第39話
「なにそれ!」
学校沿いの旧道の、ガードレールで車道と分断された三メートル程の歩道の上で、悠那は怒っていた。
小学校からの下校の風景。
時間はまだ午後三時を二十分程過ぎた頃。
青空が広がり、空はまだ明るい。
そこを美紗子を真ん中に挟む様に、悠那と美智子。更にその直ぐ後ろを、悠那のグループの女子二人が話を聞きながら付いて来ていた。
そもそもの話は、美紗子がお願いして、やっと口を開いた美智子の話だった。
「美紗ちゃんは分かっていると思うけれど、美紗ちゃんが放課後行方不明になった日があって、それで教室に残っていた女子皆んなで探したのね。そしたらいつの間にか美紗ちゃんが何処からか帰って来て。その時皆んなに、図書室に居て、頭が痛くなったから保健室に行っていたって説明したんだよね?」
「そう」
美智子の話に相槌を打つ美紗子は、それが嘘なのは当然自分で分かっているので、どうしても憂鬱な言い方になってしまった。
そんな美紗子の表情を、少し怪訝な様子で眺める悠那。
美智子の話は続いた。
「そもそもあの時は、副委員長の水口さんもいて、二組の子達が、美紗ちゃんが借りた教科書を返しに来ないって言って来て。それで探していたんだけれど、二組の人たちの態度に水口さんは少し怒っていて。でも、それはたいした問題ではなくて…」
「嘘を付いてたんだな」
その先を言い辛そうにしている美智子の合間を縫って、悠那が言った。
「「 えっ 」」
その言葉に美紗子と美智子は同時に声をあげると、悠那の方を振り向いた。
「分かるよ~。なんとなく、その流れだと」
悠那は少し照れ臭そうにはにかみながら言った。
「それが…嘘か本当かは、私には分からないんだけれど」
そこで美智子は一呼吸置いて、美紗子の顔色を窺ってから、ポツリと言った。
「噂があるの」
これも美紗子には分かっていた事だった。
だから黙って、下を向いていた。
「どんな噂?」
悠那は直ぐに飛び付いた。
「……」
言い辛いのか、美智子はそこで口を閉じた。
「美紗子の噂なんて、私達には全然入って来ないよ。ねえ?」
黙ってしまった美智子の方に向かって悠那はそう言うと、後ろを振り返り、二人の友達にも同意を求めた。
「うん」
「何にも聞いてない」
二人がそう答えると、直ぐに悠那はまた前を向き直して、美智子の方を見つめた。
「話して、噂。聞きたい」
真面目な声で言う悠那。
「私も…聞きたい」
相変わらず下を向いたまま、神妙な顔で、覚悟を決めたかの様に美紗子も続けて言った。
だから少し考えて、美智子も覚悟を決めたのか、口を開いた。
「それがね、ちょっと変なんだけど。根本さんがあの日の放課後の話を訊きに来たの。あの日関係した他の人達の所にも。水口さんからの許可は貰っていると言って。根掘り葉掘り、あの日の事を調べて行った。それから今度は私を含めた関係者と、関係ない人も数人連れて、水口さんから話があるからと、水口さんの席の周りに集められて、それで…」
また言い辛い事なのか、ここでまた美智子は口籠ってしまった。
「いいよ。言って」
その様子を見た美紗子が優しく言う。
その言葉に美智子はまた口を開いた。
「美紗ちゃんの、図書室で頭が痛くなって、保健室に行っていたと言う話は嘘で、きっと本当は何処かで男子に会って居たんだろうって話になって。そのうち誰かが、多分その相手は山崎君で、借りた物を返すのも忘れて男子と会っているなんて男好きだとか言い出して。それからずっとその事が噂になっていて、根本さんを中心に段々、美紗ちゃんの悪口が始まって。それで今は無視しようって言い始めてて、多分、女子の殆どは今美紗ちゃんの事を無視している状態で、悠那ちゃん達が知らないのは、美紗ちゃんの仲の良い友達だからで…」
言いながら、段々美智子は今にも泣き出しそうな顔になっていた。
「なにそれ!」
そこで悠那が叫んだ。
「なんで関係ない根本さんが中心になってそんな事してるのよ! 一体なんなのよ根本さんは!」
悠那は怒っていた。
悠那が怒る傍らで、美紗子は相変わらず神妙な顔で下を向いていた。
その噂は決してデタラメではない。
美智子は噂として、本当かどうかは分からないと言ってくれたが、実際の所、事実なのは間違いなかった。
「あーやっぱり!」
もし事実を言えば、ここに居る人達以外のクラスの連中なら、開口一番多分そう言うだろう。
それは更に状況を悪化させるだけだと言う事は、美紗子にも容易に想像が出来た。
(無視だけでは済まないかも知れない)
そう思うと美紗子の小さな胸は、キリキリと締め付けられる様に痛み、今此処で、事実を言う事すらも憚られた。
そんな美紗子の隣で、悠那の怒りの言葉に反応して美智子が話す。
「それは、分からないの。ただ兎も角、根本さんが中心になって話が盛り上がっていて、あの、私も言われたの。『中嶋さんは被害者の一人だから、当然無視するよね。そうしないとどうなるか、知らないよ』って。だから無視はしたくないから、なるべく関らない様にしようとしていたんだけど…あの…ごめんね。美紗ちゃん今日の朝はごめんね。私美紗ちゃんの事無視しようとして、嫌だったよね。本当にごめんなさい!」
突然そう言いながら、最後に美智子は美紗子の方に向かって頭を下げた。
「えっ! いいよ! いいよ!」
驚いた美紗子は手を左右に振りながら慌てて言った。
実際謝られる程は気にもしていなかったし、此処で謝ってくる美智子の方が、ずっと気にしていたのだろうという事は、美紗子にも理解出来た。
そしてその美智子の行動は、美紗子にこの場にいる人にだけでも、本当の事を言わなければいけないと思わさせた。
だから、続けて言った。
「それにね。その話、本当なの」
いくら友達だとはいえ、この後に何を言われるかは分からないので、美紗子は少し全身を強張らせながらそう言った。
悠那も美智子も、そして後ろの二人も、直ぐには言葉が見つからないのか、黙っているので、更に続けて美紗子が話し始める。
「幸一君と、本の話をするのがとても楽しいの。でもクラスですると直ぐからかわれて、囃されて。私は我慢出来るんだけど、幸一君がそういうのまるで駄目で、凄く嫌がるから、それで放課後図書室で会っていたの。毎日じゃないんだよ。偶に。それで…確かにあの日も二人で図書室にいたの。途中で斉藤さんが入って来たのも知っていた。でも、教科書の事は本当に忘れてて…だから、男好きとか言われてもしょうがないんだけれど…」
そこまで言う頃には、美紗子は何故か顔色も青白くなり、唇も震え、そして言葉も出なくなって来ていた。
「そう…」
美智子が同情する様な顔で言う。
そして悠那は、美智子とは正反対にあっけらかんと、ある事を尋ねた。
「それで、美紗ちゃんは山崎君とやっぱり付き合っているの?」
つづく
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