第42話
どうするのが一番良いのか?
紙夜里の為にも、倉橋さんの為にも…
みっちゃんは暫くそこでそんな事を考えていたかと思うと、突然ヒョイッと人差し指と親指で摘む様にして、美紗子の上履きを一足側溝から外に放り出した。それから同じ様にもう一足も。
校舎脇の地面に転がる美紗子の上履き。
みっちゃんは今度は、その二足の上履きの踵の部分内側に、自分の人差し指と中指を引っ掛けて、スッと持ち上げた。
持ち上げながらしゃがんでいた自分の腰も伸ばし、立ち上がる。
それから周りをキョロキョロと眺めると、平然と美紗子の上履きを指に引っ掛けて、ブラブラ揺らしながら、昇降口の方へと歩き出した。
昇降口から中に入ると、みっちゃんは迷わず自分の下駄箱へと向かった。
それからまた、周りを見渡して、自分を見ている者がいない事を確認すると、急いで下駄箱の蓋を開けて、自分の靴の上に乗せるように美紗子の上履きを置くと、直ぐに蓋を閉めた。
この状態の上履きを、美紗子に見せる事は、みっちゃんには出来なかったからだ。
みっちゃんを待っている二人は、まるで廊下に立たされているかの様に、横に並び、直立不動で、口数も少なく立っていた。
(きっと不安感が心を支配しているのだろう。いつもならこちらを気にして何かしら話しかけて来る様な美紗ちゃんが、俯いて何か考え事をしている様に見える。自分の事で精一杯なんだ)
紙夜里は少し心配そうな顔で、隣の美紗子の横顔を眺めながら、そんな事を思っていた。
「あの子、遅いね」
その時美紗子が、下を向いたまま小さな声で言った。
「ああ、みっちゃん。うん、何処まで探しに行ったんだろう」
紙夜里は昇降口の方を見渡しながらそう言うと、意を決した様に美紗子の方を振り向いた。
「ねえ、美紗ちゃん」
「ん?」
紙夜里の声に美紗子は俯いていた顔を斜めに、紙夜里の顔を見る様に上げた。
「美紗ちゃん、何か困った事でもあるんじゃないの? 今日の美紗ちゃん、なんかいつもと違うよ。不安そうな顔してる。何かあるんなら言って。私なら、美紗ちゃんの為なら何でもするから」
訴える様な眼差しでそう言う紙夜里に、美紗子は語る言葉がなかった。
そして何より、紙夜里まで巻き込んではいけないと思っていた。
「なんでも…ないよ。大丈夫」
歯切れの悪い、自信のなさそうな言葉。
紙夜里は何かを懇願する様な顔で、更に美紗子を見つめた。
それから少し笑みを含みながら、口を開いた。
「わかった。じゃあ訊かない。それより今日の放課後はどう? 一緒に帰らない? それからお昼休みも。お昼休みにまた屋上に行く階段の所で会わない? 私、美紗ちゃんと過ごしたい。だって私達、アンとダイアナみたいなんでしょ」
フフフフ、と、最後の方は微笑みながら、紙夜里は言った。
「うーん」
少し考えている様子の美紗子。
(屋上の所や下校時なら、クラスの人に会う確立は少ないか。今日はもう、悠那ちゃん達と帰る事も無理かも知れないし。いや、少なくとも一緒に教室から出る事は無理だ。紙夜里ちゃんと、一緒に帰る…)
一通り考えると美紗子は口を開いた。
「うん。いいよ。たぶん、大丈夫だと思う」
まだ少し自信のなさそうな表情と声。
「やった~♪」
しかしそんな美紗子の表情とは裏腹に、紙夜里はその言葉を聞いた途端、飛び上る程に喜んだ。
嬉しさに美紗子の両手を掴み、上下に振る紙夜里。
そしてそこに、みっちゃんが戻って来た。
最初にみっちゃんに気付いたのは美紗子だった。
「あっ」
紙夜里に両手を振られた状態で声を出す。
その声に、みっちゃんの方に背を向けていた紙夜里は振り返った。
神妙そうな顔で二人に近付いて来るみっちゃん。
その手には、美紗子の上履きはなかった。
「なかった?」
紙夜里が訊いた。
「うん。見つからなかった。だから思ったんだけど…」
そこまで紙夜里の方を向いて話していたみっちゃんは、そこで美紗子の方を向いた。
「私のを貸してやるよ。倉橋さんはスリッパだとクラスで目立っちゃうだろうけど、私なら気付いても誰も何も言わない。はは、私クラスでは怖がられてるから」
最後の方は半分茶化した様に、笑いながらみっちゃんは言った。
「え、でも」
突然の提案に戸惑う美紗子。
「いいの? みっちゃん」
直ぐに納得したのか、確認する紙夜里。
「いいさ。倉橋さんこの前の事で目を付けられているんだろう? 四組の副委員長の機嫌を損ねたのは私だし、クラスでもしそれが問題になっているんだとしたら、それは私にも責任があるんだろうから。これくらい、私ならたいした事ないさ。いいよ。履きなよ。少し大きいかもしれないけど」
そう言うと、美紗子の言葉を待たずに、みっちゃんは上履きを脱いだ。
つづく
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