第40.5話 それぞれの土曜日①
今回も都合上短いです。1700字くらい。
次の日の土曜日、午後二時。
美紗子の土曜日(一)。
美紗子の家では午後から、家族で買い物に出かける予定だった。
しかし美紗子は友達が遊びに来るという事で残る事になり、父親と母親、そして妹の三人だけが、一時間程前に出かけて行った。
「凄い美紗ちゃん! こんなの作れるんだ♪」
美紗子が大きなお皿に載せて持って来て、悠那の目の前のテーブルに置いたアップルパイを見た瞬間、悠那は目を輝かせてそう言った。
「違うよ~。殆どママ。私は少し手伝っただけ」
喜ぶ悠那に微笑みながら美紗子は言うと、直ぐにリビングのテーブルの前から離れ、食器棚の方へと小皿を取る為に足を向けた。
「へー」
早くも食べたそうにアップルパイを凝視する悠那。
「悠那ちゃん家ちでは作らないの?」
悠那の隣に並んで座っていた美智子がそんな悠那を見て、思わず尋ねた。
「ウチ? ウチは作らないよ。ママ料理苦手なんだ。ハハ。逆に手が荒れるとか言うし。いっつも何でも買って来ちゃう」
「えー、意外。悠那ちゃんモデルみたいに可愛いし、服装とかもお洒落で、髪の毛だってそれ、美容院に行ってるんでしょ? お母さんも前に見た時凄い綺麗な人だったから、料理とかも凄い上手なんだと思ってた」
「まさか。見た目で料理する訳じゃないから。ウチのママは、優しいんだけど、我が儘な所があって、やりたくない事は絶対やらないの。料理も苦手な分嫌いだから、出来ている物を買ってくる方が多いの。だからこーゆーの憧れちゃう。ママと一緒にアップルパイ作るとか」
「そうなんだ…でも、我が儘って。ハハ」
小皿を取り振り返り、テーブルへと戻りながら美紗子は、二人が仲良く話している姿に微笑ましくなって、頬を緩ませた。
(良かったね。中嶋さん)
紙夜里の土曜日。
自宅。普段はリビングから隣の部屋まで、三枚引き戸を開けて十八畳のリビングとして使っている部屋が、今日は引き戸を閉めて、二つの部屋に間仕切っていた。
リビングの方には母親が。
そして間仕切られた奥の六畳の部屋には紙夜里と、妹の瑞穂がいた。
ソファーにテーブル、テレビにエアコンはリビング側にある。六畳の部屋の方は、クローゼットがあるだけの何もない部屋だった。
フロアに寝そべりながら、白紙のコピー用紙に一所懸命絵を描いている瑞穂は、まだ幼稚園児で、来年小学校一年生になる。
紙夜里もその隣に寝そべり、妹の描く絵を眺めていた。
「ねー、まだ出かけないの~?」
瑞穂が絵を描きながら、退屈しきった声で尋ねた。
「もう少し。もう少し待ってね。お母さんの電話が終るから」
諭す様に優しく答える紙夜里。
母親はリビングの方で父親(夫)と電話をしていた。
夫はもう数ヶ月、週末も家には帰って来てはいなかった。
「帰って来なくちゃ話にならないでしょ! いいから一度帰って来て!」
「そんな一方的に書類送られても絶対受け取らないから!」
「私とちゃんと会って話をしてよ! 逃げないでよ!」
「何で風俗なの? 私を馬鹿にしてるの? なんで風俗なのよ!」
薄い引き戸の間仕切りを越えて、紙夜里達の元へまで届く、受話器の向こうに投げつける母親の声。
「絶対に許さない。貴方にも絶対子供の面倒を見させるんだから。風俗の女なんかと、絶対二人きりの幸せなんかにはさせない。私達の子供も、貴方は見なければいけない。そんな、私ばかりが不幸なんて、絶対させないから!」
響き渡る声を、紙夜里は耳を澄まして聞いていた。
「瑞穂」
「ん?」
紙夜里の呼ぶ声に、瑞穂は絵を描く為に下を向いていた顔を上げると、紙夜里の方を見た。
「もし、お姉ちゃんがいなくなったら。その時は、来年小学生になったら、倉橋美紗子さんってお姉ちゃんを頼りなね。来年は六年生になっている筈だから。お姉ちゃんの一番仲の良い友達なんだ。だから瑞穂の事伝えておくから。ね」
紙夜里の言葉に瑞穂は何やら困った様な顔をした。
「んー、お姉ちゃんいなくなるの?」
瑞穂はまだ、理解していなかったのだ。
紙夜里は思わずハッとして、その言葉に答えが出せなくて、少し悩んでから口を開いた。
「そんな事…ないよ」
つづく
重要・今回のお話は決して風俗を馬鹿にする話ではありません。僕個人としては、十分に尊敬出来る職業だと思っています。仕事に上下はありません。あくまで小説・物語の台詞という事です。勘違いされませんように。
いつも読んで頂いて、有難うございます。
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