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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
37/139

第36話

 話しかけて貰いたくないのがありありと分る返答に、美紗子は少し困惑して、立ち上がりながら「あはっ」と笑顔で声を出すと、美智子の前を通り過ぎ、自分の席の方へと向かって歩き出した。

 背中には何となく美智子の視線を感じたが、もう一度振り返り話し掛ける等といった神経は、流石に美紗子にはなかった。

 それどころか、これは結構なショックだった。

 自分を憧れの様な目で見つめていた美智子でさえも、今は、話すのを躊躇う程なのか。

 これはもしかすると悠那達でさえも、今までの様に気軽には話せない状況なのかも知れない。


(クラスの女子全員に無視されている?)


 もしそうなら、流石にこのクラスでは生きては行けない。

 美紗子は今になって事の重大さに気付き始めた。


(何が悪かったんだろう。どうすればいいんだ?)


 自分の席の前まで来た美紗子は、椅子を引き、そこに腰を掛けながら考えた。



 その頃幸一は、昇降口の所で太一に捕まっていた。


「なんだよ」


 下駄箱から上履きを出そうとした腕を太一に掴まれた幸一は、そちらの方を向きそう言った。

 今朝は機嫌が悪かったのだ。


「昨日の話、色々調べた。お前昨日訊きに来なかっただろう。ちょっと来い」


 睨み付けている幸一の様子などお構いなく、太一は冷静にそう言うと、力任せに幸一の腕を引っ張り、校舎から外の校庭の方に向かって歩き出した。


「あっ、ちょっと。…おい、美紗ちゃんの事か?」


 腕を引っ張られ、よろめきながらそう幸一は尋ねると、仕様がなく引っ張られるままに付いて歩いた。

 太一は無言で、幸一の問いには答えなかった。

 

 校庭に出ると太一は、校舎沿いに横に歩き、校舎の隅まで来ると、角を曲がり建物の陰に入った。


「こんなとこまで…」


 随分と事が大袈裟な様な気がして、幸一は思わず呟く。


「誰かに聞かれたら不味いからな」


 それまで背を向けて黙っていた太一がようやく口を開くと、幸一の方を真面目な顔で振り返った。


「先ず昨日のあの黒板の犯人だけど、あれはクラスの女子の、根本だ」


 太一は嘘を付いた。




「だからね、キスしてるのを見た人がいるのよ。それも只のチューじゃなくて、お互いの舌をこう、絡ませていたんだって」


 根本はそう言うと、自分の右手と左手の人差し指を絡ませて、動かして見せた。


「「「 えっ~!! 」」」


 根本の周りに集まっていた八人程の女子が一斉に声をあげる。


「ちょっと凄いでしょ? 有り得ないよね~」


 皆んなの驚いた顔を見て、満足気に話す根本。

 しかしその話も、半分は嘘だった。


「凄いって言うか。何か引いちゃう~」


「ちょっと、倉橋さんには付いて行けないわ」


「美紗子ちゃんって、そんな子だったんだ~」


「気持ち悪~!」


 根本の話に口々に感想を漏らす女子達。


「倉橋さんって、男大好きらしいからね」


 気分が良くなり更に調子に乗って言う根本。


「「 えー! そうなの!? 」」


 その言葉に反応してまた騒ぐ数人の女子。


「そのうち小学生で妊娠しちゃったりして♪」


 更に調子に乗る根本。


「「「 あはははは 」」」


 その言葉には、八人の女子が一斉に笑い声をあげた。

 

 そしてその騒ぎ声は、それどころではなく考え事をしていた美紗子の耳には、届かなかった。




 根本にとって、美紗子は宝の山だった。

 美紗子の噂話に乗せて、適当に悪口を言っているだけで、クラスの数人の女子は既に根本の周りに集まる様になっていた。


(ちょろい)


 そう思いながら、根本は昨日の紙夜里の言葉を思い出す。


『いつも一人で帰っているの?』


 言われたくない言葉だった。

 酷い言葉だと思った。

 しかしその言葉を発した紙夜里の言葉で、今日はもう朝から人気者だ。

 帰りだって今日は皆んなきっと、私の話を聞きたい筈だ。


(今日はひとりじゃない。そして倉橋美紗子の噂話や悪口を言ってさえいれば、これからもずっと…)


 根本は自分の周りに集まり、口々に美紗子の事を話し合っている女子達の表情を眺めた。

 美紗子のキスの話を、真剣に話す人、笑いながら話す人、気持ち悪そうに話す人。

 三者三様の顔に、根本は満足気に微笑んだ。


『私、美紗ちゃんが同じクラスの山崎君とキスしているのを見たの。夜だった。小学生が夜出歩いて、そんな事していていいのかなぁって、ちょっと美紗ちゃんの事が心配になったの。きっとその山崎君って子が悪い子なんだと思うけど。根本さん、同じクラスの人だから、一応伝えておいた方が良いかと思って。私美紗ちゃんの友達で、心配だから。あ、でも、私から聞いたなんて事は絶対に誰にも言っちゃ駄目だよ。そんな事したら、根本さんクラスに居られなくなるから。あはっ』


 昨日の下校時、二組の紙夜里が根本に教えてくれた話。

 最後の脅しは意味不明だったが、この話は超が付く程美味しかった。

 根本はこのキスネタだけで、まだ数日は皆んなで盛り上がれると踏んだ。




 校舎脇。


「何で根本が!?」


 幸一は腑に落ちないといった表情で太一の顔を見た。


「簡単だ。根本が副委員長の水口を問いただして、色々聞き出していた。お前と美紗子は、放課後図書室で会っていたんだろう。やっぱり付き合っていたんじゃないか!」


「ち、違う! あれは一緒に本を読んだり、話しをしていただけだ。美紗ちゃんが、本の話とかがしたいって言っていたから。じゃあ図書室で、偶に話そうかってなって。そもそもクラスで話していると皆んなが冷やかすから…」


 突然の太一の怒鳴り声に驚いて、言い訳を言う幸一。


「じゃあ、付き合っているというのとは違うのか?」


「だから前にも言ったろ。僕らはまだ小学生だよ。何で直ぐに付き合う付き合わないって発想になるかな~。そういうんじゃないよ」


 幸一の言い方に納得でもしたのか、太一は少しだけ安堵の表情を見せて、


「お前がガキで良かった」


 と、言った。

 それから太一は直ぐにまた表情を硬くして、続けて話し始めた。


「それで美紗子が、友達から借りた教科書を返すのを忘れて図書室にお前といる間、クラスの女子数人が美紗子を探していたそうだ」


 この後も続く太一の話は、以前図書室で紙夜里から聞いた話と同じだった。

 だから幸一は、太一が説明を終えると直ぐに質問した。


「それで何で根本さんなんだ? 根本さんは美紗ちゃんに恨みでもあるのか?」


 と。





                 つづく

 


いつも読んで頂いて、有難うございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 紙夜里は自分と同じ場所まで・・という意図があるようですが。これは下までなのかそれともある意味上まで行ってしまう気がして。これは作者さんの描き方次第かなとも思います。悪名馳せるということもあ…
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