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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
43/139

第40.7話 それぞれの土曜日②

 幸一の土曜日。


 幸一の家は、国道沿いにあるマンションの一室で、十二階建ての四階にあった。

 両親は共働きで、父親は全国展開するレンタルCD・DVDショップの支店長で、母親は地元スーパーの惣菜部門の主任をしていた。共に土日は書き入れ時で、滅多に休める事はない。夫婦共に忙しい身なので、子供も最初に出来た幸一一人だけだった。

 その様な理由で、大抵の土日、幸一は一人でリビングの大型テレビで映画を観て過ごしていた。映画は面白いのに当たると、時間を忘れて引き込まれて観ている事が出来た。特に登場人物達の様々な人生にはいつも興味を持った。小五の幸一にとってはそれは、これから自分が歩むかも知れない道であり、将来なれるものであったり、なれないものであった。

 カーテンが開け放たれたバルコニー側の掃きだし窓。

 外の光は斜めに入り込み、リビング全体を照らし出してはいない。

 しかし照明は点けず、若干薄暗いそこで、幸一はクッションに座り、珈琲の缶を持ちながら、大型テレビのモニターを注視していた。

 幸一にとってそれは、いつもと何ら変わる事のない土曜日の午後二時。




 再び美紗子の土曜日(二)。


 暫く待っても、昨日一緒に下校した友達のうちの、後ろにいた二人は来なかった。


「多分、関りたくないんだと思う」


 小さな声で、しかし勇気を振り絞って、あえて美智子は口にした。


「そうだよね…」


 少し寂しそうな声で、美紗子が頷く。

 テーブルの上の大皿には、六等分したアップルパイの三切れがまだ残っていた。


「ハー…」


 昨日の勢いとは反対に、二人が来なかった事で意気消沈したのか、突然現実を感じたのか、悠那は項垂れたまま溜息を付いた。


「しょうがないよ。クラスの殆どの女子が無視してるんなら」


 美紗子は重苦しい空気を払拭する様に、少しふざけた様に、笑いながら言った。


「でも…」


 言いながら言葉が続かない悠那。


「だからやっぱり、二人とも私には関らないで。昨日も言ったけれど、無視だけなら大丈夫だから。私、別にクラスの女子と話さなくても、過ごせるから。きっとこんな事、数日もすれば飽きるでしょ。それまでの辛抱。だから、ね」


 出来る限り優しく、相手を傷付けない様に、微笑みながら美紗子は言った。

 美智子は何とも言えない表情で、黙ってその言葉を聞いていた。

 悠那は美紗子にそんな言葉を言わせている自分が苦しかったのかも知れない。


「んっ、ぐっ」


 突然軽くむせると、大粒の涙をポタポタと、テーブルの上に落し始めた。


「ごめんね。ごめんね。でも私、友達だから。美紗ちゃんが本当に困った時は、私…わたし…」


 そう涙声で言い出す悠那の手に、美紗子はそっと自分の手を上から重ね合わせた。

 そしてまだ泣いている悠那の頭に、自分の頭を軽く押し当てて、やはりこちらも涙声で、


「大丈夫だから。ありがとう。ありがとう…」


 と、言った。

 それは悠那に向けて言っているばかりではなくて、自分に向けてでもあったのかも知れない。

 

 そんな二人の様子を、美智子は静かに、不安と憧憬の目で見ていた。

 そして美智子は、美紗子の事を考えるととても心苦しく、不安で、心配な筈なのに、心の何処かで美しいものを見るような眼差しで二人を今見ているのは何故だろうと、少し自分を不思議に感じていた。




 太一の土曜日。 


 太一はナップサックを背負い自転車で、近くにある郊外の大型ショッピングモールの中にある、書店に来ていた。

 全体に白を基調とした内装の、何処にでもある比較的大型の書店だ。

 店の一番奥の方の棚の前に立つ太一。

 そこは専門書とか並ぶ一角で、偶に店員が通るくらいで、殆ど人気のないコーナーだった。

 太一は、自己啓発の本の並ぶ列を眺めては、時々手に取り、中身をパラパラと確認していた。

『これさえ読めば女性の気持ちが一発わかる!』

『モテル男になる為の極意999』

『コミュ障を直してハッピーマシンガントーク♪』

『女子を意識しないで話せる本』

『女の子と話そう! 小学生編』

 こういった本を、太一は熱心に確認していた。

 そしてそのうち、背負っていたナップサックを降ろすと、横に付いていたチャックを下げて、口を開けた。

 目立たない様にキョロキョロと周りを確認する。

 人通りもなく、現在この一角には太一一人しかいなかった。

 急ぎ、サッと、『女の子と話そう! 小学生編』千五百円をナップサックの中に放り込む。

 そして直ぐにチャックを上げて閉めると、また急いでナップサックを背負った。

 後は何事もなく立ち去るだけだった。

 太一はレジの側まで来ると、店頭に山積みにされた週刊の漫画雑誌を一冊取って、レジへと向かった。

 雑誌の値段二百八十円は、太一なりのカモフラージュだった。

 無事にレジで会計を済ませると、太一は堂々と書店を出て、ショッピングモールに来ている人混みに紛れると、徐々に足取りを早め、自転車置き場へと向かった。

 高揚していた。

 万引きが成功した事に興奮していた。

 太一はチョロいと思った。





               つづく



 重要・万引きは犯罪です。やめましょう♪

           

いつも読んで頂いて、有難うございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれの家庭の背景や心情が理解出来て。とても貴重な回でした。個人的にはこういう回は落語でいうさげではなく作家さんの力量がよくわかるし。楽しいのです。能動的でのりのりな展開の時よりもお話の…
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