特別番外編② 美紗子と陽子(またはサナトリウム)
こちらは本編の続きではなく番外短編になります。
今回登場する芋野陽子さんはMMDERお芋さんのオリジナルキャラクターです。
MMDの方では母親を早くに亡くし、母の友達だった深雪おばさんが育ての親?の様な設定になっているようですが、今回はそういった設定には内容では一切触れていません。
追々そういった話も含められれば良いなとは思っていますが、今回はひとまず初登場という事で急遽この様な短編を書きました。
本編続きをお待ちの方には申し訳ありません。
「はい、じゃあこれ班ノート集めたから、後はお願いします。私は生徒会に行かなければならないから」
放課後そう言うと美紗子は、廊下側前から三番目の席に座る副委員長の男子の座る机の上に、六冊のノートを重ねて置いた。
「あ、ああ」
男子生徒は目の前に立つ美紗子の顔を下から仰ぎ見る様に一瞬見ると、恥ずかしいのか直ぐにまた下を向きながらそう答える。
それだけ美紗子はクラスでも飛び抜けて美しかったのだ。
膝を隠す紺色のスカートは皴一つなく真っ直ぐに伸び、セーラー服のスカーフも汚れ一つなく清潔だ。
そんな彼女がそのスカートをふわりと軽く揺らすと踵を返す様にその場を立ち去る様は、大抵の男子中学生ならば見惚れてしまうだろう。まさにアイドルの様な顔立ちに身長も平均より高い分だけプロポーションも見栄えが良い。
だからこんな事も考えてみれば当たり前の事なのかも知れないけれども、彼女が立ち去った後には、丁度その男子生徒の後ろに集まっていた女子生徒達がこれ見よがしに口を開き始める。
「男子ってホント馬鹿だよね~どんなに美人だって、あんな堅物じゃしょうがないじゃん。一緒にいたってちっとも楽しくない奴に鼻の下なんかのばして。顔が全てじゃないんだよー」
「あはははは、マジそれな」
「それに先生の犬だし」
「言える言える」
しかしそんな言葉が聞こえても、男子生徒は全く気に留める事もなく、美紗子が教室から出て行く姿を頬を少し緩るませながら眺めている。
そして当の美紗子の方も、そんな陰口が聞こえていたのか聞こえていなかったのかは分からないが、相変わらず無表情のまま教室を後に廊下へと出て行った。
大体、そんな陰口は今の美紗子には大した問題ではなかったのだ。
小五の秋、虐めにあって引き籠った時に美紗子を救ったのは当時同じクラスで副委員長をしていた水口望だった。
もしあの時助け出され学校へと再び登校しなかったならば、今の自分は一体どうしていただろう。
そんな事を考えると、美紗子はその後水口から教わった生き方が今は全てだった。
だから誰にも頼らなくても生きていける様な自分になろうと思い、水口に言われるままクラス委員長にも立候補したし、この秋からの新生徒会でも書記を買って出たのだ。
(そもそも学校は生きる為に必要な勉強を教わる所で、生徒同士が仲良しごっこをして遊ぶ所ではない。先生達だって私達に勉強を教える為にこそ存在しているのだ。つまりそれ以外の事は面倒事に他ならない。ならばより快適に勉学に励める様先生達と共に風紀も含めて学校生活において協力し合うのは当たり前の事ではないのか。だから私はこのままで良いんだ)
きっと先程の『先生の犬』という言葉はやはり聞こえていたのだろう。そんな事を考えながら美紗子は校舎一階の廊下のはずれ、階段へと足をかけると生徒会室を目指して上へと上り始めた。
そして踊り場へと差し掛かった頃だろうか、下から自分を呼ぶ声に気が付く。
「倉橋さーん」
「美紗ちゃーん」
聞こえて来たのは二つの声。
美紗子はその声が誰の声なのか直ぐに分かった。
一つは同じ小学校からの知り合いで水口と共に美紗子の面倒をよく見てくれているみっちゃんで、もう一人はそのみっちゃんと同じクラスで共に生徒会の役員をしている芋野陽子だった。
美紗子の事を『倉橋さん』と呼ぶのはみっちゃんで、彼女はもうかれこれ三年近く経つ関係なのだが未だに美紗子の事を『倉橋さん』と呼んでいた。それには小五の冬に引っ越していった少女が絡んでいて、その事が原因で美紗子の方も未だにみっちゃんの事を気さくに友達とは呼べないでいる。
そしてもう一人、美紗子の事を気さくに『美紗ちゃん』と呼ぶ陽子の方は、これは実は最近の美紗子にとってちょっと気になる存在となっていた。
「ああ、こんばんは」
そんな訳で美紗子は踊り場で足を止めると、振り返り平静を装う様にまたも無表情のまま声のした方へと視線を降ろした。
「こんばんは」
「こんばんは、生徒会かい」
「ええ」
足を止めた美紗子の元へと辿り着いた二人と挨拶を交わしながら美紗子は二人の膝よりもはるかに短い丈のスカートへと目をやった。
そして呆れ声で言う。
「またそんなに短くして。あなた達も生徒会役員なのに」
「私は違うもーん」
それに対してみっちゃんは頭の後ろで手を組むと即答する。
そうなのだ。みっちゃんは副会長の水口に幾つか負い目があり言われるがまま毎日足蹴く通っているだけなのだ。
そしてもう一人の陽子の方は、にこにこ微笑みながら何を思ったのかその間にセーラー服の下の方を持ち上げると腕で押さえ、お腹に力を入れて腹筋を細くするとブラウスとスカートの間に手を入れてそこを幾らか広げて見せる様な仕草をしていた。
「ほら美紗ちゃん見て、こーやってスカートの上を捲って長さを調節するんだよ。美紗ちゃんもやってみなよ。きっと美紗ちゃんならもっとスタイルが良く見えるから」
「ちょっと芋野さん! こんな所で何してるの! それにやり方なら知ってるし、そういう事じゃなくて私は生徒会役員ならそれらしく生徒の風紀のお手本になるべきだと」
これには思わず美紗子も大きな声を出した。
「はははは、中学に入ってからの倉橋さんは真面目だからな」
みっちゃんはそんな自分のペースを崩された様な美紗子を見て笑いながら声をあげる。
実はそこに陽子を生徒会に入れて美紗子と引き合わせた理由があったからだ。
その間にも陽子はセーラー服を直しながら、今度は美紗子の言葉にこちらもまた大きな声を出した。
「だから美紗ちゃん、苗字では呼ばないでって言ってるじゃん!」
「でも芋野さんは芋野さんでしょ」
突然の大声に困惑する美紗子。
「だからその苗字が嫌なの~」
「?」
新生徒会になってからもう二ヶ月は過ぎる。
その間何度か陽子は美紗子に名前で呼んで欲しいと要望しているのだが、何せ規則でがんじがらめにした中に自分の安全性を見出しつつある美紗子にはそんな柔軟性はない。だからいつまで経っても呼び方は「芋野さん」のままなのだった。
だからそろそろかなと、みっちゃんは助け舟を出した。
「ほら、芋野だと芋好きな女の子みたいに思われるし、からかわれる対象にもなりやすいだろ」
そこで初めて芋野という苗字を美紗子は頭の中で漢字変換して見る。
「あ、」
初めて気づいた事実に、遅まきながら唇の隅を少し持ち上げて小さく笑う美紗子。
(やれやれ、幾ら自分を変えようとしても、相変わらず天然なんだから)
みっちゃんはそんな美紗子を優しい眼差しで眺めた。
そして当の陽子は、自分の苗字もそっちの気で今度は美紗子の笑顔を、目を大きくクリクリとしながらじっと眺めるとまた大きな声を出した。
「美紗ちゃんが笑った!」
それは本当に嬉しそうな声と満面の笑顔。
(あれ?)
そしてその瞬間、何処かでその笑顔を見た様な錯覚に陥る美紗子。
だから思わず尋ねてしまう。
「あれ? 芋野さん、いえ陽子さん、本当は前に何処かで会ってる?」
美紗子のその言葉に何を言っているのか分からずキョトンとする陽子。
それから狙いが見事に当たったとここで嫌らしく笑みを溢すみっちゃん。
「会ってないよ。小学校は違かったし。倉橋さんがきっとそんな風に思ったのは、陽子ちゃんの笑顔にでしょ? 私もクラスで最初に会った時に思ったんだ。誰かの笑顔に似てるって」
「誰? 私誰に似てるの? みっちゃん今までそんな事言わなかったじゃん」
「うん、初めて言った」
美紗子と陽子は黙ってみっちゃんの次の言葉を待っていた。
だからみっちゃんは「コホン」と軽く咳き込むと、勿体付けた様に話し出す。
「倉橋さんさ。倉橋さんも小学校の頃はそんな風に無邪気に笑っていたんだ。私は、あーこの人はこんな風に笑うんだって思ったから、ちゃんと覚えてる」
「私?」
美紗子はみっちゃんの意外な言葉に一瞬戸惑った。
(何処かで見た笑顔は、昔自分が良くしていたから…)
「えー、私の笑顔って美紗ちゃんに良く似てるの? じゃあ私って美紗ちゃん並みに美人って事じゃん♪」
陽子はそんな美紗子の戸惑いなど関係なく思った事を嬉しそうに口にした。
「いや~、顔が似てるって事じゃないから。笑った時の感じが凄くあの頃の倉橋さんに似ているってだけで…陽子ちゃんはどちらかと言えば可愛いってタイプで…」
だからみっちゃんは困った様に答える。
「みっちゃんのいけず~」
言いながら、それに対してまたも笑い出す陽子。
そんな二人を見ながら、美紗子は確かに自分にもこんな風に友達と話して笑っていた時があったのだと思い出していた。
(そうなんだ…そういう自分もあったんだ…)
思いながら懐かしい記憶の幾つかを振り返っては美紗子は、今度は誰にも気付かれない様に小さく照れ笑いをした。そして立ち止まっていた踊り場から再び階段に足をかけながら二人に向かって口を開く。
「さあ、いつまでも話してないで生徒会室に行きましょ。きっと水口さんが待ってる。スカートの事は今回は大目に見るから、ほら、みっちゃんと陽子ちゃん」
その瞬間陽子とみっちゃんは顔を見合わせた。
「陽子ちゃんだって」
嬉しそうに言う陽子。
「ね」
こちらも嬉しそうに微笑むみっちゃん。
それから先を行く美紗子を追う様に陽子が階段を少し早足で上がりながら目の前の美紗子に話しかける。
「ねーねー美紗ちゃん、夏になったら海に行かない。生徒会で行っても良いんだけれど、ねー」
「それって来年の話でしょ。随分気が早い」
「いいじゃない。私なんか春みたいに今ポカポカしてるんだ。だから直ぐに夏になるよ」
「言ってる意味が分かりませーん」
陽子のペースに呆れた様に僅かにではあるが笑う美紗子を、まだ踊り場にいるみっちゃんは眺めていた。
(私に出来ない事は、きっと誰かがしてくれる。だから私は、自分が出来る事をすればいい)
そんな事を思いながらみっちゃんが踊り場の窓から下を覗き込むと、校舎の下のベンチには一人スマホを眺めている根本かおりの姿があった。
そしてみっちゃんは視線を前へと戻すと二人の後を追う様に階段をかけ上がった。
冬がもうそこまで来ているこの季節の夕暮れは早く、
それは校舎の窓から入る西日が赤く階段の踊り場を照らす放課後の一場面。
おわり
静画はお芋さんによる陽子と美紗子の静画です。
いつも読んで下さる皆様、有難うございます。





