第7話 かおりちゃんグラフィティ その⑦
名前を呼ばれたのでみっちゃんはここで初めて相手の顔をまじまじと眺めた。
シャープな顔立ちにちょっときつめな化粧。深紅な口紅は大人っぽさを強調し、長く伸びた黒髪は後ろで束ねられていた。こんな大人な女性に知り合いはいない。最初にみっちゃんが思ったのはそんな感想だったが、しかし何処か引っ掛かるものもあった。そう思う反面で、つい最近も見かけた様な気がしたからだ。
だから今度はもっと傍に寄り全身を舐める様に上から下まで眺める。
女性の方はそんなみっちゃんを唇を薄く開けてニヤニヤと目を細めながら笑って見ていた。
彼女の服装は黒のタイトなミニスカート(そこから覗く黒の隠微なパンツ)に白のTシャツ、その上にまたも黒のパーカー。
(ん?)
そのパーカーにみっちゃんは見覚えがあった。
パンクアイドルのロゴが胸元にあるそのパーカーは最近も近所でよく見かけていた。
(もしかすると…)
だからみっちゃんはそこから唯一該当する人物の名を恐る恐る口にする。
「もしかして…お姉ちゃん?」
「ピンポンピンポーン♪」
すると正解に嬉しそうに喜んで答えるお姉さん。
「どうだ、ぱっと見中三には見えないだろ?」
そう続けて話すこのお姉さんは、みっちゃんの家の近所に住む現在中学三年生の女の子だった。
同じ学区なので幼い頃から良く兄と共に彼女と遊んだみっちゃんにとっては、姉の様な存在で、しかも喧嘩の仕方を教えてくれた師匠でもあった。
「見えない! 凄いよお姉ちゃんん! まるで大人の女の人みたい」
「そうだろ。そうだろ」
羨望の眼差しでそう言うみっちゃんにお姉さんは満足気に答えながら頷く。
しかしその後みっちゃんは、先程から気になっていたスカートの中、太腿の付け根の先に見える黒いパンツに目を向けると冷ややかに言葉を発した。
「でもね、お姉ちゃん。イイ女もパンツ丸出しでは台無しだよ。そうやってしゃがんでると、見えちゃってるよパンツが。しかも黒」
ところがそんな言葉に俯いて自分の足元でも見る様にしながら不敵に笑うお姉ちゃん。
「フフフフ」
その姿に困ったような表情で更に口を開くみっちゃん。
「お姉ちゃん、自分のパンツ見ながら笑うなんてキモイよ~」
「違うわ~!」
ここに来てお姉さんはみっちゃんの言葉に顔を上げて叫ぶ様に反論した。
「違うわ。これは所謂『男ホイホイ』なの」
「男ホイホイ?」
その言葉の意味が分からず尋ねるみっちゃん。
「そう、こうやってしゃがんでパンツを見せていると、男がうじゃうじゃ寄って来るだろ。そこで寄って来た男に『パンツ見ただろ、アイス奢れ』って言ってアイスを奢ってもらう作戦よ。今日は暑いからな」
「……」
それを聞いたみっちゃんは返す言葉が一瞬浮かばなかった。
ただ頭の中で、
(お姉ちゃんって、もしかして馬鹿だった?)
そんな疑問が繰り返し巡る。
しかもお姉さんは自慢気な顔でじっとみっちゃんの方を見続けている。
だからみっちゃんはハッと我に返ると、このままじゃいけないとお姉さんを諭す様に口を開いた。
「あのね、お姉ちゃん。でも実際誰も傍に寄って来ないよ。コンビニに用事のある人は不審そうにこっちに目を向けては中へと入って行くだけだし。目の前の国道を走る車の中のおじさん達は、手前の信号で車が停まっている間厭らしそうな顔でこっちを見てはいるけど」
「それじゃあアイスは奢ってもらえないじゃないか⁉」
「だから、もうそんな事止めた方がいいよ」
「嫌だ! 折角一張羅の黒の下着まで履いて来たんだ。それにこんないい女、巷の男共がほっとく筈がない。絶対アイスを奢って貰うんだ! 私はまだ止めないからね!」
まるで駄々っ子の様なお姉さんに、みっちゃんはまた少し面倒臭い気持ちになると共に、知り合いな分だけ恥ずかしい気持ちも混じり、困ってしまった。
そこで暫しの沈黙。
それから少し経つと、お姉さんは何かを思い出したのか、「あ、そうだ」と言うとみっちゃんに向かってもっと近くに寄れとばかりに手招きをした。
だから仕方なくお姉さんの隣にしゃがみ込むみっちゃん。
すると先程までとは打って変わって、今度は神妙な顔でお姉さんはみっちゃんに質問を始めた。
「そう言えばお前、生徒会室に入り浸っているそうだな。なんでだ?」
「えっ? それはまー友達が生徒会に入っているからで…」
この質問にはどうにも返答に困るみっちゃん。
「それから色々な部活にもちょこちょこ顔を出したりしているそうじゃないか。なんでだ?」
「それは…なんて言うかその…色々な部活の色々な友達に会いに行ってるっていうか…」
更にみっちゃんは返答に窮する。
何故ならばそれらはみっちゃんが生徒会副会長・水口の指示により幾つかの部活に於いてスパイ活動をして来た事実を裏打ちする質問だったからだ。
(お姉ちゃんは、何処まで知っているんだ?)
仲の良い人達には知られたくない裏の姿の話は、なるべくどころか絶対に誰にも話したくはない。
そんな訳だから、みっちゃんはもうこれ以上口をつぐむしかなかった。
そしてそんなみっちゃんに何か感じる事でもあったのか、お姉さんは今度は少し口調を変えて話始めた。
「今の生徒会、お前も含めて狙われてるぞ」
「えっ?」
「主に体育会系の部活の三年が、二年を煽動して生徒会に何かするみたいだ。」
お姉さんのこの話には、素知らぬ顔をするつもりだったみっちゃんも驚いた。
「色々調べ過ぎたんじゃ、おっ! ほら見ろ! カモが来たじゃねえか」
(どういう事だ…水口さんに頼まれて色々な部活の事を調べていたのがバレたのか…)
お姉さんの話に神妙な顔でそんな事を考えているみっちゃんの傍らで、お姉さんは早々にその話を断ち切ると、こちらに向かって歩いて来る一人の男の子へと話をシフトしていた。
男の子はみっちゃんとお姉さんの目の前まで来るとそこで立ち止まった。
だからまだ俯いて色々考えているみっちゃんを他所にお姉さんはここぞとばかりに声を上げる。
「パンツ見ただろ! 痴漢行為で警察に連れて行かれたくなかったらアイス奢りな!」
それに対して男の子は恥ずかしそうに頬を赤らめながら視線を外すと小声でこう答えた。
「み、見てないよ。黒も黄色の縞々も、見てないよ」
「テメーやっぱり見てるじゃねえか! アイス二つ奢りな!」
男の子の言葉にお姉さんがそう叫んだ時、みっちゃんもその男の子の言葉が頭の中で響いていた。
(黄色の縞々?)
そう、お姉さんと一緒にしゃがんでいたみっちゃんもまた、パンツが丸見えだったのだ。
つづく
いつも読んで下さる皆様、有難うございます。





