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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
35/139

第34話

 昼休みも終わり、幸一や太一達は校庭から教室へと戻り始めた。

 美紗子も悠那達とのお喋りを終えて自分の席へと戻る。

 紙夜里もみっちゃんと手を繋ぎながら階段を降りて来て、自分達のクラスへと向かった。

 午後の授業が始まろうとしていた。


 結局女子にどう話しかければ良いのか悩んでいた太一は、この授業中に一つの名案があった。

 それは自分の前の席が、今回の噂を広めているキーマン、根本であるという事だった。

 前に後ろの女子から回って来た紙を渡した様に、今度は自分が質問を書いて渡してみようという事だった。それならば話す訳ではないので、冷静に考えて質問も出来るし、逆に何か尋ねられても慌てて答えなくても良いので、女子と話すのが苦手な自分には好都合だと太一には思えた。

 早速書いてみる。


『今朝の黒板の相合傘、知ってる? あれ書いたのお前ら?』


 ノートを横十センチ、縦十五センチ程に定規を上手く使い、破いた紙に小さな文字でそう書くと、太一はこんなものだろうと眺めて、それから四つ折にして、前の根本の背を軽く人差し指でコツコツと突いた。

 最初の質問は自分が相合傘を書いているのを見た人がいたかどうかの確認だった。

 先生の目を盗む様に小さく頭だけを動かして、根本が、なあに? っと言った顔で振り返った。


(これ)


 口には出さないが、そういう感じで四つ折にした紙を、振り向いた根本の顔の下、右肩の辺りに見える様に差し出した。

 即座に興味を示した根本は、右脇の下の間から左腕を出して、その紙を受け取った。

 太一はそれから数分間、緊張した面持ちで待っていた。

 

 誰にも見られていない自信はあったが、万が一にも見られていて、それが噂になって流れ出したら不味い。特に幸一や美紗子に知られる様な事があったら。

 そんな事を考えながら待つ一~ニ分は長かった。

 太一は思わず教室前、黒板の右斜め上に掛けられた時計の秒針を眺めていた。

 三分を過ぎた頃だろうか。


    スッ


 と、後ろ手に紙が太一の机の上に置かれた。

 直ぐに紙を広げる。


『今朝の黒板の相合傘、知ってる? あれ書いたのお前ら?』


『違うよ。皆んな知らないって。今アレ書くのって、よっぽど倉橋さんに恨みがある人じゃないの? って皆んなで噂してる。山崎君の事好きな子とか?(笑) 遠野君何か知ってるの?』


 太一の書いた文章の下に書かれた根本の文章を読んで、太一はホッとした。

 根本の情報網で分らないのなら、ほぼ確実に目撃者はいない事になる。しかし何故、あの黒板に大きく書かれた相合傘を見て、誰も騒いで冷やかしたりしなかったのだろうか?

 直ぐにその疑問が太一の頭の中を占めた。


『俺が来た時には既に書かれていたから知らない。でも何で今回は誰も冷やかさなかったんだ? お前ら大好きだろ? あーゆーの。俺はてっきりお前らが書いたんだと思ってた』


 急ぎ根本の文章の下にそう書くと、太一はまた人差し指でコツコツと、根本の背中を突いた。

 振り向いた根本も既に分っていた様に直ぐに掌を向けて出し、紙を受け取ると急いで前を向き直った。

 それからまた数分の間を置いて、太一の机の上に紙が置かれた。

 またも直ぐに広げて読み始める太一。


『皆んな誰が書いたか知らないって言って、ちょっと気味悪いね。って話になったんだ。さっきも書いたけど、今、倉橋さんの噂が女子の間で結構盛り上がっていて、このタイミングでしょ。何かを知っている人が書いたのかも知れないけど。ちょっとアレで冷やかしとか、冗談にならないでしょ。(笑) なんかマジっぽいんだもん』


 詰まるところは、遣り過ぎたのか。

 太一は根本の文章に、自分が本気の企みがあって書いたものが、その本気さが伝わって引かれた事に気付いた。

 

 その後もこの授業の間中、二人の間の手紙の遣り取りは続いた。

 女子の間で、現在どの様な美紗子の噂が流れているのか。

 既に美紗子を無視している女子が何人いるのか。

 キーマンである根本が、それをどの程度遊びとして楽しんでいるのか。

 太一は、幾つかの事を知る事が出来た。



 色々分った太一は、放課後を待って幸一の元へと向かおうと思っていたのだが、今日はなかなか美紗子が席を立たなかった。

 何やらゆっくりと机の中のものを出して、口の開いたランドセルに入れている。

 最近はいつも素早く下校の用意をすると、席を立っていた様な気がしていた太一は、暫く自分の席に座り、そちらを眺めていた。

 隣に座る幸一はいつもと変わらない様子で、準備を終えると席を立とうとしている。


(不味いな。幸一が帰っちまう。それとも俺の方に話を聞きに来るかな?)


 そんな事を思いながら眺めていた美紗子に、一瞬の変化があって、太一は思わず目を見開いた。

 席を立ち、去ろうとしている幸一に向かい、何か言いた気に美紗子が軽く手を伸ばしながら、そちらを振り向いたのだ。斜め上に幸一の姿を追う様なその表情は何処か切な気で、太一は思わず美しいと見惚れてしまった。


(やっぱり幸一の事を…)


 その後で降って来たのは、激しい嫉妬心だった。


(なんで美紗子はアイツにばかりあんな表情を見せるんだ。俺にだって)


 きっと美紗子は幸一と何か話したくて、タイミングを計っていたんだ。

 しかし幸一は、俺から言われた事もあり、今は美紗子とクラス内で話そうとはしない。

 物足りなさそうな、少し寂し気な表情で、幸一が去った後立ち上がり、帰ろうとする美紗子の姿を見ていて、少し可哀想な気持ちになった。


(俺だったら、クラスの奴らに幾ら冷やかされても平気なのに。俺だったら、美紗子を笑顔にさせてあげられるのに)


 そう思いながら幸一の方に目をやると、幸一は教室の出口近くで、いつもの仲間の五十嵐と谷口に捕まって、肩に手を回されながら、廊下へと一緒に連れ出される所だった。


(あの様子では、美紗子の伸ばした届かなかった手には気付かなかったのかも知れない。それから俺との朝の話も、忘れているのかも…いや、それはないか。アイツはクラスの奴らがいる所ではそういう話はしたがらない。きっとそういう事だ)


 友達と教室から出て行く幸一を見送ると、太一は席から立ち上がり、用意していたランドセルに手を掛けた。幸一の後を付ける為だ。



 今日一緒に帰る約束をしていた悠那達の所に来た美紗子の表情は、もう落ち込んではいなかった。楽しげに仲の良い友達達と話しながら、こちらも教室の出口側まで歩いていた。


「じゃあ、ばいばい」


 教室にまだいる女子達に向けて、明るく笑顔で、何とはなく小さく手を振りながら美紗子はそう言って教室を出た。

 しかし教室からは一言も返事がなかった。


(あれ?)


 いつもならば誰かしらは返事を返して来るのだが、今日はまるで声が聞こえて来ない。

 軽い違和感に思わず美紗子は足を止めて教室の中を覗きこんだ。

 友達との話に夢中になっている者。

 まだ席に座り、机に向かって何かしている者。

 誰一人美紗子の方を向いてはいなかった。


(声が、聞こえなかったかな?)


「おーい! 美紗ちゃん!」


 そんな事を思っている時、立ち止まっている間に先に行った悠那が大きな声で美紗子を呼んだ。

 考えを途中に美紗子は悠那の方を向くと、笑顔を見せてそちらに向かって早足で歩いて行った。




 それから二十分程した頃の下校の風景。

 紙夜里とみっちゃんは並んで歩いていた。


「あれ?」


「ん?」


 突然の紙夜里の言葉にみっちゃんも声を出す。


「あれ、前を行く子、四組の子だよね」


 そう言って紙夜里は五メートル程前を歩く赤いランドセルの子を指さした。

 それは四組の根本だった。


「ああ、ウチのクラスに来ていたな。倉橋さんの事を色々聞いて回っていた」


「やっぱり」


 みっちゃんの言葉を聞いて確信した紙夜里は、ニヤリと笑い、そう言った。


「みっちゃん、私ちょっとあの子と話して来ていい?」


「え、でも、関わらない方が…」


 紙夜里の言葉にそう言いながら、みっちゃんは紙夜里が睨んでいる事に気付いて、一瞬言葉を失った。そして昼間の約束を思い出した。


「そうだね。約束だからね。いいよ…でも、口出しはしないから、私も行かせて」


 みっちゃんはせめて、全てを自分の中で記録しようと思った。

 今何が起こっているのか、紙夜里が何をしようとしているのか。

 そしてそれが倉橋美紗子にとって、どれ程酷い出来事になるのか。

 紙夜里は倉橋さんを自分と同じ所まで堕とすと言っていた。


(流石にその考えは酷過ぎる。今は助けてあげられなくても、いつか全てを知っていれば、救う事が出来るかも知れない。少なくとも私は、やっぱりこういう事は嫌なんだ)


「黙っているんならいいよ」


 紙夜里の答えはあっさりしたものだった。


 そして早足で根本の側に向かう二人。

 一人足元を見ながら歩いて帰る根本は、紙夜里にとって格好の的だった。


「ねえ」


 甘ったれた様な、優しいまだ幼さの残る声で、後ろから紙夜里は声を掛けた。

 詰まらなさそうな顔で振り返る根本。





                  つづく



いつも読んで頂いて、有難うございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 太一脳フル回転中ですね。しかし好きな子がいてその子のことが気になって。いつも見てしまう。見られている本人よりも。知らなくていいことまで見えてしまう。それで終わってしまう恋もあるわけで。ダメ…
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