第25話
美紗子はその言葉に頬を染めると、ちょっと恥ずかしそうに目線を外して、
「ありがとう」
と、上ずった声でそう言った。
『大事な友達』と言う言葉が、特別な意味を含んでいると思ったからだ。
(お互いの気持ちが繋がっている)
そう思うと、胸の辺りが熱くなり、全身が火照って行くのが分った。
「いいんだ。それより僕も納得したし、これからの事だけど、このまま当分学校では話したりしない方がいいと思う。残念だけど、図書室で会うのももう止めた方がいいね」
幸一にとって、『大事な友達』というのは、読んで字の如く、そのままの意味だった。
本当にそれはただ、趣味が合い、話が合い、心を許せる女の子の友達と言う意味だった。
だから、優しく微笑みながら、本心からそう言った。
「それじゃあ、今日みたいにこっそり何処かで会うの?」
美紗子は、二人だけが共有する秘め事を持つ事にドキドキしながら尋ねた。
「えっ?」
幸一にとっては考えてもいなかった事なので、思わず声が出る。
表情もそれまでの笑顔をそのまま強張らせた。
「ん、そうだね。どうしよう…んー」
歯切れの悪い言葉。
美紗子の表情も幸一の様子を見て少し曇る。
「とりあえず、当分はそれも止めよう。本当に用事がある時は、ウチに電話してくれてもいいし。やっぱり学校の方が落ち着くまでは心配だよ。こうやって会っていても、クラスの誰かが偶然見かけるんじゃないかと思うと、気が気ではない。兎に角、これで暫くは話さない様にしよう。目を合わせるのもなるべくしない方がいいな。二人が一緒にいる所を見なくなれば、きっと冷やかしもなくなる。そしたら少しずつ、また話す様になればいいじゃないか。当分僕も友達とサッカーやドッヂボールとかをして過ごすから、美紗ちゃんも女子の友達と楽しく過ごせばいいよ」
「そう…」
幸一の言葉に美紗子は更に寂し気に顔を曇らせた。
望んでいた言葉ではなかった。
美紗子は、図書室で密会をし始めた頃に比べると、随分と状況は一変したものだと思った。
そしてその状況が、淡い恋心の様なものだった自分の想いを、激しく強い恋心へと変えて行ったという事には気付いていなかった。
「大丈夫。きっと何事もなかった様になる。そもそも二人が図書室で会っていたのを知る人は限られている。噂話は出ても、具体的な話は出ないさ。そのうち美紗ちゃんが放課後何処に行っていたかなんて騒ぐ人もいなくなる。だから、それまでに、話したり出来ないうちに、一杯本を読んで、また話せる時が来たら、色々な本の話をしよう」
幸一の前向きな言葉は、半分も美紗子の耳には入っていなかった。
それよりも前、当分密会も出来ないという言葉で美紗子の思考は止まっていた。
幸一は、自分とちゃんと会って話せなくても、大丈夫なのだろうか? 寂しくないのだろうか?
こっそりと会う事の出来ない寂しさと、幸一の言葉の違和感が、今は一番美紗子の中心にあった。
「好き…なんだよね?」
不安に駆られ、思わず訊いてみる。
「えっ?」
か細い不安そうな声で問われた言葉に、幸一は一瞬聞き返して、
「うん、好きだよ。仲良しじゃないか」
直ぐに笑顔でそう答えた。
友達として。
「そうだよね♪」
幸一の言葉にホッと笑顔になり安堵を付く美紗子。
また頬を紅らめると、本を持つ両手を交差してもぞもぞと恥ずかしそうに揺れた。
「うん。兎に角本が返せて良かった。気になっていたんだ。美紗ちゃん最後まで読んでいないんだろ? 今日帰ったら読めるね。じゃあ、そろそろバイバイしようか」
最後の方の言葉は、辺りを見回しながら幸一は言った。
「もう?」
美紗子が不満気に声を漏らす。
「もう六時半近くになるよ。僕の所は共働きで、まだ親が帰って来ていないけど、美紗ちゃんのお父さんやお母さんは大丈夫? 心配していない?」
幸一にそう言われると、美紗子は自信がなかった。
母親に、ちょっと友達に会って来るとだけ言って出て来たからだ。
「んー」
唇をギュッと結んで下を向く。
分っていても不満が募る。
「ね、帰ろう」
そんな美紗子を見て、ちょっと可愛いなと思い、幸一は優しく微笑んでそう言った。
「じゃあさぁ、途中まで、送ってくれる? 街灯ない所とか、真っ暗だし」
下を向いた顔を少しだけ上げ、そこから更に視線だけを上げて幸一の顔を覗き見る様に美紗子は言った。
「確かに暗いもんね。いいよ」
「それから怖いから…手も繋いでもいい?」
「へ?」
これから当分一緒にいられない、話せなくなると思った美紗子にとって、それは精一杯の恥ずかしさを押してまで言った我が儘だった。
「駄目なら…いいけど」
もう幸一の顔は見られなくて、視線を外して言う。
幸一はそんな美紗子を眺めながら少し考えた。
確かに街灯のない場所は暗くて、一緒に歩いてるだけでは心細いかも知れない。それくらいはしてあげるべきなのか。しかし、手を繋いで歩いている所を同じ学校の生徒に見られるかも知れないというリスクもある。そんな所を見られたら、また冷やかしと言う名の虐めの格好のターゲットだ。それは一番嫌だ。
幸一はそんな事を考えながら、本を両手で持ち、下を向いて、自分の言った言葉に恥ずかしそうに身を縮めている様に見える美紗子の姿を眺め続けた。
(可哀想…)
何がどうなって、その言葉が出て来たのか分らないが、不意に幸一の心には、その言葉が浮かんだ。そしてその後に浮かんだのは、優しくしてあげたいという気持ちだけだった。
「いいよ」
優しくそう言いながら、幸一は美紗子の前に手を差し伸べた。
つづく
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