第33話
今回は前後の流れで1話分の掲載にしましたので、いつもの半分。相当短いです。
すいません!
「なっ…」
みっちゃんは言葉が出なかった。
もう一緒には帰らないと言えれば、どんなにか気持ちも楽になる事だろう。
しかし現実はみっちゃんを躊躇わせた。
『いらない』と言われてもなお、まだ心の何処かで紙夜里を好いている自分がいて、悔しさ以上に悲しさが胸の中で大きくなって行っていたからだ。
五年になって、最初の頃クラスで見かけた紙夜里。
それは自分の席に大人しく座る小さな女の子で、男兄弟ばかりで妹の欲しかったみっちゃんにとっては、まさに理想の妹像だった。
いつも今にも泣き出しそうな顔でこちらを見て、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で話す紙夜里。
いつも側にいて、いつでも守ってあげたいと思った存在。
それが今では脅しにも応じない。
(必要としていたのは紙夜里ではなくて、私だったんだ)
胸がギュッと締め付けられる様な気がした。
「どうしたの? 美紗ちゃんの事で私に関らないなら、みっちゃんとは、今まで通りの関係でいられるよ。一緒にも帰れる。その話題さえみっちゃんが出さなければ」
いつもの優しい紙夜里の声と顔が、みっちゃんに問いかける。
その顔を見ては、もうみっちゃんに購う術はなかった。
「そ、そうだね。紙夜里の言う通りにするよ。もう、倉橋さんの事では、口出しはしない」
顔を見て言えず、下を向いて言った。
「まるで悪魔に魂を売った様な様子ね」
肩を落とし下を向き、足元を見ているみっちゃんの様子を見て、紙夜里はそう言うと、前へと進み出し、みっちゃんの力なく垂れ下がった両腕の手に触れた。
みっちゃんは一瞬ビクッと身震いをして、顔を上げる。
目の前の紙夜里の顔は普段の顔で、優しく両の手を握ったまま、その口は開いた。
「ありがとう。せめてみっちゃんの気持ちを少しだけ楽にしてあげるね。やっぱり私は、間違いなく引っ越すの。お母さんが今住んでる家を売るって言っていたから。それからウチのお母さんは少し病弱で、ちょくちょく普段から、妹とゴロゴロして寝てばかりいるの。妹を産んでから体調が良くないんだって。幼稚園の妹は喜んでお母さんの側で一緒になって寝ながら話とかしている。だから私は、お父さんの方が本当は好きだったの。偶に数日間帰って来るお父さんが待ち遠しかった。だって、お父さんは色々な所へ連れて行ってくれるし、私の話も聞いてくれるから。お母さんと妹と、三人だけでは息苦しかった。だから私は、家ではいつもお父さんの置いて行ったパソコンを弄って遊んでいるの。ねえ、どお? 私、可哀想でしょ? 親が離婚するの。これからどうなるか分らないの。そんな子ならしょうがないって思って貰える? 可哀想だからしょうがないって」
「そうなのか…」
確かに可哀想だとは思ったが、それでもみっちゃんの中の何かに対する罪悪感は消える事はなかった。
(可哀想な紙夜里の我が儘だから、大目に見ろよという事なのか)
「でも、自分で自分を可哀想だというのは、それこそが可哀想だ」
何故そんな事を言ったのか、みっちゃんにも分からなかったが、兎に角口から出ていた。
そして意外にも紙夜里は感情を露にする事もなく、その言葉を聞いてもケロッとしていた。
「あら、可哀想だと冷静に、自分を分析出来ているうちはまだ良いんだよ。まだちゃんと言葉になっている。これがそれさえも言えなくなったら、私は何をするか分らない」
最後の方で、ニッコリと笑顔を作る紙夜里に、みっちゃんは一瞬寒気が走った。
(自分がおかしくならない為なのか)
そんな事を思うみっちゃんの手を、紙夜里はグイッと引っ張った。
「少しは罪悪感は減った? じゃあ話はついたし。そろそろ教室に戻ろうよ」
そう言いながら紙夜里はみっちゃんの手を引き、階段を降りようとし始めた。
もうみっちゃんには、現状維持だけで精一杯だった。
つづく
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