第21話
「それは?」
幸一の言葉を紙夜里が繰り返す。
「……」
幸一は口を若干への字にして、真剣に困った様な、何かを訴える様な目で、黙ったまま紙夜里の目を見つめた。
「困った人だ。幸一君は困った人だ。何となくは分っていても、それでも口に出しては言えないの? 寧ろ逆に、極端に恋愛を意識している人みたい。なるほどね、幸一君って人が少し分ったわ。あのね、美紗ちゃんは幸一君の事が好きだから、迷惑を掛けたくなくて嘘を付いたの。あなたの事を好きなのよ」
「そう」
紙夜里の話に困ったままの顔で幸一はそう呟いた。
「何となくは分かっていたんでしょう」
「薄々は、何となく、そうなのかなぁと」
「ふーん」
幸一の言葉に見下す様な視線を投げたあと紙夜里は、再び手元の手紙の方に目を向けた。
「何となく結論は見えたけど、一応二通りのパターンを書いて来たの。だから一応訊くけど、幸一君は美紗ちゃんの事を好きなの? それとも好きじゃない? そこまで気持ちが行っていない?」
「太一といい、何なんだ今日は!」
紙夜里の話が終るや否や突然幸一は叫んだ。
「何急に?」
叫び声に思わず驚く紙夜里。
「あ、ああ、いや。今日二度目なんだその質問。クラスの太一って奴にも同じ事を尋ねられた」
驚いている紙夜里の表情を見て幸一は慌てて説明をした。
「そう、なの? フーン。仲間でもいたのかな? きっとその人も、この後の私と同じ事を言ったのね。フフフ」
言いながら何を想像したのか、紙夜里は突然笑い出した。
「ちっとも面白くないよ」
そんな紙夜里を冷静に冷めた目で見ながら、幸一は言った。
「そう? 面白いと思うけど。それでどっちなの? 幸一君の気持ちは?」
笑っていた顔から、そのまま優しく微笑んだ顔で、紙夜里は再度尋ねた。
「だから、まだ僕らは小学生じゃないか。なんでそんな好きとか嫌いとか。付き合うとか付き合わないとか。恋愛感情のあるなしの話に皆んななるんだ? 小学生の僕らの感情は、まだ不確かなものじゃないのか? 確かな恋愛の好きって気持ちなんかまだある訳ない筈だろう。恋愛って、相手と自分の将来とかも考えたりするだろう。四六時中相手の事ばかり考える様になるだろう。そんな奴この学校の生徒にいるか? 皆んな、ちょっと好きを馬鹿みたいに騒いで、大げさにして、冷やかして。馬鹿じゃないのか」
「なるほど。つまり幸一君は美紗ちゃんに恋愛感情はないって事ね。やっぱり」
急に延々と話し出した幸一に少し呆れながら、紙夜里は結論を言った。
「あ、まあ、そうなるのかな」
幸一は言いながら少し冷静さを取り戻すと、先程の自分の話が恥ずかしくなったのか、頬を赤らめた。
「思った通り、こっちのパターンね」
そんな幸一の顔などまるで見ずに、紙夜里は手紙の方を見ながら言った。
それから突然、手紙を閉じる様に両手で二つ折りにして、「ふー」っと一回息を吐いて、幸一の方に向き直り、再度口を開いた。
「ところで話は変わるけど。私は普段人見知りで、男の子とは余計に上手く話せないの」
「ああ、そんな事言っていたね」
「自分で言うのもなんだけど、幸一君とは思った以上に話せていると思うの。最初は緊張して話せないと思ったから、話す内容を手紙に書いたりして持って来たけど、意外と冷静に話せてると思うの」
「うん」
「何でだと思う?」
「えっ、また質問?」
幸一は半分うんざりして来ていた。
「本当に思った事を言ってもいい?」
幸一はうんざりした顔から、何かに気付いた様に悪戯っ子の表情になって尋ねた。
「うん。いいよ」
紙夜里は何を言われても平気なのか、平然と返す。
「それじゃあ。ゴホン!」
幸一は冷静に相手を観察する様な目をして、思わせ振りに軽く咳をしてから話し出した。
「僕が思うには、橋本さん、紙夜里ちゃん。どっちがいい?」
相当芝居がかった幸一の態度に、紙夜里は鼻で笑った。
「どちらでも」
「じゃあ紙夜里ちゃんで。僕が思うには紙夜里ちゃんの人見知りは、芝居じゃないかなと思う。小動物が外敵から身を守る様な。愛嬌とか、可愛らしさとか。そういうもので自分の事を学校で守っているんじゃないのかなと」
幸一のあまりに唐突な話しに、紙夜里は思わずポカンと口を開けてしまった。
「凄い飛躍…で、根拠は?」
紙夜里のその言葉に幸一は、待っていましたとばかりにニヤリと笑いながら、話を続けた。
「根拠は、図書室の外で待っている子。本当に人見知りの気の弱い子が、友達を外で待たせたりするだろうか? 冷静に話している紙夜里ちゃんを見ると、君は相当周りを見て、分析している様に見えるよ。大勢の中では兎も角、一対一の対話なら、紙夜里ちゃんは男子とも問題なく普段から話せるんじゃないかい」
「呆れた! 幸一君てホームズかポワロ? なかなかの推理ね。でもみっちゃんは、あ、外にいる友達だけど。みっちゃんは頼んでもいないのに、勝手に自分で待っているのよ。私がさせている訳じゃない」
残念ね。っとでも言いたそうに微笑みながら、紙夜里は言った。
「もっとも論理的な推理という点では、エラリー・クィーンと言って貰いたいな。それにしても、紙夜里ちゃんも結構本とか読むんだね。咄嗟にそういう名前が飛び出すなんて。ちょっと楽しかった。それから補足。みっちゃんが自分の意志で君の事を待っていると錯覚する程に、紙夜里ちゃんは一人で置いて置けない様に普段からみっちゃんに見せているんじゃないの? 僕には君は、とても頭の良い子の様に見えるよ」
幸一もまた、微笑みながらそう話した。
「なんか、相当酷い事言われている気がして来た」
幸一の言葉に紙夜里は頬杖を付きながら、困った様な表情をした。
「ごめん。何でも思った事を言って良いと言われたから」
紙夜里の表情に幸一はそう言って頭を紙夜里の方に向けて下げた。
「いいんだけどね。半分くらい当たっている様な感じだし。美紗ちゃんと一緒だった三年生の頃は、本当に人見知りが激しくて、唯一の友達だった美紗ちゃんとだけは切れない様に、美紗ちゃんが好きだった本を、私も一所懸命色々読んで、話せる様に努力したの。幸一君だって、美紗ちゃんがあんまり可愛くなかったら、そんなに優しくはしなかったでしょ? 美紗ちゃんは私なんかとは違って、本当に可愛くて、優しくて、それはもう焦がれの対象で。ほら、可愛かったり、綺麗だったりする人とは、やっぱり友達になりたくなるでしょ。それだけで」
幸一は自分が美紗子と仲の良い友達でいる事の理由に、可愛いという事が入っているという指摘を、否定する事は出来なかった。
映画鑑賞が趣味の幸一にとって、美しいものへの憧れや執着は、自分も含めて殆ど全ての人間の心の中にあるものだと思っていたからだ。
つづく
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