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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
33/139

第32話

「紙夜里、自分で何言ってるか分っているの?」


 紙夜里のただならぬ雰囲気と言葉に、みっちゃんは思わず一歩踏み出して、側に近付きながらそう言った。

 紙夜里はみっちゃんの言葉が分らなかったのか、自分の世界にやはり酔っているのか、相変わらず胸の所で手を組んだまま、話し終えた後は、静かに微笑んでいた。

 その様子を見てみっちゃんは更に一歩踏み込んで、更に言葉を続ける。


「紙夜里は何も変わっていないよ。親の事は親の事だし、紙夜里の事は紙夜里の事だし。引っ越す事になるとしたら、それは親の問題で、私達はまだ子供だから、理不尽だけれど、従わなくちゃいけないんだろうけど。でも、その事で紙夜里がそんな風に思い悩んで、自分が穢されたとか思って、倉橋さんの事を陥れる様な事を考えるのはおかしいよ。今までだって、今日だって、明日だって、紙夜里は紙夜里なんだよ。何も変わらないし、もし何処かで何かをやり直そうと思ったら、人間はいつだってやり直せるんだよ。誰かを自分と同じ所に堕すなんて」


 言いながら、更に一歩と踏み込んで行くみっちゃんは、手の届く所まで来た所で、両手を紙夜里の胸の前、組んでいた手へと伸ばした。

 紙夜里の手をそっと包み込む様に、優しく、柔らかく、包み込む。


「私は今も、紙夜里が好きだし。穢れたなんてちっとも思わないし。紙夜里の味方だよ」


 相変わらず微笑み続けていて、何を考えているのか全く分からない紙夜里の瞳を見ながら、優しく諭す様にみっちゃんは言った。


「みっちゃん」


 微笑んだまま、紙夜里の口が小さく開いた。


「ん?」


 みっちゃんが聞き返した。


「味方だと思うなら、放っておいて」


「紙夜里っ!」


 紙夜里の言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、みっちゃんは紙夜里の手を包み込む自分の手にギュッ! と力を込めて、叫んでいた。


「痛い!」


 叫ぶと同時に紙夜里はみっちゃんの手の中から自分の手を引き抜いた。

 そのまま少し後ずさると、そこはもう屋上への扉で、背中が扉に当たり、紙夜里の体が扉の網ガラスを大きく覆い隠して、辺りは薄暗くなった。

 みっちゃんは、空気の流動のないこの場所の所為か、息苦しさを感じた。

 そして少し辛そうな顔をしたみっちゃんを睨むように眺めながら、紙夜里は口を開いた。


「みっちゃん、時間は絶えず動いていて、同じ時間、同じ瞬間なんて、一瞬たりともないんだよ。だから昨日と同じ私はもういないし、昨日と同じみっちゃんももういない。いつまでも同じで、変わらないものなんてない。みっちゃんが言っていた様な人生をやり直す話だって、同じものに再度なれる話ではないんだよ。違う自分が、今より少し良くなるだけの話。一度壊れたものは、例え直しても、全く同じものにはならない。外観にだって傷はきっと残る。だから私の心は、決して親が浮気して離婚話をするより前に完璧に戻る事はない。美紗ちゃんと一緒の時の私と、二組になってみっちゃんと一緒にいるようになってからの私が違う様に。一瞬一秒毎にも、私達は変わって行っているんだよ」


「私と一緒になってから…どうして私と倉橋さんの間で紙夜里が違うの? 紙夜里は紙夜里じゃないの?」


「フフフ」


 みっちゃんの質問に紙夜里は思わず笑い声を漏らした。


「弱い生き物が、群れの中で押し潰されずに生きて行く為には、どうしたら良いと思う? 美紗ちゃんと同じクラスになって、独りぼっちだった私と友達になってくれた時は、私はまだ何も考えていなかった。純粋に美紗ちゃんの事が好きで、大親友だった。けれどもその時のクラスでも虐めはあった。ターゲットは私じゃなかった。違う人。そのうち少しずつ気が付いたんだ。美紗ちゃんと一緒だから私は虐めに合わなかったと。美紗ちゃんはそのクラスでもそれなりに人気があったから。虐められていた子と私は、背格好も性格も似ていた。弱い生き物……だから学年が上って、クラスが変わって、美紗ちゃんと離れて…私は自分が生き残る術を考えた」


 嫌な予感がして来ていた。

 みっちゃんは、両手の拳を強く握り締めながら、この先の紙夜里の話は聞きたくないと思った。


「いつもクラスでは控えめにして、目立たない様にしていた。一人では何も出来ない様な。そうしたらみっちゃんが現れた。いつの間にかみっちゃんは、従順で大人しい私の面倒を見始めた。でも知っている? みっちゃんは気付いていなかったかも知れないけれど、みっちゃんが私の側にいつも居る様になってから、代わりに消された子もいるんだよ。私達は自分で思っている程、許容範囲は広くはない。なんて言ったかしら…そう、キャパシティ。せいぜい等しく仲良く出来る人数なんて、三~四人が限度なんだよ。それまでみっちゃんの側にいた子が、私が入った所為でそのグループに居場所を失くして、消えて行った。黙っていつも私の事を睨んでいた。あの目が、忘れられない…」


「何が言いたいの? そんなの考え過ぎじゃない? 側に居たければ、勝手に居ればいいだけじゃない」


 みっちゃんは紙夜里に対抗してそう言いながら、自分を通り越して先を眺める様な目をしている紙夜里に、若干のイラつきを感じていた。


「そう思う? 本当にそう思う?」


 遠くを見ていた様な目を、急に焦点をみっちゃんに戻す。


「ただの友達というレベル、話すくらいという人なら兎も角、お互いに強く友達だと思っていた人が、突然話し掛けて来なくなったらどう? もう自分に興味を失ったんだという深い絶望感。気付いているかも知れない周りの目。そんなものを抱えながら、それでもまだ、みっちゃんの近くにいる事なんて出来る? 本当は私に友達の順位付けとかを教えてくれたみっちゃんなら分っていたんでしょ? 自分の中の順位で、私を上の方に上げて、代わりに落した子の事。分ってはいたけれど、きっと何も感じなかった。違う?」


「それは…」


 紙夜里の追及に、思わずみっちゃんは言葉を失った。


「私達は知らない間に幾らでも人を傷付けているんだよ。みっちゃんだけじゃない。だから私も傷付ける」


 そこには普段見た事もない紙夜里がいた。

 みっちゃんの知っているいつもの人見知りで、小さな声で話す紙夜里ではなかった。

 鋭い眼差しと、圧倒的な存在感。


(ああ、この子は…)


 みっちゃんがそう思った時、それに続くかの言葉を紙夜里は紡ぎだした。


「だから私は、みっちゃんを傷付ける事も出来るんだよ。例えば美紗ちゃんと違うクラスになって一番に考えた事は、自分を守ってくれる人の確保。一人では生きて行けなそうな儚さで、小動物の様に、守ってあげたいと誰かに思わせる事。その人がクラスでそこそこ力を持っていれば、私も安心して生活して行ける。それがあなた」


 寒気がした。

 みっちゃんが今思っていた事を、紙夜里ははっきりと口にして来たのだ。

 自分はまんまと利用されていた。

 そう思うと調子に乗って話した今までの言葉が恥ずかしくて、目の前がぐるぐる回る感覚になり、吐き気を催して来た。

 気持ちが悪かった。

 その中でみっちゃんは最後の力を振り絞る様に、わなわなと震える唇で、言葉を発した。


「そんな事ばかり言って、そんな事をしていたら、もう誰も紙夜里の事は相手をしてくれないよ。私を怒らせたら、クラスでも独りぼっちだ。紙夜里にはもう、守ってくれる所か、ただの友達もいなくなるんだぞ」


 震えながら言うみっちゃんを、紙夜里は観察する様に冷静な目で眺めてから、口を開いた。


「間違いなく引っ越す事になるの。もうあまり時間がないの。そうしたら本当に欲しいのは美紗ちゃんだって気付いたの。あの時の時間が…だから、他のものはいらない。みっちゃんもいらない。どうする? それでも一緒に帰る?」


 最後のみっちゃんへの質問の瞬間、紙夜里は不敵に微笑みながら、小首を傾げた。





                つづく


いつも読んで頂いて、有難うございます。

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