第20話
図書室の中に入り、見渡すと、何度か見かけた事のある数人の生徒の姿が、あちこちのテーブルに点在してあった。大体図書室で見かける人はいつも同じ人という事か。
入り口で立ち尽くしている幸一の場所からは紙夜里の姿は見えない。
(やはりあのテーブルなのか)
そう思うと幸一はゆっくりと奥の方に向かって図書室の中を歩き出した。
一番奥のテーブルの、途中から本棚で見えなくなっている場所。
此処最近の美紗子と幸一の秘密の場所だ。
そこが見える所まで歩いて行くと、手渡された紙に書かれていた通りに、そこにはランドセルをテーブルの上に降ろして座っている。橋本紙夜里の姿があった。
美紗子よりもやや幼い顔立ち。
人見知りの大人しい性格なのは、その顔を見ただけでも幸一には容易に想像出来た。
本棚の隙間からずっと幸一の動きを見ていたのか、幸一がテーブルまで来て、奥に居る紙夜里の姿を眺めた時には、紙夜里の方も既に幸一の方を見ていた。
なので直ぐに目があった。
小さく無言で頭を下げる紙夜里。
釣られた様に幸一も側まで歩きながら軽く頭を下げた。
「あの、来たけど」
言いながら幸一は背負っていたランドセルを降ろすと、空いている紙夜里の席の隣に座った。
紙夜里は黙ったまま幸一に微笑むと、顔を正面に向き直した。
本段の隙間から図書室の入り口の方を覗く。
「美紗ちゃんが言った通り。本当にあっちからこっちは見えなくて、こっちからあっちは見えるのね」
「やっぱり美紗ちゃん、あ、倉橋さんに聞いたのか」
美紗ちゃんと言う呼び方は変に馴れ馴れしくて、二人の関係を勘違いされるかも知れないと気づいて、幸一は言い直した。
「あなたも美紗ちゃんって呼んでるの?」
その呼び方が引っ掛かったのか、紙夜里は急に幸一の方を向いて、そう言った。
「えっ、ああ、二人の時には。でも他の人もいる所では呼んでないよ。倉橋さんって言ってる」
分っていた事だけれど早速そこを攻められて幸一は慌てて言った。
「そうなんだ。私は…私は美紗ちゃんに頼まれて、あなたと話す必要があるの。幸一君? そう呼んでいい?」
何処か寂しげな眼差しのまま、紙夜里は言いながら薄く微笑んだ。
その表情が幸一にはとても印象的で、この子は美紗子とは違うタイプの子だなと咄嗟に感じた。
「ああ、いいよ。それで話って?」
「うん。じゃあ、どれから話そうかな…その、幸一君」
「どれからって、そんなに話す事あるの?」
幸一は紙夜里の言葉に少し面倒臭そうに尋ねた。
「面倒臭い? 実は上手く話せないと思って、授業中、紙に書いてた」
そう言うと紙夜里は、授業中ノートに書いていた部分を破いて、四つ折りにしたのをスカートのポケットから取り出した。
「そんな事ないよ。面倒だなんて」
幸一は紙夜里の言葉に思わずギクリとした。
「ふふ、図星みたい」
逆にそんな幸一の様子を見て、紙夜里は自分の見立てが当たっていたと満足気に微笑む。
「まいったな~」
幸一は椅子の背もたれに背中を付けて、少し反る様にして、頭を掻きながらそう言うしかなかった。
「いいの。私も面倒だろうなと思うから。男の子が訳も分らず呼び出されて、これから私が美紗ちゃんの代わりに話す事を聞かなきゃいけない。幸一…君の立場で考えれば、美紗ちゃんの事をよっぽど好きじゃなきゃ、やっていられない事よね」
「そんな事…」
美紗子の事を周りから好きだと思われる事にはもううんざりしていた幸一は、つい紙夜里の言葉にも反応した。
「そうなの? なら良かった」
それには紙夜里は、本当に嬉しそうに一瞬笑った。
それから目線を、開いた手紙の方に向ける。
「私、人と話すの苦手なの。特に男の子は。名前呼ぶのも、思わずさっきも躊躇っちゃったけど、意識し過ぎなのかも知れないけど、駄目なの。そういう理由もあるの。紙に書いてきたのは」
「うん」
幸一は自分の方を向かず、手紙に視線を落としたまま話す紙夜里の横顔に、素直に頷いた。
「じゃあ読むね」
そう言ってから一瞬の静寂があった。緊張しているのか、暫くの間があって紙夜里は手紙を読み始めた。
「最初に、二日前に起こった事。美紗ちゃんは、私から音楽の教科書を借りて、それを返すのを忘れて図書室で過ごしていた。その間に私達が美紗ちゃんを探していた事で、四組の女子の数人も美紗ちゃんを探し始めた。私達は昇降口に靴があるのを知っていたから、学校の何処かには居るはずだと思って探していた。そして探すのを諦めた頃、美紗ちゃんはひょっこりと現れた。それも図書室に居たけど頭が痛くなったから保健室に行っていたと言う嘘を付いて。でも本当はあなたと、幸一君と居た。そこで問題。美紗ちゃんはなんでそんな嘘を付いたと思う?」
「えっ?」
突然の想像もしていなかった質問に、幸一は本気で驚いた。
「何? 質問とかあるの?」
咄嗟に答えなど浮かぶ筈もなく、とりあえず話しながら考えようとする幸一。
「あるの。答えて。考えて答えて」
手紙から目線を上げず、冷静に淡々と言う紙夜里。
その姿に真剣さを感じて、幸一は「まいったなぁ」と、苦笑いをするしかなかった。
「分らない? 幸一君が冷やかされるのを嫌がるから。二人で図書室にいた事がクラスの人に分ったら、きっと今まで以上に激しく冷やかされるだろうから。そんな目に幸一君を合わせたくなかったから。だって」
そこまで手紙を見ながら、読み上げる様に言った紙夜里は、そこで初めて顔を上げて幸一の方を向いた。その目は、鋭く憎しみのこもった様な目だった。
そして再び尋ねる。
「何でだと思う? なんで美紗ちゃんは、幸一君が冷やかされない様に、そんな自分がクラスの女子に嫌われるかも知れない様な嘘を付いたんだと思う」
「それは…」
その質問の答えは、何となくは分っていても、口に出す事が出来なかった。
つづく
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