第44話
「ふざけんなよ! おりゃっ!」
そう言いながら勢い良く振り切った、中二の兄・雅俊の回し蹴りは、小五の妹・根本かおりのみぞおちに見事に入った。
「ぐっふっ!」
思わず声を出し、その場に腹部を抱えて倒れ込むかおり。
「あらら」
今まで見ていたテレビから目を離してその光景を眺めていた、かおりの姉・中一ののぞみが声を出す。
「母ちゃんには言うなよ! コイツが悪いんだから」
雅俊は眼前で腹部を抱え苦しがっているかおりには目もくれず、テレビの前に座り、またテレビを見だしたのぞみの方に向かって、履き捨てる様に言った。
「言わないけど。はは、大丈夫? 死んでない?」
半ば笑いながら、振り返り、雅俊の方を見ながら言うのぞみ。
「大丈夫。苦しんでるから生きてる」
のぞみの言葉に雅俊は下を向いて、かおりの方を見ながらそう言った。
「痛い…痛い…いたい…イタイ」
相変わらず腹部を押さえながら苦しそうに小声で呟き続けるかおり。
そのかおりの背中をつま先でトントン蹴りながら、雅俊は口を開いた。
「お前が悪いんだからな。後で買って返すって言って、お前も納得したのに。友達が来てる時になんだよ、『それは私のお菓子。本当は私のお菓子』なんて、まるでこの前見たテレビのオウムみたいに人の部屋に来てしつこく同じ事言いやがって。その所為で友達気まずくて帰っちゃっただろう。何考えてんだよ。まったく!」
そう言うと雅俊は腹部を押さえ丸まっているかおりの背中を最後に思い切り蹴った。
「んっ!」
腹部の痛さに半分泣きながら、蹴られた背中の痛みに耐えるかおり。
「でもそれは、兄ちゃんも馬鹿だよ~」
相変わらずテレビを見て、背中を向けたままのぞみが言った。
「だって、かおりのそれは、今始まった事じゃないじゃん。昔から、今はそれ言うなよって事平気で言って、周りの空気悪くして。それから自分に注目して貰おうとして直ぐに嘘を付くし。この前の親戚集まった時も、親戚いて怒られないと思って、好き放題嘘付いたり、デタラメな事言ってたじゃん。でも本当は親戚ももうとっくにかおりの事知ってんだけどね~。かおりは頭がおかしい。関わらない方がいいって。全く、私達こいつの所為で散々嫌な思いして来たじゃん!」
言いながら興奮して来たのか、最後の叫ぶ頃には、のぞみは振り返り、雅俊の方を見ていた。
「分かってるよ」
雅俊ものぞみの方を向いて、そう言った。
その頃、雅俊の足元に転がっていたかおりは、片手で腹部を押さえ、片手をフロアに当て、ズルズルと這って居間から廊下へと出ようとしていた。
土曜日の午後二時。
五年四組の根本の家の出来事。
根本かおりは、両親が買い物から帰って来るまで、居間から廊下に出て、トイレに逃げ込もうと思っていた。
かおりの両親は、かおりが何処か他の子と違う事を不憫に思い、いつも優しかった。だからかおりも両親が好きだった。
(お父さんとお母さんが帰って来るまで、それまで逃げられれば。帰って来たら言っちゃうんだから。お兄ちゃんがした事言っちゃうんだから。私を殺そうとしたって、言っちゃうんだから)
ずるずると、体を引きずりながら、そんな事を思いながらかおりは廊下を這って行った。
「どうせまた、トイレに逃げ込むんだろう。全くあんな妹さえいなけりゃ」
腕を組み立ったまま、廊下を這って行くかおりを見て雅俊が言った。
「兄ちゃんはまだ良いんだよ! 私なんか中学で重なるんだよ! 今の友達にこんなのが妹だ何てバレたらもう最悪ー。死にたくなっちゃうよ」
「あははは、そりゃご苦労さん♪ 俺は逃げ切りセーフか♪」
雅俊の笑い声も、のぞみの話も、腹部を押さえながら這いつくばってトイレを目指すかおりの耳には全て入っていた。
(畜生! 畜生!)
痛みだけではなく、悔しさでも涙が滲んだ。
(こんな現実なんて嫌だ。私を頭がおかしいみたいに言うあいつらの話なんて聞きたくない。もうこんな悔しくて辛い事なんて考えたくない。楽しい事。楽しい事…そうだ、私よりも弱い奴。倉橋美紗子。あいつの事を考えよう。そうすれば楽しい気分になれる。嫌な事を忘れられる。美紗子の話は、皆んなが集まって来てくれる。皆んなが私に注目してくれる。しかし待てよ。二組の女、橋本紙夜里。彼女が美紗子といた。二人が裏で繋がっていたら…私を騙して馬鹿にして遊んでいる可能性もある。最初私は、ただの無視では美紗子が全然辛そうな顔を見せないから、直接意地悪を言ってやろうか、キスの話をしてやろうかと思っていた。そうすれば必ず美紗子は泣き出すと思っていた。しかしあの紙夜里って子が絡んでいたとなると…急がなければ、今ならもっと直接的な虐めをしても、きっとクラスでは受け入れられる。皆んな美紗子を悪い。サイテーって言ってるんだから。美紗子を虐める分には、私はクラスのヒーローになれる。どうなっているのかは分からないけれど、あの紙夜里って子が変に動き出す前に、もう虐めの実態を作ってしまえばいい。そうなればもう簡単には止まらない。誰がどう悪いかだって、集団の中では埋もれて行く。そうだ、先ずは上履きを…フフ)
想像するうちに、思わずかおりは笑い声を漏らした。
そして、考えながら這って来たトイレのノブに手を掛けるとトイレのドアを開け、中に入った。
使用中。
つづく
根本さんは、かおりちゃんでした。(笑) 名前前に出てなかったよね? 多分。(汗)
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