降口の中に、人影は見えない。
ついでに周りを見渡すと、校門から少しずつ、生徒達が登校して来るのが見えた。
(急がなくちゃ)
根本は急いで昇降口に入り、自分のクラスの下駄箱へと向かった。
自分の下駄箱より先に倉橋美紗子の下駄箱に目を向ける。
数秒間、しかし根本には二~三分に感じる時間、その下駄箱に書かれた美紗子の名前を、根本はじっと眺めていた。
友達がいて、いつも学校で楽しそうに笑顔を振りまいている美紗子。
隣の山崎君ともいつも楽しそうに話していて、まったく、小学生なのに、もう彼氏がいるの?
彼女を嫌いだって、表立って言う人はいない。
なんで?
なんで?
あなたは私より弱いのに。
何であなたの周りには、人がいるの?
弱いのに。
私より弱いのに。
弱いという事は、私より下という事なのに。
ガチャ!
根本は美紗子の下駄箱を開けた。
そしてそこには、美紗子が置いて行った、上履きがあった。
(あなたにはもう、男好きの汚らしい女子というレッテルが張られてるの。だから上履きも、汚らしく薄汚れていた方が、お似合いでしょ)
根本は心の中でそう呟きながら、美紗子の上履きに手を伸ばした。
それから十五分程した五年四組の教室には、一番乗りで来ていた根本の周りに、既に数人の女子が集まっていた。教室全体でも半数くらいの生徒は来ている。
あちこちで友達と話す声や、椅子を引く音、ランドセルを机に置く音が聞こえ、幾つもの雑音が折り重なる教室。
そんな中、根本の周りでは周囲に聞こえない様に、ヒソヒソ話が行われていた。
「本当に倉橋さん、靴下のままで来るの?」
「靴下じゃなければスリッパ」
周りに集まる女子の声に平静な顔でキッパリと答える根本。
「マジー」
「ウケルー。それって超目立つよ」
「でもなんで、かおりちゃんはそんな事知ってるの?」
「新しい情報でね。今日倉橋さんが上履きを忘れたらしいってのが入って来たの。きっと朝から、山崎君とか男子の事ばかり考えてて、忘れたんでしょ。倉橋さん超エロいから」
群がる女子の中から、かおりと名前で呼ばれた事で、嬉しさのあまり調子に乗って話す根本。
「すごーい、かおり。情報網なんか持ってるんだ」
「楽しみだねー倉橋さんどんな顔して来るのか」
「根本さんの話聞いてると、本当に美紗子さん超エロく思えて来た♪ 男漁りしてそー」
周りの女子達の言葉に根本は頬を綻ばせ、教室の出入り口の方を眺めた。
(そろそろ来る頃かな? 本当に、どんな顔をして現れる事か)
根本かおりは楽しかった。
つづく
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