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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第13話

 憮然とした顔で水口は、美紗子の顔も見ずにその前を通り過ぎ、フロアから階段に掛かる所まで歩くと、後ろを振り返りもせず階段を降り始めた。

 面白くなかった。


 副委員長である私にだけは全てを話すべきだ。どうしようもない事だとしても、一番良い方法を二人で相談する事も出来た。私なら、上手く根回しして、例えば美紗子が虐められたり無視されたりしないようにする事も出来た。

 そもそも聞かなくても大概の事は分った。

 間違いない。

 男子と何処かで過ごしていた。二組の紙夜里さんから音楽の教科書を借りたのも忘れて。相手も多分間違いなく山崎幸一だろう。前々からクラスでは噂になっている。この事が分ればクラスでの冷やかしは更にエスカレートして行くだろう。モテる美紗子はこれをきっかけに女子からの妬みで虐められるかも知れない。男子の中でも二人の関係を良しと思わない人は、何処までも冷やかして二人の関係を潰しに来るかも知れない。

 しかし美紗子は私を拒んだ。

 だから私は、知った事かだ。


 階段を一段ずつ降りて行きながら、そんな事が頭を巡り、水口は益々怒りが収まらなくなって来ていた。


(私には何も期待出来ないっていうの!)


 心の中でそう叫びながら廻り階段の踊り場の所にまで来た水口は振り返り、降りて来た階段を仰ぎ見て、その先にまだ居る美紗子の方に向かって叫んだ。


「ホントにもうアンタの事なんか知らないから! 教室に戻るなら兎に角涙だけは拭いて来て頂戴! 後はご勝手に!」

 

 美紗子の居る三畳程の突き当たりのフロアに水口の声は反響して響き渡った。

 叩かれた頬に手を当てながら、もう片方の手でスカートのポケットから水色のハンカチを取り出すと、美紗子は涙を拭き始めた。

 

 なんで叩かれなければいけないの?

 私が何をしたっていうの?

 ただ音楽の教科書を忘れて二組の友達に借りただけじゃない。

 そしてそれを忘れて、放課後図書室で幸一君と本を読んでいただけじゃない。

 二組の紙夜里ちゃんとはその後話しをして解決しているし。

 なんで叩かれなきゃ…そもそも皆んなが冷やかしたりしなければ、こんな風に隠れて幸一君と会う事もなかったのに。嘘だって付かなくても良かったのに。

 私はそんなに悪い事をしたって言うの?

 ただ幸一君と色々な話がしたい、聞きたいって思っちゃいけないの。

 ただ今まで通りに二人でいてはいけないの。

 私のクラスはおかしいよ。

 皆んなで冷やかして、私と幸一君を引き離そうとする。

 幸一君は冷やかされるのが凄く嫌なんだよ。

 だから二人で居た事を黙っていようと決めたのに。

 なんで私の事を皆んなで詮索するの。

 なんで叩かれなきゃいけないの?


 それはほとぼりが冷めるまで大人しくしていようとしていた美紗子には、到底納得の出来ない事だった。



 美紗子を残したまま水口が先に教室へと戻って来ると、そこにはニヤニヤした顔で根本が待っていた。

 水口の机の正面に立つ根本を、無視するかの様に無言で席に座る。


「倉橋さんと話して来たんでしょ。それでどうだったの? さっきの話」


 まだ不機嫌な表情の水口の事などお構いなしに、非常に興味があるのがありありの笑顔で根本は尋ねて来た。


「あん?」


 それに対し面倒臭そうにそう声を出しながら、視線を上げ根本の顔を見上げる水口。


「やくそく♪」


 相変わらずニヤニヤした顔で根本が言う。

 音符などを付けて「やくそく」と口にする根本には理由があった。

 副委員長としての責任感が人一倍強い水口にとって、約束と言う言葉は重要だった。

 約束は一度でもしたら守らなければいけない。例え腑に落ちない非情な約束でも、相手が許してくれない限りは破った方が悪なのだ。だから約束を破る場合は、相手に誠心誠意謝り続けるしかないと水口は普段から思っていたし、それをクラスの間でも普段口にして、実行もしていた。

 つまり水口にとって誰かと約束をするという事はそれ程に重要で、またそれだけに簡単にするものではなく、慎重であるべきだと考える程のものであった。


「んっ」


 根本の約束と言う言葉に、水口が唇をキュと強く結んだ瞬間、音が漏れた。

 そして嫌々ながら、言葉を選ぶ様にゆっくりと水口は口を開いた。


「そう、約束してたね」


 それについてもう興味がないと言わんばかりに、ぶっきら棒に話す。


「倉橋美紗子はどうやら私に嘘を付いたらしいの。二日前の放課後、保健室に居たって言っていたけど、違うみたい。さっきの先生の態度で分ったの」


 根本は前後の脈絡のない話に、殆ど意味不明で、思わずポカンと口を開けたままで尋ねた。


「それで? それで倉橋さんは何処にいたの? 何で嘘を付いたの? その日は何かあったの?」


 分らないなりに質問の間口を広げ、全体像を掴もうとする。


「本人は、美紗子は、保健室に居たと今も言っている。だとしたら、本当にそうなのかも知れないし、嘘なのかも知れない。嘘だとして、何処に居たかなんて私は知らないし。もうどうでも良くなっちゃって、興味もない」


 無駄な事を話しているとばかりに、詰まらなそうに話す水口。


「ちょっと、興味ないもなにも、私これじゃあ全然分らないよ。ねー、ちゃんと教えてよ」


 水口の態度に不満気に声を出す根本。

 それを見て先程までとは逆転して、今度は水口が唇の隅を上げて、ニヤニヤと笑いながら言った。


「もう私は関係ないの。美紗子には関らないの。ちゃんと約束は守って、保健室での事は話したからね。どうしても気になるなら、あとは自分で勝手に調べたら? 私は知らない」


 言い終わるとすました顔をする水口。

 その様子に納得が行かない根本が口を開ける。


「こんな中途半端。余計気になるじゃない! 分った。勝手に調べるから。いいよね」


「ご自由にどうぞ」


 根本の言葉に水口は余裕のある素振りでそう言った。


(勝手にしろ。どうなるかは運命に任せるさ)





              つづく




読んで頂いて、有難うございます。

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