第1話
「何だよ美紗子! 幸一のばかり多くないか?」
山崎幸一の横に並ぶ遠野太一が、突然正面でカレーをよそう倉橋美紗子に向かって叫んだ。
美紗子は思わずの事にお玉を持つ手を震わせながら、オドオドしながら言い返す。
「そ、そんな事ないよ。みんな同じだよ」
しかし目線は太一の顔から外していた。
読書好きの文系の美紗子には、いつもドッヂボールだサッカーだと昼休み中走り回っている体育会系の太一は少し怖く思えていたからだ。
「そ、そうか」
美紗子の仕草に怯えているのを感じたのか、太一は少し声のトーンを落として言った。
「ホラ、太一。あんまり美紗子虐めるなよ。隣の旦那が怒り出すぜ。へへ」
「ヤバイヤバイ」
太一の更に横に並ぶ男子達がその様子を見て茶々を入れ出す。
「そんな事…」
そしてそれを聞いた幸一が、凄く嫌そうな顔でボソリッと言った。
幸一は、美紗子と自分の事が冷やかされるのが、いつも嫌だった。
朝学校に登校すると、週に何度か黒板に二人の名前が並べられて相合傘が書かれていた。だから幸一は最近、朝早いうちに登校して、黒板をチェックしては、書かれていると消していた。
それは、美紗子の事を嫌いだという理由からではなかった。自分とは不釣合いに感じる美紗子のお嬢様の様な風貌や、服装は、寧ろ幸一の胸をときめかせていた。肩に掛かるストレートの栗色がかった髪と、両脇の三つ網も清純な感じに思えた。
幸一は間違いなく美紗子に好意を持っていた。
二人は席が隣同士で、お互いに漫画も含めて読書が好きだった。
だから二人が打ち解けるまでに、それ程時間は掛からなかった。
「何読んでるの?」
始まりは幸一が美紗子の読む本に興味を持ち、話し掛けたのがきっかけだった。
「『華麗なるギャツビー』この前DVDで観て面白かったから」
「あ、僕もその映画は観たよ。どっちの方? ロバート・レッドフォード? レオナルド・ディカプリオ?」
「二つあるの? あ、ごめんなさい。私、役者さんとか良く分らない…」
「そう? ハハハハ」
取りとめのない映画の話から、小説の話へ。
それから今まで読んだ小説や漫画の話。
二人は何日もチョコチョコと休み時間等に競う様にそんな話をしていた。
だから、二人が仲良くいつも一緒にいて、何やら話しているのは、直ぐにクラス中の周知の事実となった。
そしてそれは冷やかしの的となり、幸一は冷やかされると胸の奥がカーッと熱くなって、いつもそれが凄く嫌だった。
まだ小学五年の幸一には、美紗子を好きな感情より、冷やかされる事の方が重要な問題だった。
太一の声に立ち止まっていた幸一の背中に、トレーを両手で持つ隣の太一が肘でポンッと小突き、歩く様に促す。
「ああ」
小突かれた拍子に思わず声を出しながら、幸一は歩き出した。
一列に並びトレーに給食の品を順番に置いて行く行列。
倉橋美紗子はカレーの当番で、白いエプロンを着て、カレーを順番に来る人達によそって行く。
幸一と太一はトレーを持ちながら自分の席の方へと歩いて行く。
それは小学校五年の頃の、給食の風景。
つづく