第3話 かおりちゃんグラフィティ その③
木村彰人の話は、こんな話だった。
渡した半分のチョコを根本かおりは素直に受け取ると、隣に座った彰人をジッと見て、それから慎重に口を開いたそうだ。
「ススマホ、み、見てた」
「へー」
彰人はそれ以上その時は言葉が出なかった。
何故なら初めて話した根本が、吃っていたからだ。
だからきっとその時自分は驚いた顔をしていただろうと彰人はここでみっちゃんに付け加えた。
「それで? それで根本さんはどんな顔してた」
だからみっちゃんは尋ねる。
「どんなって、笑ってた。初めて見たよ。根本さんが笑うの。きっといつも一人でいるけど、本当は誰かと話したかったんだろうなって、その時思った」
「フーン」
その話にみっちゃんは、彼女も少しはまともになったのかと感心すると共に、彰人にも好感を感じた。
「それでさ、きっとそれまで見ていて、俺が階段を上がる音を聞いて見るのを止めたんだと思うんだけど。根本さん、床に伏せて置いた自分のスマホを取ると、俺の方に向けたんだよね。『こ、これ』って」
根本は嬉しそうに、そして少し自慢気に彰人の方にスマホ画面を向けると、液晶画面に映る動画の再生ボタンを押しては彰人へと手渡した。
急な事に驚きながらも落としてはいけないと慌ててそれをしっかりと掴み、何が映っているのかと視線をそちらに集中する彰人。
その横で貰った板チョコを一口かじると、再び根本は口を開いた。
「そそれ、わわたし。どどお? す凄いでしょ」
「えっ⁉」
言われて彰人は画面の中の少女と、隣に座り今も微笑んでいる少女の顔を交互に見比べた。
画面の中の少女はマスクを付けているが、それ以外は確かにツインテールの髪も、その微笑んだ瞳も、丸っきり同一人物のそれと彰人には感じられた。
「な、何これ? 根本さん、こういうのやってるの?」
だから驚いた彰人はどうしても尋ねる。
それに対して根本は、その反応が嬉しかったのか更に嬉しそうに微笑むと、貰った板チョコを再度ひとかじりしてからその質問に答えた。
「う、うん、ラライブ配信。そそれはアアーカイブ。か、過去動画だけどね」
「そ、そうなんだ」
言いながら彰人はスマホ画面の中の根本かおりに見入っていた。
それは先程まで上半身だけ映っていた動画が、いつの間にか画面から遠ざかり全身を映し、更に私服でミニスカートの根本がクルクルと回り始めたからだ。
露わになる太腿、遠心力で外側へと広がるスカートは、もう少しでその先をも覗かせる勢い。
ゴクッ
だから彰人は、思わず唾を飲み込んだ。
そしてその音は隣にいた根本にも聞こえたのだろう。
スマホを食い入る様に見ている彰人の耳元に、根本は囁く様に呟いた。
「パ、パンツならみ見えないよ。ギ、ギリギリ見えない」
「えっ?」
その言葉に心を読まれたかの様で、驚いた彰人は慌ててスマホから顔を上げると声のした耳元の方を振り向く。
そしてそこにある至近距離の根本かおりの顔に更に驚いた。
「えっ、わっ⁉」
「な、何驚いてるの? ほ本当に男子はエ、エッチだな~」
驚いて少し体を離した彰人に笑いながらそう言う根本は、彰人が持つスマホの方を指差しながら続けて話始める。
「そ、それ、し視聴者数のと所を見て。よ、458に人。す、凄いでしょ! た、体操着でややったと時のは、は890に人にもな、なったんだよ。ど、どう」
言われて彰人は画面を指で少し下げる。
すると確かに視聴者数が458人と出ていた。
「うん、確かに凄いけど…」
「す、凄いけど、な、なに?」
「こーゆーのってきっと見てるの大人だろ。テレビのニュースなんかでも最近多いけど、女子中学生とかのを喜んで見てるのは中年オヤジとかなんじゃないのか。そういう犯罪も多いじゃないか」
「だ、だったらな、なに?」
「何って」
「つ、Twitterだってゆ、YouTubeだって、え、SNSは誰だってやってい、いるじゃない。こ、個人情報さ、晒してる訳じゃないし、だ、誰に会うわ、訳でもない。た、ただのネットの中だ、だけ。だ、だけどそのネットのな、中での私は、こ、こんなにもに、人気があるんだよ。ここ、これって凄くない」
隣に座り、瞳をキラキラと輝かせながらそう言う根本に、彰人はこの時一瞬異様な雰囲気を感じた。
「確かに凄いけど…」
だから何をどう言えば良いのか分からず言葉を濁す彰人。
しかしここまで聞いたみっちゃんには、そんな根本の行動が分かる様な気がしていた。
(やっぱり注目を浴びたいのか…)
脳裏によぎるのはあの時の根本の言葉。
『私だって優しくされたい! 構われたい! なんでいつも同じ奴らばっかチヤホヤされてるの! こんなのおかしいじゃないか!』
(あの事件と、その後の吃りの所為で根本かおりは孤立して、大人しくはしていたけれど、実は何も変わっていなかったのかも知れないな。もしかしたら虐めの事だって一つも反省なんかしていないのかも知れない。目立ちたい注目を浴びたい構われたいが相変わらずだって事は…)
そこまで考えて、みっちゃんはフッとある事に気が付いた。
だから隣に立つ彰人に尋ねる。
「ところでさ、木村君は根本さんの吃りは気にならなかったの」
「やっぱりお前、そんなこと聞くなんて根本さんと知り合いなんだな。ああ、最初は驚いたけれど、悪いだろ。その事を触れたり変な顔見せたりしたら」
「なるほど」
みっちゃんはその答えには大いに満足した。
「じゃあ次は俺が質問する番だな。それで根本さんが俺にこう言ったんだよ。『ところであなた、体育で見かけた事あるけれどみっちゃんと同じクラスだよね。じゃあこれをクラス中に、いえ学校中に拡散してくれる?』って。これってどういう事だと思う? それからお前と根本さんって、どんな関係? それを聞きたくて俺」
つづく
いつも読んで頂いて有難うございます。





