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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第38話

 美紗子の悪い噂は、間違いなく広まりを見せていて、クラスの女子の殆どは美紗子を無視している状態だ。男子の一部にも噂は広まり始めている。

 更に根本の内輪のグループでは、美紗子のキスの件が目下の話題となっており、明日にはそれも、クラス中の女子には広まるだろう。

 そしてそれは何も、美紗子だけの話ではない。

 キスの話題は、当事者の幸一にも飛び火は必ず行く筈だ。そうなれば女子だけではなく、男子達も騒ぎ出す。そしてそれらの話の中心には、根本がいるはずだった。

 皆んなが根本の話を聞きに側に来る。

 まだ小学五年なのに、男が大好きで、彼氏と濃厚なキスをしている所を見られた倉橋美紗子。いつも清楚で、誰にでも優しい彼女は、クラスの女子だけでなく、男子からも人気がある、謂わばクラスのアイドル的存在の一人だ。そんな彼女のスキャンダル。間違いなく彼女は天国から地獄へと堕ちて行く。綺麗なものはいつまでも綺麗ではいられない。そしてそれまでクラスの中で、そういう人達を羨望の眼差しで眺めていた、地味で目立たない、燻っていた根本が脚光を浴びる。

 物事は確かにその方向で動いていた。


(それなのに何故)


 根本は悠那達といる美紗子の姿に、イライラが止まらなかった。

 慌てなくても何れは悠那達のグループにも、噂は流れる筈だ。

 美紗子が放課後行方不明だった時の当事者の一人、中嶋美智子は噂の話は知っている。

 間違いなくそこから噂が広まる筈なのだ。

 しかし今はまだ、根本の目線の先では、美紗子が楽しそうに悠那と何やら話をしている。


「あっ!」


 それを眺めていた根本は、ある事に気付いて思わず声をあげた。


「どうした?」


「なに?」


 周りに集まっていた女子の数人が、その声に反応して根本に問いかける。


「え、んん、なんでもない」


 慌ててそう答える根本。

 その言葉に周りの女子は再び美紗子のキスの話題で話し始め、盛り上がり始めた。

 根本はその輪には入らず、今度はニコニコした顔で、そのまま続けて、美紗子の方を眺めていた。


(分っちゃった。何が物足りないのか。あなたが苦しんだり、辛い表情を見せたり、泣いたりしないから、きっとイライラするんだよ。それなら…)


 根本は新しい事を思い付いた。




 それから五時限目の授業も恙無く終わり、放課後がやって来た。

 相変わらず美紗子の方を向かない、話さないままで、いそいそと帰り支度を始める幸一。


(これならいっその事、席替えでもしてくれた方が楽だ)


 そんな事を考えながら、机の中の物をランドセルに移し変えた幸一は、ランドセルの口を閉じて、立ち上がった。


「幸一~」


 その時自分を呼ぶ声がして、後ろを振り向くと、教室の後ろの方で太一が幸一の方へ手を上げて、手招きをしていた。

 しかも、何やら気持ち悪い事にニヤニヤしている。


(なんなんだ。あいつも)


 少し不機嫌な顔で太一から目線を戻そうとした時、幸一は太一の声に後ろを振り向いたのが、自分だけではない事に気が付いた。

 隣の席の美紗子も振り向いていたのだ。

 自分の名を呼ぶ声に、思わず美紗子が振り向いたのかどうかは幸一には実際分からなかったが、その瞬間、何だか少しホッとした様な気がした。そして太一のニヤニヤした顔の意味も、理解が出来た。

 だから本当は面倒臭いと思っていた事も、もう少し太一に付き合おうかという気持ちになり、幸一はランドセルと手提げバッグを持って、教室の後ろの方へ向かって歩き出した。


(それが本当に美紗ちゃんの為になる事なのかは、良く分らないけれど)




 幸一が去ると、教壇側の出入り口からそれをじっと見ていた紙夜里こよりが四組の教室の中へと入って来た。

 向かう先は無論、美紗子の席だ。


「あ、紙夜里ちゃん♪」


 下を向き、帰る準備をしていた美紗子は、誰かが近づいて来る気配を感じると、顔を上げてそう言った。

 紙夜里は明るく、気持ちの良さそうなその声が、一瞬気にはなったが、構わずに机の上に手を置くと、


「美紗ちゃん、今日は一緒に帰れる?」


 と、最高の微笑と、少し幼さの残る甘えた声で尋ねた。


「ごめ~ん。悠那達と帰る事になってるの。本当にごめんね」


 椅子に座りながら紙夜里の前で、掌を合わせて謝る様にする美紗子の姿は、何処か朗らかで、先程気になった声のトーンと一緒に、紙夜里は違和感を感じた。

 紙夜里のイメージでは、今日あたりは少し不安な表情になって来ているかと思っていたからだ。


(上手く機能していない?)


 咄嗟に昨日の根本を思い出して、少し神妙な顔になる。


「どおしたの? 紙夜里ちゃん?」


 紙夜里が何やら考え事をしている様に見えた美紗子は、思わずそう尋ねた。


「えっ?」


 つい声をあげて、慌てていつもの表情に戻る紙夜里。


「あはっ、うんん、何でもないよ。そっかー、今日も駄目かー」


 爽やかに、美紗子の中での自分のイメージを崩さない様に、言葉を選んで話す。


「うん。ごめん」


 紙夜里の爽やかな言い方に押されて、美紗子が再度、紙夜里に優しい表情を見せながら言った時だった。数人の仲間と教室後ろの出入り口から帰ろうとしていた根本は、美紗子の席の前に、紙夜里が立っているのに気付いた。


 「あ~!」


 教室中に聞こえるかと思える程の大声を発する根本。

 思わずその声に肩を竦めた後に、何事かと振り向く美紗子。

 直ぐに根本に気付き、睨む様に視線を送る紙夜里。

 根本は一瞬パニックになった。

 昨日自分に美紗子のキスの話を教えてくれた紙夜里が、何故美紗子の席の前にいるのか?

 全ては筒抜けで、美紗子は無視の事も、キスの話も知っているのか?

 私はあの二人に嵌められた?

 でも何故?

 あわあわとしながら、根本は美紗子とその後ろの紙夜里の顔を交互に眺めた。


(どういう事? これ)


 心臓の鼓動が早まるのが自分でも分かった。

 驚いた表情のまま、暫く固まっている根本を、「どうしたの?」という顔で、小首を傾げて不思議そうに眺める美紗子の後ろで、紙夜里は更にきつく根本を睨んだ。


(気付け! 馬鹿!)


 心の中でそう叫んだ。


「根本さん?」


 急に立ち止まった根本に合わせて、周りに止まっていた根本の仲間の一人が声をかけた。

 それに反応して、根本は「ハッ!」と周りを見回す。

 不思議そうな顔で見ている一緒に帰ろうとしていた仲間達。

 更にクラスに残っていた生徒達も全て、根本の方を向いている。


「あ、あ、な、なんでも、ないよ」


 まるでお化けでも見たかの様に慌てながら根本はそう言うと、すぐさまその場を立ち去りたいかの様に、早足で教室を出ようとした。


「あ、待ってよ!」


 急な事に慌てて根本を追い、教室を出て行く仲間達。


(それでいい。あなたと私が顔見知りな事は、決して美紗ちゃんに知られてはならない事。それにしても、キスの話まで教えたのに、美紗ちゃんがちっとも困った風でないのは、どういう事? あの根本って子は全く使えないみたいね。それならどうする? もっと追い込みをかける? でも、やり過ぎて美紗ちゃんを失う様な事にでもなったら、元も子もなくなる。……もう少し様子を見るか?)


「今日の紙夜里ちゃん、ちょっと変ね。さっきから何か考え事をしているみたい」


 微笑みながら優しく言う美紗子の声に、紙夜里は慌てて我に返った。

 つい根本の所為で、美紗子が側にいる事も忘れて、思索に耽ってしまっていた。


「ごめん。さっきの人の声にビックリして、ついボーッとしちゃった」


「全く紙夜里ちゃんは大人しいから、あんな声、ビックリしちゃったんだね」


 軽く笑いながら言う美紗子の声に、紙夜里は何も気付かれていないと、安堵して微笑んだ。


「うん、ビックリした。でもそうかー、今日も無理かぁ。ちょっと残念だけど、うん、しょうがないもんね。明日、また誘いに来るよ」


 考えたい事が幾つか出来た事で、紙夜里はそう言ってこの場をさっさと立ち去りたかった。


「ごめんね」


 何も気付かない美紗子は相変わらず優しい声でそう言った。


「ううん、いいよいいよ。じゃあね」


 軽く手を上げて、元来た教壇側の出入り口へと、美紗子に微笑みながら向かう紙夜里。

 

 そして、美紗子は悠那や美智子達と下校する。






                   つづく


いつも読んで頂いて、有難うございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分が美沙子のような立場に立たされた時「どうでもいいや」と思う反面、大人の自分なら「一人だけ親切に声をかけて来る人を疑う」まあこれはすれた大人のすることですね。祇夜里が根本さんの処遇をどう…
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